パワードスーツありき。

メタルスキンパニックMADOX−01

1987年 創映新社&ポニーキャニオン製作 OVA
声の出演:松本保典、麻上洋子、曽我部和恭、石田有紀子、池永痛洋、他

簡単解説
対戦車戦に特化した究極の個人兵装”タンクバスター・マドックス”が運搬中の事故により、兵器マニアの少年・杉本鉱二の手に。世紀末の大東京、新宿新都心の高層ビル群を戦場と化し、戦車vsマドックスの死闘が開始される。


タイトルの語感から、かなめとかテッサなんてキャラクターが出てくるアニメと勘違いしてしまった人がもしかしたらいるかも知れないが、パニックはパニックでも「フルメタル」ではなく「メタルスキン」である。作品の名前はお世辞にも知られているとは言えないが、数年前社会現象にまでなった「新世紀エヴァンゲリオン」で今や非オタク趣味の層にまで名が知られる庵野秀明氏を始め、合田浩章氏、松原秀典氏、山根公利氏、更に監督には荒牧伸志氏といった、現在一線で活躍中のクリエイターが多数参加していたりするという点では注目に値する作品といえるのかも知れない。

さて、この「メタルスキンパニック」の主役メカであるマドックスだが、厳密に言うとロボットではなくパワードスーツである。この作品では監督と兼任でメカデザインもした荒牧氏によると、当時はOVAの乱立期という奴で、企画を出せば決まってしまう時代だったという。実際この作品も氏の弁によれば、この「メタルスキンパニック」もスポンサーサイドから「どんなものでもいいから企画を出してみてくれ」という要請があり、どうせやるならTVアニメでは出来そうも無いマニアックなメカを題材にしよう…という事で始まったんだそうな。

そんなキッカケであるからして、この作品は「先ず物語ありき」でもなければ「先ずキャラクターありき」でもなく、「先ずパワードスーツありき」というスタイルになった。新牧氏は元々SF小説「宇宙の戦士」に描かれていたスタジオぬえのパワードスーツに感動してメカデザインの道に走った自身が話している位なので、パワードスーツに対する愛着が非常に強いらしい。そういえば氏がメカデザインを手掛けた「機甲創世記モスピーダ」のライドアーマーや「メガゾーン23」のガーランドにしても、着込む、という印象が強いメカであるし、氏が監督を務めた最新作である「アップルシード」にもパワードスーツが登場している。そう考えると、ある意味完全に趣味に走っちゃったのがこの「メタルスキンパニック」と言えるのかも知れない。そういえば、このマドックスにしてもゴーグルの部分なんかはぬえのパワードスーツの面影があるしなぁ。

確かに、その思い入れからかメカ描写はハンパではない。開発シーンにもリアリティがあり、後で遺恨を残す原因ともなったギルゴア中尉率いる戦車隊との演習シーン等は大迫力で、戦車に対するマドックスの有用性…「タンクバスター」の名が伊達ではない事を視聴者に見せ付けてくれる。スラスターを吹かしつつ戦車隊の砲撃を回避し、遮蔽物を巧みに利用して奇襲攻撃を仕掛ける様は非常にカッコよい。メカニックとしての存在感もあり、輸送用ヘリを背景に、地面に全ての装備品を並べて突っ立っているマドックスという絵だけでかなり様になるというか、雰囲気が上手く出ている。ただ、クライマックスで新宿NSビルを舞台にしたギルゴアの駆る空挺戦車との戦いは些か面白味に欠けていた印象がある。最もコレはマドックスではなく空挺戦車の頼りなさが原因だろう。小型…というより結局は歩兵の装備品であるマドックスに対し、ライバルの戦車も小型化してしまったら映像的に面白い対比にはなりにくいのではないだろうか。4つのキャタピラを利用して障害物をもろともしない…というスタイルではなく、戦車の長所を生かした様な…例えば高層ビルを抜群の機動性で駆け巡るマドックスに対し、それを追う戦車は巨体を利して強引に、力技でビルを破壊しながら迫る、という様なイメージとか。戦闘に関して言えば、クライマックスの空挺戦車との戦いより、まだ演習での戦車戦やエリーの駆るマドックス零号機との戦いの方が面白かった気がする。

さて、これまではず〜っと戦闘シーン、アクションシーンに比重を置いて語ってきたが、脚本の方はどうなの?と聞かれると…この作品、非常に困るのだ。何せ、クレジットに「脚本」という役職がない。何でもコンセプトは「パワードスーツという兵器のプロモーションビデオを造る」というモノだったらしく、先ずパワードスーツありきになっている。それは脚本にも繋がっており、基本的にスタッフ達の考えではこの作品は「脚本はどうでもいい」というシロモノなのだ。クリエイター達が好き勝手にやる為、その足枷ともなる脚本…スジはかなり蔑ろにしている。そもそも脚本らしい脚本は無く、プロットとアイデアノートをベースにいきなり絵コンテを切っていった、というのが実状らしい。潔いといえば潔いが…。

おかげでドラマパートの出来は…はっきりいって何の感想も持てない。作品中の言葉を借りれば「時代を間違えた男」ギルゴアが一度の敗北で執拗にマドックスを敵視する理由も、まぁ戦車乗りとしての自尊心を傷つけられた…というモノなのだろうが、それだけでは後半でのキ○ガイっぷりが説明できない。もう、そういう奴、受けて側が脳内フォローをせざるを得ないのだ。更に主人公がマドックスを着込んだまま、明日海外へ行ってしまう恋人の待つ新宿NSビルに向かってしまう、というのも…あんなモノ着込んで恋人に会いに行ったとして、騒ぎが起こらんとナゼ考えられたのか、また恋人がどう思うだろうか…そういうツッコミどころというのは非常に多い。もう、脚本がちゃんとスジになっていないのだ。

クライマックスでは、ギルゴアの追撃を振り切った主人公が、恋人の元にたどり着き愛を確かめるように抱擁を交わす。ハリウッド映画とかだと感動のラストシーンという奴なんだろうが、この作品のこの結末は…何だか薄ら寒いイメージしか感じられないんだよなぁ…。それだけスジがちゃん成立していない、という事なのか。主人公と恋人の関係とかに関する言及があまりにも少なく、フラグがフラグになっていないのが原因か。

…いや、メカ描写の面白さ、カッコよさという点ならともかく、この作品、ホント…物語にはなってないんですよ、ええ。



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