白き貴公子(ホントは奇行師)

ナルシス・ナニーニ
「ボンボン坂高校演劇部」ワキ役


耽美系のナルシストキャラクターの草分けといえば、やっぱり「戦国魔神ゴーショーグン」のブンドル局長が挙げられる。実際彼は美形であったし、何よりも自らの美学に基づいて行動する様がなんとも面白かったのだ。そんな彼だからこそ、作戦失敗により発生した損失を支払う時の

「もちろんキャッシュで一括払いだ!!」

と小切手を切るシーン一つにも彼らしさが生まれ、この己の美学に忠実な彼の行動パターンが、レオナルド・メディチ・ブンドルというキャラクターを形作っているといっても良いのだろう。この「ゴーショーグン」の脚本を担当し、続編の小説も執筆している首藤剛志氏こそレミー島田ヒイキであるが、当時のファンに最も支持されていたキャラクターはやはりブンドルであった。特にその外見だけでなく生き様までも美しい彼は「やおい同人」の標的となり、ソノスジの女性ファンには特に高い人気を誇っていた。

今回紹介するナルシス・ナニーニは、そんなブンドル局長と非常に似たイメージのあるキャラクターだ。
ナルシス・ナニーニは時計坂高校の2年生で、悪名高い徳大寺ヒロミ率いる演劇部に所属する第三の男性部員だ。彼の父はイタリア人で有名ファッションデザイナーのナニガ・ナニーニ、母親はフランス人のファッションモデルである。
特に彼の容姿…金髪でロングヘアーというスタイルはブンドル局長のものと非常に良く似ている。キザったらしい言い回しや、美しいものに酔いしれる性格もソックリだ。そんな彼だから、アニメ化して声を当てるとすればやっぱり故・塩沢兼人がバッチリハマるんじゃないだろうか?
このように、イメージ的な捉え方をすればかなり似た印象のあるナルシスとブンドル局長であるのだが、その実、ナルシストとしてのベクトルは大きく異なっている。

上でも述べた通り、ブンドル局長は常に己の美学に基づいて行動する。それは自らの振舞いもそうであるし、白一色で統一された彼の船スピリット・オブ・メディチ、更には彼の登場するシーンでは必ずクラシックが流れている等、彼流の美学に基づく様々なこだわりをそこかしこで見せる。
その割に、彼は自らを愛するというナルシズムは薄い。自分しか愛さないのがナルシストの常であるのだが、彼はヒロインのレミー島田にぞっこん惚れ込んでおり、戦闘中にも関わらず平然と愛の言葉を吐く。もっとも、ブンドル局長はレミーの生き様に惚れているのであって、彼女の容姿に惚れている訳ではないようだが…。

それに対し、ナルシスは完全に自分しか愛せないタイプのナルシストである。絶世の美女が彼の前に現われようと、彼の目にはその絶世の美女の瞳に映る自分の姿しか目に入らないのだ。
耽美幻像文学の巨匠・中井英夫の言葉

「一度自分の美しさを自覚してしまったら、自分と似ている身内しか愛せない。さもなくば鏡と口づけるしかない」

を地で行くような男なのだ。

彼は自分の事を「世界で最も美しい男」と公言してはばからない。例えハゲカツラを被ろうと、ブ男のメイクをしようとも自分自身の美しさは不変であると信じている。そんな彼だからこそ、鏡に映る自分の姿に見惚れて呼吸すら忘れてしまう事もあるし、日々常人の理解など到底及ばない美しいポーズの研究に余念が無い。そう、彼が愛しているのは、世界中で彼自身だけなのである。

そんな彼だからこそ、劇中で繰り広げられる正太郎、鯉三、春日の3人によるヒロイン真琴さん争奪戦にはとことん無関心であり、正太郎を巡るヒロミ、リサ、クルミ、友紀、ねねの恋の鞘当てにも何の関心も示さない。何度も言うようだが、彼は彼自身しか愛していないのだ。

このように彼は物語の核である泥沼恋愛劇に全く絡んでこない為、一種浮いた存在になってしまいそうな感じがしてしまう。しかし開けてビックリ、マンガを読んで見ると恋のバトルロイヤルに全然絡んでこないこのナルシスというキャラクターは思いのほか目立っているのである。それはナゼだろうか?

その理由として、このナルシスという男が作者にとって非常に都合の良い存在だったというのがあるのではないだろうか?彼は物語のメインストリームからは少し外れたポジションにいる。それでいてキャラクターとしての面白さはこの「ボンボン坂高校演劇部」というマンガ全てを通してもかなり上の方にいるキャラクターである。ナルシスは、その面白いキャラクター性を活かしてメインストリームのつなぎ役をやらせるのには持って来いの男なのだ。

この「ボンボン坂高校演劇部」というマンガの毎度のパターンは、演劇部部長のオカマ、徳大寺ヒロミの愛人という事になってしまった正太郎が、真琴さんの誤解を解いて告白しようとするのをヒロミに阻止される…というものだ。当然毎回同じ事をやっていたら読者に飽きられてしまうのは必定なので、春日やリサ、ねねといった恋敵キャラクターや、蝶子先生や撫出肩先生といったサブキャラクターとの絡みを見せる事になる。
このサブキャラクターとしての役割を、ナルシスも持っているのだ。

しかしそれだけではナルシスがやたら印象に残る事の理由とするには弱い。そう、彼の存在意義はもう一つある。
劇中の中で良く見られるパターンを紹介しよう。

正太郎や真琴、ヒロミ達が部室で会話
→ナルシスが回りながら登場
→正太郎達の会話に割り込む
→ナルシスの暴走
→皆に放置される
→ナルシスを無視して本題へ

本題へ入る前の小ネタを披露する傍ら、彼は続く本題への「前説」の役割すら果たしているのだ。

バラエティ番組の公開録画等に行ったことがある人はいるだろうか?テレビ番組の前説は、続く番組録画でのルールだけでなく、本番前に客席をある程度暖めておくという意味合いがある。上のナルシスの行動にもこういった要素が含まれているのではないだろうか?「ボンボン坂高校演劇部」は毎回1話完結にて繰り広げられるマンガである。その起承転結の起から承に至るまでがナルシスの見せ場なのだ。この部分にて毎回ナルシスが彼らしいネタを見せ、ちょっとした笑いを取ることで読者はマンガに引き込まれる。だからこそ読者は、大して本筋に絡んでいない割にナルシスというキャラクターが妙に印象的に感じてしまうのだろう。

そしてもう一つ、何かの拍子で部室で部員が急にいなくなってしまったり、静まり返ってしまったシーン…このシーンのコマの端でしばしナルシスが鏡の前で

「美しい…。」

といつものセリフを呟いているシーンがある。これもまた、誰もいなくなった、もしくは静まり返った部室の静寂さを演出するのに一役買っている。ただ、部室内に「シーン」という静けさがあるよりも、我関せずのナルシス1人だけがいつもと同じ事をやっていることでこの静寂さはググッと強調されるのだ。こういったネタの引き立て役としてもナルシスというキャラクターは上手く機能しているのだ。

こう考えると、物語の展開上いてもいなくても良い程度の存在であるナルシスが、その特異なキャラクター性によりワキ役ながらも一際目立つ存在になっている事に気が付く。それでいて、物語のメインストリームである正太郎くんと真琴さんを巡る恋のバトルロイヤルの面白さを阻害することも無い。そうなると、このナルシスの存在はこの作品にとって案外大きいものだったのではないだろうか。

もし、この「ボンボン坂高校演劇部」というマンガに、このナルシス・ナニーニという自分しか愛せないナルシストがいなかったらどうなっただろう?

多分大きくスジが変わる事なんかない。でも、何処か物足りなく感じるのではないだろうか。


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