SFと忍者とダブルヒロインと

忍者戦士 飛影

1985年 スタジオぴえろ制作 全46話 日本テレビ系放送
声の出演:井上和彦、日高のり子、島本須美、堀内孝賢雄、青野武、他

簡単解説
犯罪者を労働力として開拓が進められている火星に突如謎の宇宙船が飛来する。丁度その日に16歳の誕生日を迎えた少年ジョウ・マヤは、その宇宙船が謎のロボット軍団に襲撃されたイザコザにまぎれて艦内に潜入、そこにあったロボット・黒獅子を操縦してしまう。
その船の名はエルシャンク。ザブーム星に侵略されたラドリオ星を解放する為、伝説の忍者を求めて地球へやって来たのだった。


ちょっとそこの同人マンガを書いているお姉さん、「飛影」って言ったって「ひえい」じゃありませんぜ。今回紹介するのは「とびかげ」である。もっとも「とびかげ」も「ひえい(というタイトルではないが)」も同じスタジオぴえろ制作のアニメという共通点はあるのだが…。

「ニルスの不思議な旅」でスタートしたスタジオぴえろは、以降「まいっちんぐマチコ先生」「うる星やつら」等を制作しているのだが、意外とメカものアニメは少なく、本作「飛影」も「星銃士ビスマルク」に続き2番目に制作された作品である。「ビスマルク」の続編として企画された本作は、本来は宇宙海賊の活躍を描くスペースオペラ的な企画であったのだが、スポンサーであるバンダイの企画プレゼンテーションの際に当時アメリカでブームとなっていた「忍者」をモチーフとした企画に変更されたらしい。

確かに当時はショー・コスギが出演した忍者映画がアメリカから逆輸入されたり、少し前に千葉真一主演の時代劇「影の軍団」が人気を博していたという背景はあるものの、ガンダム以降のリアルロボットがまだまだ幅を利かせていた時代に、かなり冒険をした作品であったと言えるだろう。もっとも、後に「何でもあり」と揶揄されるように、80年代中盤以降は折からのアニメブームの追い風もあってか、他にも数多くの突飛な作品がリリースされていた時代であるのだが…。

しかし、何でもありな80年代ロボットアニメにおいても、この「飛影」程突飛な作品は他にない。
ザブーム星に侵略されたラドリオ星の生き残りであるロミナ姫は、祖国解放の為に「伝説の忍者」を探しに地球へ飛来するが、ザブーム軍の追撃により不時着した火星にて主人公のジョウに出会う。ジョウはエルシャンクに乗っていた伝説の忍者が使ったロボット・黒獅子(色は黄色なのにナゼか名前は黒獅子なのだ)を操縦する事が出来てしまったが為に、以降ロミナ姫達の忍者捜しの旅に付き合うこととなる…というのが大まかな物語の概要である。

やっぱり、「宇宙人が忍者を探しにやってくる」という設定にはいささか…というか、凄く違和感を覚えるが、そういった要素に目をつぶれば実は「飛影」はバリバリのSF的な展開を見せる。特にエルシャンクという異星人の船に地球人が助っ人で乗る、という構図は結構珍しいんじゃないだろうか?「レイズナー」の様に異星人(正確には地球人との混血)の主人公が地球人と共に…というパターンや、「ダンバイン」の様に異世界に召喚された主人公が…というパターンはままあるが、「飛影」の様に異星人の侵略に対して同じく異星人の船に地球人が助っ人として…というパターンはあまり見た事が無い。そして「飛影」において重要なのは、エルシャンクに乗り込むジョウ達地球人と、ロミナ姫をはじめとするラドリオ星人…この双方の立場の違いから来る意見の食い違いが「らしい」ドラマ作りとして物語に貢献しているのも印象的だ。

そして、主役ロボットである飛影の存在が面白い。物語後半ではジョウと合身して名実通り主役ロボとなるのだが、序盤ではエルシャンクやジョウ達の危機に颯爽と現れる「お助けロボ」であったのだ。

エルシャンクには基本的にロボットは黒獅子、鳳雷王、爆竜の3機のみしか搭載されていない。当然、エルシャンクは毎回バンクス&シャーマンの大部隊により窮地に立たされる。そして、遂に絶体絶命に陥った時に奴は颯爽と現れるのだ。

ビーム弓で敵を射抜き、自分の2倍以上の大きさを誇るバンクスをも忍刀でバッサリと斬り捨て、トドメにマキビシランチャーを乱れ撃ちする。更に、分身して一気に大軍を粉砕したり、3機のロボットと合体してパワーアップする等、正に七面六腑の大活躍をするのだ。このカッコ良さったらたまらないものがある。
主人公のジョウも自分たちの危機を救ってくれる飛影に感謝をしつつ、内心では歯痒さを感じているというのも、後の彼の成長と飛影との合身に繁栄されており面白い。しかし、後半ではイルボラが零影に合身したのに次いでジョウも飛影に合身出来るようになるまでは良かったが、妙に前半の無敵っぷりが印象的であったせいか、後半の飛影が少々頼りなく見えてしまうのも事実ではあるが…。

そして、なんと言っても本作の魅力は「ダブルヒロイン」の存在であろう。ヒロインが2人いる、という作品は「戦闘メカ ザブングル」や「重戦機エルガイム」等多数存在するのだが、本作でのヒロイン配置は先に述べた「飛影」の特殊なキャラクター配置も絡む為かなり独特なものになっている。

先ずはレニーであるが、彼女は主人公と幼馴染というありふれた立場が与えられてはいるが、実はジョウよりも数ヶ月年長である。もっとも主人公のジョウがワイルドで男らしい性格をしている為か、ジョウに対するお姉さんとしてのポジションがうまく機能していない部分もあるのだが、珍しい設定である事は確かだ。
ちなみに本作では恋仇が清純なお姫様である為か、お色気部分は一切合財彼女が担当しており、シャワーシーンを披露したり、ジョウにスカートをめくられたりしている。

そして、もう一人のヒロインであるロミナ姫は、「箱入り娘で世間知らずな所もあるが、自らの使命の為に必死に気丈な態度を取る」というロボットアニメにて描かれるお姫様の典型とも言える設定を持っている。当初はラドリオ開放の使命一点張りであったが、自分達を体を張って守ってくれるジョウの優しさに徐々に惹かれていく、というのもお約束であろう。

このヒロイン2人のキャラクター配置や設定自体はさして珍しいものではないのだが、本作ではレニーとロミナ姫の2人の関係がエルシャンクの士気、人間関係にも大きく影響しており、単なるヒロインの主人公を巡る恋の鞘当に終わっていないのだ。これは、地球人と異星人が共闘しているというエルシャンクの内情を、より分かり易くするのにも役立っている。

ダブルヒロイン以外にもエルシャンク内にはジョウとことごとく反発しあう存在としてガメランという男が存在しており、地球人と異星人のわだかまりをストレートに演出している。しかし、ジョウとガメランのケンカの発端は必ず地球人とラドリオ人の双方の勝手な都合に反発しあってというものであり、飽くまで「地球人として」「ラドリオ人として」という枠を出ない。それに対してロミナ姫とレニーの確執(と言っても大概はレニーが勝手にヤキモチを焼いているだけなのだが)は地球人同士、ラドリオ星人同士の確執にも繋がるのである。

物語中盤、ジョウ達の活躍で船内に居場所を見失ったイルボラはハザード達の計略にかかりエルシャンクを降りザブーム軍に身を投じる。自分達が最も信頼するラドリオの戦士の裏切りは、エルシャンク内に亀裂を生む。そんな中、イルボラの裏切りで真っ先にラドリオ人クルーの反発を食ったのはもちろん追い出した張本人のジョウ達であるのだが、彼等の反発の矛先は自分達の守るべき姫にまで「逃亡」という形で向けられる。これは、同朋よりも異星人ばかり信頼したロミナ姫に対する報復であるとも取れる。
一方レニーの方も、なんだかんだと言いつつ徐々に距離を縮めるジョウとロミナ姫の中に嫉妬し、作戦を無視して勝手な行動を取る。そんな彼女の行動を「アイツのわがままだ」と取り合わないジョウに対し、今度は「女の気持ちを分かってない
!!」とマイクやダミアンが食って掛かる。これは地球人のくせに異星人のラドリオ星人の事(と、言うよりロミナ姫の事)ばかり考え、いつも傍にいる仲間すら蔑ろにするリーダーへの反発であるともとれる。

このように、本作のダブルヒロインの配置は、常に様々な形で作品にドラマ性を与えることとなるのだ。伊達にオープニングでハート型の枠でダブルヒロインが並んで微笑んでいるワケでは無いのだ。最近のアニメでは単なる「萌え」としてしか描かれない事も決して少なくないアニメヒロインであるが、配置のし方、演出次第では結構重要なキーパーソンとなり得るという良い例、というのは言い過ぎかも知れないが、ひたすら「萌え」のネタでばかり点数を稼ごうとさせるヒロインよりも、スタッフに愛着を持たれているのが分かる配置と言えるのではないだろうか?

最近のアニメは、バーン!!と印象に残る作り方よりも、平均点を目指してとりあえず小奇麗に、バランス良く収める作り方が主流になっているような気がする。しかし、それじゃあ何となく面白みに欠けてしまい、なんとも薄っぺらに感じてしまう。しかし、本作の「忍者伝説」に代表されるように、アニメの80年代は様々な視点、手法、演出から作品を色々と試す事が出来た時代だったのだろう。だからこそクリエイター達の野心がぶつかり合い、挑戦的な作品が数多く生まれたのだと思う。「飛影」も、そういったクリエイター達の意気込み、熱気が感じられる作品の一つであることは間違い無いだろう。

ただ、その意気込み、熱気が面白さに直接繋がるとは限らない…という事を
何のことはない「飛影」という作品そのものが裏付けてしまっている。特に戦闘シーンは使いまわしフィルムばかりってのはどうかと思うぞ。特に空魔の戦闘シーンなんかは殆ど同じ映像の使いまわしだし、見せ場の飛影の殺陣にしてもそれは同じだ。思えば、この作品、キャラクター描写はまだしもメカ描写に関してはからっきしの三級品なんじゃないだろうか?戦闘シーンの使いまわし以前に、飛影と三体のロボットの組み合わせで様々な形態に変化するというアイデアを消化しきれず、せっかくの面白い設定を自ら台無しにしてしまっている印象が拭えないのだ。

この「飛影」に限らずに言っている事なのだが、いくら他に面白いアイデアや売りになるネタがあるとしても、ロボットをきっちりと描いてくれなくてはロボットアニメとしては中途半端に終わるだけで面白味が激減してしまうのだ。余所見をしてロボットをカッコ良く描かないのなら、ロボットアニメ等にしないほうがいい。面白い設定…それはメカニックに限らず舞台設定やキャラクター設定でも同じだが、面白いならそれを生かした見せ方をして欲しいし、奇をてらったからといって基本的な部分を排除してしまっても良い訳はないのだ。そういう事を鑑みると、申し訳ないがこの「飛影」は万人にはオススメ出来ない。奇をてらった設定に何の魅力も持てない人にとっては、退屈すぎるきらいもあるだろう。「忍者」という、如何にも動き回りそうな、必殺技とかバンバン繰り出しそうな設定があるのだからそれを画面でもきっちり生かして欲しかった。残念ながらココは大きな問題部分であろう。

ちなみに本作は視聴率不振から放映が短縮されており、話数を繋ぐ為最終の2話が総集編となっている。その総集編の語り部となったのは、序盤からジョウ達の敵として登場し続けたハザード長官であった。
このハザードという男、中々に面白いオッサンで、ジョウを捕らえ、散々殴り飛ばした後息を切らせながら「ハァ、ハァ、ハァ、明日からジョギングしよ。」等と呟いたり、通信の最中水虫の薬を塗っていたりとスタッフが色々と遊んでいる部分が伺える。
声を当てた青野武氏の好演もあって非常に味のあるキャラクターとして存在感のある悪役であった。(でも、最後まで小悪党。でもそれが彼らしいとも言えるか…。)


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