脳ミソくれぇ〜

トライオキシン245
映画「バタリアン」シリーズ 小道具



だいぶ前に流行した言葉に、「オバタリアン」がある。傍若無人で図々しく、無神経であつかましい中年女性を風刺した言葉であり、元々は堀田かつひこ氏の4コママンガのタイトルが新聞の投書で引用された事から世間に広まった。当時、マドンナ旋風等と騒がれていた女性政治家の1人、土居たか子氏等はこの言葉を逆手にとって愛用したりしていた他、一時は「わてら陽気なオバタリアン」なるバラエティ特番まであったのだが、今ではあまり使う人がいない、半ば死語になりつつある言葉と言えるだろう。この「オバタリアン」の語源の一つとなったのが、今回紹介する映画「バタリアン」シリーズなのだ。

もっとも、この「バタリアン」という映画、恐らくホラー映画ファン以外にとっては最早半ば忘れられた作品かも知れない。割と最近…2005年に「バタリアン4」、2006年に「バタリアン5」が公開されているのに日本では大した話題にもならず、ひっそりとトドメを刺されてしまった感がある。もっとも、「4」「5」に関しては、話題にならなかった、という以前に映画として出来がお世辞にも良いとは言えず、B級どころかC…いや、G級位は行ってしまうであろうレベルの低さだったのも原因であろう。特に「4」に至っては、世界で初めてチェルノブイリでのロケ敢行!!という表層部分にしか語るべきものがない。ゾンビ映画にティーンエイジ向け映画的なノリを加えてしまった…しかもそれが恐ろしくチープな為、どうしようもない作品になってしまっており、その結果「バタリアン」復活に沸いていた一部のホラーファンからも総スカンを食らっている。

ただ、「4」の正式な続編である「5」の方は、「4」からのしがらみを殆ど捨てた…というか、なかった事扱いにして、同じくティーンエイジ向けでもコメディ色を優先した学園ホラーとなっており、相変わらず脚本自体はチープも良い所…って言ったらゾンビ映画の殆どはそうだと思う(失礼)のだが、コミカルな方向へ振った演出のおかげで割と嫌味を感じずに笑う事はできる、というのが唯一の救いか。

おっと、脱線してしまったが、この「バタリアン」という作品自体は覚えていなくとも、私と同世代の人ならば、この映画のCMで使われていた「脳ミソくれぇ〜」というフレーズの方ならば覚えているだろう。実際、当時ガキだった私とその友人の間では、「脳ミソくれぇ」と低い声で言いながら、頭に噛み付こうとするのが一時期大流行したりもした。それほどインパクトのあるCMだったのだ。

ちなみに、この「バタリアン」というのはこの映画を東宝が配給する際につけた邦題であり、恐らく軍隊とかの意味を持つ”Battalion”に、本作の監督を務めたダン・オバノン氏が脚本を担当してヒットした人気SFホラー「エイリアン」をもじった物であろう。他にも、登場するゾンビにタールマンだのオバンバだのと勝手に名前をつけてしまっており、字幕で映画を見ていると妙な違和感があったりもする。最も、「バタリアン」の日本での人気を牽引したのもそういったある意味でおふざけとも言える部分でもあるので、私はそれほどホラー映画に造詣がある訳でも無いので、あまりとやかく言うのは止めておこう。

で、この「バタリアン」の原題は「The Return of The Living Dead」…そう、実はこの映画、ゾンビ映画ブームを生み出した「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」や「ゾンビ」の正式な続編なのである。しかし、その内容はコメディーとなっており、実は「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」は実話を元に制作された映画であり、そのトラブルの元凶である薬品が、「トライオキシン245」…という事になっているのだ。役人の手違いでとある医療品資材倉庫の地下に眠っていた”大いなる厄災の元”が、その倉庫の社員フランクと、新人フレディの悪ふざけによって目を覚ます、という訳だ。

トライオキシンを浴びた体を真っ二つにされて断面標本となった犬はキャンキャン吠え出し、献体解剖用の遺体も大暴れ!!2人は倉庫の社長を呼び出し対策を練るが、それが余計に被害を広げてしまい、倉庫の隣にあった墓場からは亡者の群れが…更に、ガスを大量に吸ってしまったフランクとフレディの2人の体にも異変が…と、ちょっとした悪ふざけ、ワルノリがどんどん大惨事になっていく様は、ハナッから「コメディでござい」と名乗って展開する映画とは異なり、本人達は大真面目にやっているのにその結果が裏目裏目にでてしまう…その様がなんとも不謹慎ながら面白いのだ。通常、映画という奴は主人公なりに感情移入し、一体化する事により主人公の怒り、悲しみ、喜びを共有、共感する、というのが基本…となれば、本作の場合はホラー映画であるからして、視聴者の視点はゾンビの群れに襲われ、必死に逃げ惑う人々になる筈…なのだが、この「バタリアン」には主人公が明確にされておらず、主人公っぽい元凶の2人にしても、感情移入を拒絶させる仕掛けが施されている。つまり、視聴者は言葉は悪いが、ある意味醒めた視線で彼等の行動を見る事が出来る…それが、この映画がコメディとして成功している理由なのだ。

「他人の失敗密の味」「対岸の火事」ではないが、自信に危害が及ばない所で、他人が大真面目に、真剣に努力してそれがどんどん裏目裏目に出て失敗する様というのは不謹慎ながら笑ってしまう。それは思わず「あ…あ〜あ」と言ってしまう物語のオチも含めてではあるのだが、この窮地に立った時の人間の行動の滑稽さ、というのは、古典的でありながら、普遍的でもある笑いの手法と言えるのかも知れない。エンディングでも、妙にノリの良いロックと共に流れるテロップの背景でメイキングシーンが流される、というのは何となく往年のジャッキー映画を思い起こさせるが、最後の最後を、物語序盤の名セリフで締めるのも、冒頭のテロップ…というか、ある意味本作の原点でもある筈の「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」すら茶化しているのがまた面白いのだ。

おっとそうだ、忘れちゃいけないバタリアンと通常のゾンビの違いを羅列しておこう
バタリアンには以下の特徴がある。

頭部を破壊する事で倒せるゾンビとは違い、バタリアンは頭を落そうがバラバラにしようが動き、暴れ続ける。
人肉ではなく、脳ミソのみを食べる。脳を食べる理由は「死んでいる事の苦痛を忘れるため」らしい。
普通ゾンビは動きがスローで走れば逃げられるが、バタリアンは全速力で走って襲ってくる。
文字通りの亡者であるゾンビとは違い、会話が可能で知能も有り、人を罠にかける事も。
火葬にしても、そのバタリアン個体そのものはともかく、トライオキシン自体は完全に分解、無力化出来ない。

但し、「2」にて電気に弱いという弱点が設定された他、「4」や「5」では頭部を銃などで破壊されるとあっさり倒されてしまう様になる。コレはバタリアンとしての特性というよりトライオキシン245という薬品が死体にもたらす効能の特徴で、シリーズ毎で設定が違っているのはトライオキシンを製造した場所により少しずつ配合が異なっている為に発生する差異なのかも知れない。また、脳を食べるという設定に関しては、マンガ「銃夢」に登場するマカクの様に、脳内麻薬の一種であるエンドルフィンの効果で痛みを一時的に和らげられる為なのかも知れない。「銃夢」の木城氏は「ラストオーダー」の方で”人類の発明した5大悪魔兵器”としてトライオキシン245の名前が挙がっている事から、恐らくマカクの「脳を食う」という設定は本作から発展させたアイデアであろう。

と、いう事で、単なるオフザケ映画ではない、コメディとしての面白さもきっちり持ち合わせている「バタリアン」だが、「2」になると残念ながら話が違ってくる。「2」は上記した通り、無敵であったバタリアンに弱点が発見され、中身も前作の何ともいえないバッドエンドではなく実に安いハッピーエンドで、物語の軸として主人公的な活躍をする子供の存在が、「人の滑稽さを笑う」という面白さを打ち消してしまっている感があり、その分ラストでのマイケルジャクソンもどきの様な寒い演出も多く、ファンの中でも評価が極めて低い。

3作目である「リターンズ」は今までのコメディ路線とは一転してドシリアスに展開するのだが、そのテーマがバタリアンと人間の愛、という突拍子も無いネタになっている。自分の不注意で事故で死なせてしまった彼女を、親父の勤める軍事研究施設に潜入し、トライオキシンでバタリアンにしてしまう、という禁断もいいところな凄まじい恋愛劇で、バタリアン化した彼女を必死に守る主人公の姿はある意味感動的であるのかもしれないが、元々の原因が主人公にあり、主人公の都合で彼女がバタリアン化されてしまったという事…つまり主人公の我侭が周囲に甚大な迷惑を…という部分に気がついてしまうと、滑稽を通り越して失笑してしまう。痛みで脳ミソを食べたい衝動を抑るヒロインが施した全身のボディピアッシングというボンデージ風ファッションは、演じている女優さんの色っぽさも相まってカルト的な人気があるんだそうで…。視聴した後に感じる…何とも形容しがたい感覚は、本作を見た後にだけ感じるもの…B級ホラーとかが許せる人になら割とオススメ出来る作品なのだが、面白いか?というと、正直ビミョーで…ホント、不思議な作品になってしまっている。

「4」と「5」に関しては上でも書いている通りで、特に「4」はご都合主義と緊張感のなさが哀しくなって来るほどダメだが、その続編の「5」の方は、コメディとしてなら演出面が面白いのでそこそこ見られるものに、という程度。ちなみに基本同一ラインである「4」と「5」以外は全て別の制作会社、監督で制作されているというヘンなシリーズでもあり、おかげでゾンビ薬であるトライオキシン245の存在以外はハッキリ言ってバラバラ…統一性に欠けたシリーズになっている。

…だから、この記事のタイトルも「トライオキシン245」にしたんですわ、ええ。
取り合えず、一作目は文句ナシにオススメ出来るので、B級臭いホラー映画が好きなら是非。


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