そこはかとないリアリズム

無敵ロボ トライダーG7

1980年 サンライズ 全50話 名古屋テレビ系放送
声の出演:間嶋里美、永井一郎、潘恵子、藤本譲、高木早苗、他

簡単解説
太陽系の各天体に人類が移住、産業の為の空間を求め始めた近未来。そこに外宇宙から正体不明の戦闘ロボット群が襲来する。軍備がままならぬ状況の宇宙防衛庁や民間企業は有料で「宇宙のなんでも屋」こと「竹尾ゼネラルカンパニー」に出動を要請するのだった。
「ご町内の皆様、毎度お騒がせ致します。只今より、トライダー発進致します。」


この「トライダーG7」は「機動戦士ガンダム」の後番として放送が開始された作品であり、総監督に東映発注作品の「未来ロボ・ダルタニアス」後半で監督を務めた佐々木勝利氏が就任し、同作品のスタッフを主力として制作された。そして、この作品は「ガンダム」とは違うベクトルで「リアリティ」を追及した設定を持っている。世間一般では主人公が「竹尾ワッ太(ナイスネーミングである。)」という小学生の「コメデイタッチの若年層向けアニメ」と評されているにも関わらず、だ。では何故この作品の何処にリアリティが隠されているのだろうか?

それは、この作品がコメディタッチながら「日常生活に当たり前のように存在するロボット」を描いている点にある。この作品内のロボットはワッ太達の日常生活にごく自然に溶け込んでいるのである。トライダーは「マジンガーZ」や「ゲッターロボ」等のように「基地」を持っている訳ではなく、普段は児童公園に頭だけ出して置かれている。(この公園で祭りをやってもいる!!)そして発進の時は「竹尾ゼネラルカンパニー」の会計、事務担当の砂原郁恵さんが

「ご町内の皆様、毎度お騒がせ致します。只今より、トライダー発進致します。」

とアナウンスをして、公園で遊んでいる子供達を退避させるのである。この発進シーンのアイデアは斬新であり、物語にそこはかとない真実味を与えている。

そして、あくまでトライダーは「宇宙の何でも屋」こと「竹尾ゼネラルカンパニー」という民間企業の所有物であり、防衛庁や他の民間企業から依頼を受けて「有料」で出動するのである。この設定は「銀河旋風ブライガー」の「宇宙の始末屋コズモレンジャーJ9」や「地球防衛企業ダイ・ガード」等の作品に引き継がれていくことになる。また民間企業がロボットを運営していく描写もユニークで、ワッ太がミサイルを撃つ度に専務の柿小路がソロバンを弾き、

「社長!!これ以上の攻撃は破産です〜!!」
「社長〜!!高価なミサイルよりレーザーを使ってください!!」

等と叫ぶのである。こういった描写は今までにない非常にユニークなものであり、ある意味で子供達にごく初歩的な「経済理論」を植え付けているといっても過言ではないだろう。(言い過ぎか?)

その為かこの作品は敵側「ガバール帝国(この名前も作中には登場しない)」が最後まで実態を見せず、ワッ太達と敵のカラミもほとんど無いまま終わりを告げる。そしてその最終回もワッ太の卒業式を描いており、ロボットは一体も登場しない。一応敵側「ガバール帝国」の目的は地球支配であり、地球の侵略をやり易くする為「地球の物資流通を麻痺させる」という作戦を推進していく。しかしワッ太はあくまで仕事として、大切な社員の為に彼等と戦うのだ。この割り切りがこの作品にテーマ性を盛り込み過ぎたことによる破綻を起こさなかったのだろう。

また物語全般において「ふれあい」といったものを取り込み、単なるコメディに終わらせなかった点も評価したい。社長であるワッ太と4人の社員達の深い信頼関係や、トライダー制作のエピソードなど、根底の部分で「人の心」の大切さを訴えかけてくれるのだ。それは物語でお約束になっていた「おやつシーン」等に賢著に見られる。

この「無敵ロボ トライダーG7」、残念ながら前番組の「機動戦士ガンダム」ほど高い支持を得られなかった。(「ガンダム並の支持」なんて、かなり無茶なのだが…。)しかしそこはかとないリアリティをうまく活かした演出や、コメディの根底に流れる「人の心の大切さ」、そして物語全般に流れるアットホームなほのぼのムードは何時見ても安心できるものである。

ちなみに「竹尾ゼネラルカンパニー」への仕事の依頼は200万円からとなっている。ワッ太達の時代の200万円と今現在の200万円が同等の価値かどうかは判らないが、もし現在の200万円と同価値ならば、私も頑張って働いて「竹尾ゼネラルカンパニー」に依頼して、トライダーコズミックで宇宙旅行でも洒落込みたいものだ。


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