どん底野郎の生き血を啜る戦場の蛭

装甲騎兵ボトムズ外伝 機甲猟兵メロウリンク

1988年 サンライズ制作 OVA 全12話
声の出演:松本保典、玉川紗己子、大塚明夫、他

簡単解説
アストラギウス銀河をギルガメス、バララントの真っ二つに分けた百年戦争。その終戦間際、メロウリンク・アリティ伍長率いるシュエップス小隊はATを取り上げられ生身でATと戦う機甲猟兵に降格させられる。味方の撤退作戦にて半ば生贄として敵大隊と交戦…メロウ以外の隊員は戦死した。戦後、小隊に重要軍事物資ジジリウム強奪及び敵前逃亡という無実の罪を着せられる。後に、ブランバンドールスキャンダルと呼ばれる陰謀に、小隊唯一の生存者であるメロウは復讐を誓う。


さて、「機甲猟兵メロウリンク」である。この作品、「青の騎士ベルゼルガ物語」と同様テレビアニメ「装甲騎兵ボトムズ」の外伝として制作された作品だ。「青の騎士」の方は特にモデラー層から強い支持を受けているにもかかわらず、結局映像化が果たされなかったのに対し、「メロウリンク」の方は最初からOVAとして企画された作品だ。実は、キリコ以外を主人公として映像化された「ボトムズ」はこの「メロウリンク」だけである。

私とこの「メロウリンク」との出会いは映像作品ではなく、「ボトムズ」本編で監督を務めた高橋良輔氏の書いた朝日ソノラマの小説だった。この小説を読む以前からその存在は知ってはいたが、概要程度で本格的に作品内容に触れたのは小説版が最初だった。…で、余談だが私はこの「メロウリンク」の小説を学生時代に中古で入手したのだから、10年前くらいになるのだが、その頃からず〜っと待ち続けているのだが…この小説版「メロウリンク」の2巻は、果たして今後発売される事があるのだろうか。小説版の方は、特にクメン編の描写にてメロウが本編にて登場したゴウトやバニラ、ココナと馴染みになったり、生身でブルーAT(イプシロンの駆るスナッピングタートル)と遭遇する、なんてOVAでは無かったネタもあって非常に面白かったのだが…。

ともあれ、「メロウリンク」である。この作品を語るに置いて外せないのが、本作が「装甲騎兵ボトムズ」というロボットアニメをベースとしながらも、主人公がATに乗らずに生身…バカみたいに大げさな長さの対ATライフルで戦う、という点であろう。後年制作された「機動戦士ガンダム0080」においても、スパロボとかでしか「0080」を知らない世代には誤解されがちだが主人公をロボット(この場合はモビルスーツ)に乗せていなかったが、「0080」はモビルスーツに憧れる少年を主人公として描く事により、架空世界とはいえ”戦争”というものを描いた…つまり主人公のアルは友達になったジオン兵のバーニィと、隣の優しいお姉さんであるクリスの悲劇の語り部的存在であり、バーニィのザクの修理は手伝ったが直接戦う事は無かった。しかし、メロウの場合は復讐劇…自ら危険に飛び込むのみならず、コダワリとして決してATを使う事はないのだ。

ココで「メロウリンク」にて使われる”機甲猟兵”という言葉を説明しておこう。人命を軽視している兵器として知られるAT…その事を揶揄してATパイロットはボトムズ(どん底)野郎と呼ばれているのだが、生身でATに立ち向かわねばならない機甲猟兵はそのどん底以下の存在であり、ATパイロット以上に生還率が低い。主に作戦時にATを失った、ないし何らかの懲罰として落される身分である上、当の機甲猟兵達にしても生き残る為に友軍兵士の死体をトラップに用いたりする等なりふり構わぬ所から、軍組織からしても鼻つまみ者的なイメージが強い。「青の騎士」においてもATに乗る事を拒絶したクローマ(ケイン)がこの機甲猟兵スタイルを取った事もあり、機甲猟兵という存在の位置付けが語られている。本作「メロウリンク」につけられた英文タイトル「LEECHERS ARMY(戦場の蛭)」も、そんな機甲猟兵の位置付けから由来されたものだろう。

汚名を着せられた亡き戦友の為に、ブランバンドールスキャンダルに関わった者を次々と屠っていくメロウリンクであるが、その唯一の武器…とはいえ、状況に応じて投擲地雷等を用いてはいるが、復讐を果たす道具として拘っているのが、機甲猟兵降格時に渡された対ATライフルである。このライフルは2mを越す長さ、30kgオーバーの重量を誇る歩兵が携行する兵器としてはかなり大型のものではあるが、作中でも「そんな旧式の対ATライフルで…!!」等と言われていた通り性能面でもたかが知れている。装弾数も3発程度で、その大きさゆえに小回りも利かない。更にこの対ATライフル最大の特徴が着脱可能な近接兵器”パイルバンカーユニット”であろう。アームパンチ用の薬莢を用いるこの大げさ且つお世辞にも有効とは言えなさそうな武器で、ほぼ毎回メロウは復讐を敢行していくのだ。

ただ、メロウリンクの…というか、作中での対ATライフルの使われ方は些か物足りない気がする。パイルバンカーユニットにしても、メロウの復讐…怒りの代弁者としてケレン味優先で設定した武器だとは思うのだが、作中メロウはあまりにも軽々とこの対ATライフルを使ってしまい過ぎる。警備兵に追い詰められたりして逃げている最中でも軽々と反撃に使ったり、対AT用兵器としては軽々しく使われ過ぎな気がしてしまうのだ。それでいて本番たる標的の駆るATとの対決、そして決着シーンの方はと言えば、コチラは些か迫力不足になってしまっている。演出のみならず、パイルバンカー発射までの持っていき方、決着時の構図にまで関係するが、只でさ生身対ATという絶対不利な状況からの逆転劇なのに、ケレン味に関してはむしろAT同士での戦闘が主な本家「ボトムズ」の方が上になってしまっては本末転倒ではないだろうか。

復讐劇としては、逆にメロウの方が狩られる側に回った「リーニングタワー」のエピソードや、復讐という行為そのものに対して言及しているとも言えるクライマックスでのヒトコマ…仲間の復讐の為に行動するメロウリンク自身が、メロウが殺した敵の仲間の仇になる、という部分など、面白い演出、エピソードもあるのはあるし、ある意味もう1人の主人公とも言えるメロウリンクの復讐の導き手である情報部士官キーク・キャラダインのラストでの見事なヒールぶり等も非常に面白い。メロウを侮蔑しながら手にした拳銃(モーゼルM712に似ている)で的確に追い詰める姿など非常にカッコ良いのだが、今一歩…メロウ自身の演出の弱さがある気がする。対ATライフルへの拘り、復讐決行時に自らの血や泥でフェイスペインティングをしたりするという細かい拘り、演出はあったのだが、彼自身の魅力というのは意外に薄味になってしまっている気がするのだ。

その原因の一つが、ヒロインのルルシーの存在なのかもしれない。思えば彼女、1話での大人っぽい印象とは裏腹に、2話以降は些か子供っぽさが強く出されている気がする。この描き方のずれというのは、シリーズ構成担当の高橋氏と、監督を務めた神田氏の”考えの違い”かららしい。高橋氏の案ではルルシーはメロウではなくキークと強く絡むキャラクターだったのだが、神田氏の意向でメロウと絡むキャラクターになったとの事だが、確かにルルシーのおかげで殺伐としたメロウの復讐劇に”救い”が生まれたのと同時に、メロウ自身もキリングマシーンとならずに済んだのかも知れない。ただ、高橋氏案のまま、ルルシーがキークに絡んでいた場合…メロウにとっては救いの無い物語になってしまったかも知れないが、”復讐劇”というキーワード、テーマに対しては、割と明確な答え、決着をつける事が…言ってみれば、はっきりした終わらせ方が出来たのではないか…そう思うのだ。

コレは趣味、嗜好の問題なので「こうした方が絶対面白かった!!」というものではないのだが、私自身としては、後半で見られた歳相応のメロウよりも、怒り以外の情を半ば捨て去った様な…キリングマシーンと化した”復讐鬼メロウ”が見たかった気がする。徹底して復讐に生きた方が、上記した”メロウ自身が敵にとって仇になる”という展開にももっと重みが出たと思うし、キークとの決着にしてもはっきりしたものになった気がするのだ。キークをヒールとして使うのならこのままでも良かったのかもしれないが、メロウをもっとハードな路線に置いた方がキークにしてももっと面白味のあるキャラクターに出来た気がする。確かに殺伐とした世界を中和してくれたルルシーではあったが、折角メロウ自身を”機甲猟兵”であり更に”復讐劇”というハードな路線に仕立てているのであるからして、彼自身をモットハードに追い込んだ方が面白い作品となり得たのではないか…そう思うと、非常に惜しい気がしてしまうのだ。



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