何よりも衝撃的な次元連結システムの正体

冥王計画ゼオライマー

1988年 AIC制作 OVA全4話
声の出演:関俊彦、本多知恵子、田中秀幸、荘真由美、鈴置洋孝、他

簡単解説
鉄甲龍…ハウ・ドラゴンの異名を持つ謎の秘密結社。彼らは最強の八卦ロボを用いて世界を制覇しようとしていた。だが15年前、一人の男によって彼らは地に潜むことを余儀なくされた。しかし今…、彼らが動き出す時が来たのだ。平凡な少年、秋津マサトは突如謎の男達に監禁され、自分がロボットのパイロットであることを告げられる。そう、15年前に鉄甲龍から奪い出された、八卦ロボの中でも最強を誇る、天のゼオライマー。彼こそはそのパイロットとして宿命づけられた者なのだ。謎の美少女・美久と共に、彼は否応なしに鉄甲龍の八卦ロボと戦うこととなる。


さて、今回は「冥王計画ゼオライマー」である。と、いっても私はこの作品をライブ時に見た訳でもなく、何の事はない、この間発売されたプレイステーション2用のゲームソフト「スーパーロボット大戦MX」をプレイして、何となく気になってチェックしてみた作品だったりする。この「MX」であるが、「インパクト」の流れなのか参戦作品が偏っている気がする。テレビ版と劇場版という違いこそあれど「ナデシコ」を出していたり、「ガンダム」も出るには出るが、ネタの中心は「ドラグナー」に取って代わられていたり、「エヴァ」とイメージ的に被る部分がある「ラーゼフォン」を競演させていたり…。

そんな中、「インパクト」で言う所の「ダンガイオー」の代わりとして参入させたのが、同じ平野俊貴監督の手によるOVA「冥王計画ゼオライマー」なのかも知れない。ちなみに「MX」のゲーム内では本作の冥王計画と「エヴァ」の人類補完計画が微妙な形で関係していたりする訳だが、如何せん敵組織たる鉄甲龍が中盤で早々と壊滅するのでイマイチ絡んでいない印象を受ける。もっとも雷のオムザックを終盤に引っ張り出す等そういった面での配慮は伺えるが、初参戦作品にも関わらず、あんまり大掛かりにドラマには絡まなかったのだ。

ただ、天のゼオライマーのユニットとしての性能は強力無比だった。その性能は「MX」だけに留まらず、全ての「スーパーロボット大戦」シリーズの中でもトップクラスの強さだ。真ゲッター1並の攻撃力とHPに、強力なMAP兵器と「次元連結システム」によるEN回復と分身&バリア…。「F完結編」のイデオンよりは攻撃力に欠けるが、暴走しない点や「次元連結システム」の恩恵等から来る使い勝手を考慮すれば全然上だろう。この「MX」には同じく高性能ユニットである真ゲッターやマジンカイザーがいないので、この強さは更に際立っていた。

そんなこんなで気になって、私は「ゼオライマー」のOVAを見た訳だが、実はこの作品、「レモンピープル」という18禁ロリコン雑誌に連載されていたエロマンガが原作で、この原作マンガの作者であるちみもりを氏は何と、「強殖装甲ガイバー」の高屋良樹氏なんだそうで…人に歴史アリ、って所だろうか。もっとも原作とOVAでは主役メカであるゼオライマー等のデザインや敵組織の設定がかなり違うらしく、OVAでの次元連結システムも「超次元システム」とか「次元ジョイント」等と少し違う形(エロ方面に)で設定されているようだ。原作が…早い話エロマンガというのは珍しい気もするが、この頃はこういうパターンのOVA(「イクサー」等)とかは結構あったらしい。

更にヒロイン・美久の設定もOVAでは次元連結システムそのものとなるアンドロイドだったが、原作版では「生体部品」…次元ジョイントを胎内に装着(挿入なのかも)する、という超次元システムはその描写(エロ方面)も含め、OVA版のそれを遥か凌駕する。なんと、本体たるロボットの腕などを瞬時に再生するだけに留まらず、パイロットまで再生してしまうというトンデモなシロモノ…う〜ん…無敵だ。(笑)

さて、それはともかくOVA版「ゼオライマー」であるが、この作品が制作されたのは1988年…言わばバブル崩壊の直前である。この頃テレビアニメでは「機動戦士ガンダム」以降全盛期だったリアルロボット路線が衰退した時期である。この「ゼオライマー」以前に平野氏が手掛ける「ダンガイオー」もそうであった様に、30分枠でしかも非常に短い尺(「ゼオライマー」は4話、「ダンガイオー」に至っては45〜40分枠で3話)というスタイルで制作されており、この尺の短さが作品の出来というか、物語の完成度にも大きく影を落している気がする。

このOVA版での敵組織・鉄甲龍には八卦衆と呼ばれる戦士がおり、それぞれが八卦ロボに乗る。主役メカ・天のゼオライマーもこの八卦ロボの一体なので、総勢で7機の敵メカが存在する事になる。ただ枠は4話…この短い枠で7体ものロボットと対決させねばならない訳だ。コレではドラマ的な部分がどうしても説明不足になってしまうだろう。実際、第1話では風のランスターと、第2話では火のブライスト&水のガロウィンのタッグと変則マッチ、第3話では月のローズセラヴィと対決し、4話中3話をしてまだ3体もの八卦ロボを残している。そしてそのしわ寄せはやはり4話目に集中しており、何とも忙しなく、そのクセラストは呆気ないというか…まるで少年ジャンプの10週マンガが、待ちに待った主人公とライバルとの対決を迎え、「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!…長い間ご愛読ありがとうございました」となってしまったかのような、そんな結末になってしまっている。

と、言っても第2話での姉妹タッグにしても、火のブライストと水のガロウィンは連携技「トゥインロード」があり、同じ顔を持つ姉妹としての、妹が姉に抱いていたコンプレックス、そしてそれが転じる姉妹愛等、タッグを組ませた必然性は描かれているし、最後に残ってしまった3体の八卦ロボにも、複雑な三角関係により1話で3体を出さねばならない理由付けは行われている。ただ、第3話にて描いた八卦衆の正体、そして秋津マサトと木原マサキの関係…そういった設定はお世辞にもキレイに消化されているとは言い難く、何とも慌しく、そして呆気なく終わってしまったような印象は拭えない。尺が最初から4話と決まっていたかどうかは分からないし、確かに少なからず4話という短い尺で最大限に物語を築こうと工夫した跡は伺える。ただ、それでも「冥王計画」「次元連結システム」「木原マサキと八卦衆」「天のゼオライマー」といった謎を踏まえた設定が多くあるが故、やはりこの尺が不足している事が、作品そのものに影を落としてしまっている気がしてしまう。

せめて6話、欲を言えば倍の8話程度あれば、もっと「冥王計画」や「八卦衆」にも、もっと突っ込んだ描写が出来て面白くなり得たんじゃないだろうか…そう思うとつくづく惜しい気がしてしまう。と、いうのも、少なくともこの「ゼオライマー」は、バトルネタとしては中々に面白い部分がある作品だから余計にそう感じてしまうのかもしれない。構図の取り方も人間の目線からアオリでロボットを捉えるモノが多く、いやがおうにもその巨大感を煽りたてる。更に演出上においても第2話等では市街地のような場所での戦闘で、ロボットの足元に恐怖で逃げ惑う人々を描いて恐怖感、巨大なる者への畏怖を強調している。そういった巨大なモノを更に巨大に、強大に見えるような描き方が非常にカッコヨイのだ。

更に、八卦ロボの各メカニックには一芸を持たせた物が多く、そういうギミック的な魅力も見逃せない。上記した火のブライストと水のガロウィンによる連携技・トゥインロードや、月のローズセラヴィーのJバスター…子機を放出してエネルギーを吸収する巨大なビームランチャー等、架空世界のロボットをメカニックたらしめる為の、言わば「メカらしい」演出も豊富であり、アクションシーン自体も然程凄いという程ではないが、木原マサキの人格が憑依した状態での天のゼオライマーの圧倒的な強さは圧巻としか言い様がない。

この「ゼオライマー」では八卦衆の面々がゼオライマーと戦いながら愛憎劇…第1話では耐爬の幽羅帝に対する報われぬ愛、第2話ではシ・アエンとシ・タウ姉妹の確執と姉妹愛、第3話では葎の創造主…言わば父親への思慕の念、第4話では賽臥、ロクフェル、祇鎗の三角関係…そういったモノが描かれる訳だが、その愛憎劇が、天のゼオライマーが放つメイオウ攻撃により全てを無に返してしまう…この描写、通常ではロボット対決の決着シーンというモノは、そのアクションシーン最大の見せ場となる筈なのだが、この「ゼオライマー」においてはこの決着シーンで熱く握り拳を作ったりは出来ない。メイオウ攻撃が発動した際、画面から溢れるのはカタルシスではなく、一種独特の悲壮感というか、無情さというか…そういった切ないイメージなのだ。

「ゼオライマー」における秋津マサトや八卦衆は、実は木原マサキが遺伝子操作により創造したコピー…言わば同一人物である。その同一人物が時に愛し、憎しみ、戦い合う…それをまるでゲームでも見ているかのように冷たく笑う首謀者・木原マサト…この描写、木原の目的たる「冥王計画」が今現在視聴した私だからそうこじつけてしまうのかもしれないが、1988年という世情を尽く反映している気がしてしまう。この「ゼオライマー」が生まれた年に、少年ジャンプにおいて5年もの長きに渡って連載されていた世紀末救世主伝説「北斗の拳」が終了し、そして2年後には少年マガジン誌上において最早伝説とも云うべき「MMR」がスタートしたりもしている。来るべき世紀末への言いようも無い不安というようなものが徐々に高まってきた時代とも言える。そういえば映画「ノストラダムスの大予言」のLDとビデオの発売が中止されたのもこの頃の筈だ。

木原マサトの「冥王計画」が具体的にどんなものなのかは実は視聴者を始め、鉄甲龍、秋津マサト、幽羅帝…誰も知りえないのだ。何なのかはよく分からないんだけれども何だか恐ろしい…「世界を冥府に変える」という言葉のみが先行している感がある。コレはある意味、この頃の人々が潜在的に抱えていた「世紀末」への不安があったのではなかろうか。まるで背中に得体の知れない虫が這っていてそれを自分で潰す事ができない…そんな言い様の無い、もどかしいストレス…そういったものがこの「ゼオライマー」には漂っている。何とも不思議というか、不気味というか…独特な世界観である。

何せ尺が短い事もあり、ドラマが完成というか、完結しているとは言い難い…もっとも原作マンガも似たような終わらせ方だったらしいのだが、そういう意味ではあんまりオススメはし難い作品ではある。ただ、この一種独特のムードに関しては、人を選ぶネタだとも思うが一見の価値があるとも思う。

とかく尺の短さ…コレが惜しまれる作品だ。


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