♪ダンダダダダ〜ンダダンダンダダ〜ン

鋼鉄ジーグ

1975年 東映動画制作 全46話 NET系放送
マンガ版 永井豪原作 安田達矢作画 大都社(新版) 全1巻(旧版は全2巻、元々は講談社)
声の出演:古谷徹、吉田理保子、村瀬正彦、田の中勇、山口奈々、他

簡単解説
考古学者・司馬遷次郎は、古代日本を支配した邪悪な国家「邪魔大王国」と「女王ヒミカ」の復活を察知したが、王国の襲撃を受け重傷を負う。しかし優秀な科学者でもある彼は、死の間際に自身の自我をコンピューターに移植する。一方、カーレースで大事故に巻き込まれながら無傷で生還した息子・宙は父・遷次郎に自分がサイボーグに改造されている事を知る。宙は彼自身を頭部とするロボット「鋼鉄ジーグ」となり、邪魔大王国を迎え撃つ。


「鋼鉄ジーグ」という作品、イマイチメジャーには成り切れない作品だと思う。この「鋼鉄ジーグ」は「マジンガーZ」や「ゲッターロボ」といった作品とはスポンサーが異なる為、制作が両作品と同じ東映動画であるにも関わらず「東映まんがまつり」に出演する事が出来なかった。いや、放映当時、この「鋼鉄ジーグ」と放映期間が重なっていた「UFOロボグレンダイザー」との競演は実は企画されていたらしいが、実現には至らずに終わってしまっている。そして原作者にあたるダイナミック企画もこの「ジーグ」は自分達の性格とは違う作品と判断したのか、以降続く「マグネロボ」シリーズから半ば手を引く形となる。

そして現在、上記した様に「マジンガーZ」や「ゲッターロボ」とはスポンサーが異なっていた事が原因なのか、「鋼鉄ジーグ」は人気テレビゲーム「スーパーロボット大戦シリーズ」にも参入出来ずにいた。しかし、遂に「第2次スーパーロボット大戦α」に同じくタカラスポンサードの「勇者王ガオガイガー」と一緒に初参入を果たし、その続編「第3次スーパーロボット大戦α」にも続けて参戦している。「第2次」は主にヒミカ率いる邪魔大王国との戦い、「第3次」では竜魔帝王との戦いが割り当てられるが、「第3次」の場合、ルートによっては本作に絡むイベントに殆ど当たらなかったりする為一部では「いる意味が無い」と言われてしまっていたり…版権を巡るウラの事情とかを考えたり、同時参入となる「ガオガイガー」ほど一般には喜ばれていないような印象を受ける事を考慮すると、つくづく報われない作品のような気がしてしまう。

そもそも、私もこの作品と出会ったのは数年前…ネットサーフィン(最近聞かない言葉だが)でたまたまこの「鋼鉄ジーグ」の全エピソードを解説しているサイトに巡り合ったのだ。正直、私自身この作品の主役メカたるジーグの事を「なんか変なデザインのロボット」という印象しか持っておらず、後は全歌詞の半分以上が擬音で占められる番組主題歌だけが記憶に残っていただけだった。しかし、そのサイトの「鋼鉄ジーグ」の解説コーナーを見た私はこの作品に強烈に惹かれた。そこのサイトはリンクフリーではない上に、既に閉鎖されてしまったのでココで紹介をする事は出来ないが、サイト製作者の文章構成が巧みな事もあってエピソードを追っていけば行く程この「鋼鉄ジーグ」という作品に興味が沸いてきたのである。

さて、先ずは「鋼鉄ジーグ」という作品について説明をしておこう。
「鋼鉄ジーグ」はかつて日本を支配していた邪魔大王国の女王ヒミカの復活を予期した考古学者・司馬遷次郎が息子のレーサー・司馬宙(しばひろし…「シバチュウ」なんて何処かの電気ネズミみたいな呼び方は却下)をサイボーグに改造し、再び日本支配を企むヒミカ達の野望を阻止せんと鋼鉄ジーグで迎え撃つ…と、いうもの。ちなみに遷次郎はアニメ第1話で死亡し、以降は彼の人格をコピーした「マシンファーザー」なるコンピューターが宙に指示を出すという形となる。

そう言えば、「魔境伝説アクロバンチ」の項でタツヤ蘭堂はアマチュア考古学者という畑違いであるにも関わらず独自にスーパーロボットを開発した珍しい人、等と書いたのだが、実はこの「鋼鉄ジーグ」の司馬遷次郎も考古学者であり、やはり独自にスーパーロボットを開発している。更に遷次郎は息子である宙を勝手にサイボーグに改造し、自分の人格をコンピューターに移植するというオマケ付きだったりする。…まぁ、どっちにしろスゴイ人達だ。(笑)

そして主役ロボット・ジーグの特徴はやはり「磁石の威力」という部分であろう。このジーグはサイボーグである宙の体が頭部に変形し、支援戦闘機ビッグシューターから射出されるパーツを磁石の力で合体させるというユニークなシステムを持っている。このパーツは任意に分離、合体が可能であり、状況に合わせて様々なパーツをビッグシューターに射出させ換装する。この「ビルドアップ」というシステムを持つジーグは、ロボットアニメ界でも1、2を争うほど豊富なオプション装備を誇るロボットと言えるだろう。だがその反面ビッグシューターの支援無くしては実力を100%発揮出来ないという欠点もあり、実際作品中でもビッグシューターに敵の狙いが集中するケースも少なくなかった。そして、この戦闘を優位に進める為には支援メカが近くに不可欠になっている、という部分が「鋼鉄ジーグ」の面白さとなっていると同時に、鋼鉄ジーグそのものでは完結していない…ビッグシューターの援護無くしては戦えない完全無欠とは言えない戦闘ロボット、とも捉える事が出来てしまい、逆にロボットとしての魅力…逞しさ、強さを感じ難くしている部分もあるのかも知れない。

ただ、このシステム自体の面白さは当時の少年少女に受け容れられた様で、アニメの視聴率は同時期に放映されていた「グレンダイザー」が平均20%前後なのに対し、「鋼鉄ジーグ」は下手すると10%を切る低視聴率であったにも関わらず、このシステムを再現した玩具「マグネモ」は売れに売れたという。視聴率はあるのに玩具は売れない、という話は良く聞くが、「鋼鉄ジーグ」の場合は奇妙な事に玩具は売れるのに視聴率は伸び悩む…という変な形に落ち着いてしまっていたらしい。ちなみにプラモデルは「創造のプラモデル」でお馴染みの青島文化教材社がリリースしているのだが、コチラは当時のアオシマプラモのご他聞に漏れず、「合体」としてリリースされており、ナゼか背中にはジェットスクランダーの様なものを付けているらしい。

ちなみにこの「鋼鉄ジーグ」はロボットアニメとは別にホームドラマ的な作劇が成されており、この直後に放映が開始された「UFOロボ・グレンダイザー」のSF色の強いドラマと対となるよう制作していたという。そして「鋼鉄ジーグ」はホームドラマ的な要素を高める為に父子の対立や家族の絆といったものを物語の展開に上手く絡めている。星一徹的というか、非常にワンマンかつ強引な父・遷次郎に対し、対立する息子と夫の間で苦労が絶えない優しき母・菊枝、そして天真爛漫ながら時としてトラブルメーカーとなる妹のまゆみ、居候という立場ではあるが、宙の姉的(恋人的には見えなかった)なミッチーと、キャラクター配置もロボットアニメというより、ホームドラマ的な匂いが強くなっている。この設定にはライブ放映時の裏番組に強力なホームドラマアニメ「てんとう虫の歌」があった為ではないか?とも言われているが、私はこの頃生まれていないので本当かどうかは分からない。

余談ではあるが、この主人公・宙を演じたのは今じゃアムロやタキシード仮面の声を当てた事でも有名な古谷徹氏が担当しているのだが、この古谷氏のデビュー作はご存知「巨人の星」。父と子の対立、そして子の親越えを描いたスポ根アニメの傑作である。思えば古谷氏、「ガンダム」でも父子の決別的なドラマが描かれたし、「出前一丁」のCMでも父子の対立を演じている。まぁ、どうでもいい事か…。

更にもっと余談であるが、「父に反発する子供」というスタイルは次作「マグネロボ ガ・キーン」でも基本スタイルとしてもっと強烈に導入されている。

さて、物語であるが、先程低視聴率だったと書いたので、「なんだよ『鋼鉄ジーグ』ってやっぱり面白くないんじゃん。」等と思ってしまった方もおられるかも知れないが、ご安心召されい。飽くまで個人的意見ではあるものの、物語としての面白さ自体は「マジンガーZ」を始めとする当時の有名どころのロボットアニメと比べても遜色無いと思っている。確かに序盤では脚本家によって宙の性格設定にムラがあり、性格が一貫していないというか、ある意味情緒不安定なキャラクターに見えてしまうが、当時、ヒーローモノが席捲していた時代に自分が人ならざるものになってしまった苦悩、というモノを描いたのは特筆にあたるのではないだろうか。そういえば「第二次α」でも「ガオガイガー」の凱にサイボーグである自分た達の体の意味を諭されるシーンがあったりしたし、同じくコンプレックス組の鉄也と意気投合したりと、サイボーグである事からくるコンプレックスをネタにしたエピソードは多かった。宙の場合、それ以外にも、司馬モータースの社長にしてレーサーながら金儲けは下手なようで、生計を立てられず母・菊枝に苦労をかける事に悩んでいたりと、ヒーローであるにも関わらず妙に人間臭いというか、やはりホームドラマ的な味付けが強い。

更に言えば、敵側にしても竜魔帝王が登場してからは俄然…ホームドラマとは違うが、内部抗争的な面白さが出て来る。亡きヒミカへの忠義から竜魔帝王に反逆を企てるイキマ、アマソ、ミマシの3将や、竜魔帝王に命を救われた恩義と宙の説得の間に苦しむフローラ等、戦闘そのものではなくドラマが面白くなってくる。この辺は、マイナーだ、ツッコミどころが多い云々という部分とは別に、キチッと評価したい部分だ。

特に、敵側にスポットを当てた異色のエピソード「ヒミカに捧げる怒りの反乱!!」でのミマシの忠臣っぷりや、フローラが散る43話「反逆者!!フローラ将軍の最後!!」のラストシーンなど、脚本、演出共に素晴らしく、名編となっている。特に43話の方は、ラストシーン自体はベタといえばベタであるのだが、それまでに丁寧に打ち続けた布石が正に昇華されたエピソードといえる。この辺の丁寧な作劇は、まだまだ最近のフラグもへったくれもないアニメとかは見習うべき部分だと思う。

さて、話は変わるがダイナミックプロの作品といえば、原作のマンガとアニメ化されたものでは雰囲気が大きく異なるのは常である。例えば「デビルマン」や「ゲッターロボ」といった作品は原作とアニメ版の作劇が大きく異なっており、両作品ともテレビアニメではなく原作的なエッセンスを封入したOVA等が制作されている。次に原作となったテレビマガジン版のマンガについて書いておこう。

「デビルマン」にしろ「ゲッターロボ」にしろ、原作マンガの方がよりハードでバイオレンスなドラマが展開される為インパクトにおいてはアニメ版を軽く凌駕してしまう。しかし当時のアニメは現在ほど大人からの支持はなく、純粋に子供達のエンターティメントとしての位置付けであった事を考慮すると、あながち正統派ヒーロー物として描いたテレビアニメ版は間違いとは言えない。むしろ、家族で安心して楽しめる健全なドラマという点ではマンガ版より優れていると言って良い。この辺の一長一短は別段ギャアギャアと喚く必要のない部分だ。どちらが優れているなんて事はありゃしない。

そんな「デビルマン」や「ゲッターロボ」とは違い、この「鋼鉄ジーグ」に関しては逆にマンガ版の方がどちらかと言えば「健全なヒーロー物」として作劇が成されている。アニメ版の核であったホームドラマ的な要素も描かれてはいるが、アニメ版に見られた父・遷次郎と息子・宙の対立は殆ど感じられない。むしろ宙は遷次郎を尊敬し慕っているような印象さえ受ける。この「父子の対立」という要素がこの原作マンガ版には殆どない為、むしろテレビ版の方がアクが強いように感じるのだろう。

しかし、こちらのマンガ版もかなり「健全なヒーロー物」とは言い難い強烈なインパクトを与えるシーンが封入されている。例えばアマソが行った特殊な雨で人間を狂わせてジーグ}(宙)を襲わせるという作戦では、狂気に囚われた民衆が出刃包丁や鉄パイプで宙を襲撃するシーンがある。
いきなり狂った女に背後から鉄パイプで殴られた宙がふと視線を移すと…そこには倒れた子供の背中を別の子供が笑いながら何度もナイフのようなもので突き刺すシーンが!!

尚、「鋼鉄ジーグ」のマンガは、「グレートマジンガー」を大傑作に変貌させた桜多吾作氏のバージョンや、「ガイキング」のコミカライズ等も手掛けていた松本めぐむ氏(現「夏子の酒」の尾瀬あきら氏)のバージョンもあり、前者はテレビランド、後者は冒険王にて連載されており、他にも連載していた雑誌があるようだ。ちなみに松本版は数年前、双葉社より復刻されている。

この「鋼鉄ジーグ」は他の作品と比べてダイナミック臭が薄い等と言われているが、このシーン…たった一つの小さなコマに思わず戦慄させられる迫力は他の「ゲッターロボ」や「デビルマン」といった作品に負けずとも劣らないものがあると思う。ちなみに今回紹介したマンガ版は「テレビマガジン」に連載されたものだが、この外にも「冒険王」で松本めぐむ氏(「夏子の酒」の尾瀬あきら氏の初期ペンネーム)で連載していたものを含め、桜多吾作氏、小野誠氏なども「鋼鉄ジーグ」のマンガを描いているらしい。

さて、余談であるがこのマンガ版の戦闘シーンはアニメ版「鋼鉄ジーグ」のオープニング、及びエンディングの元ネタとなっている。この「鋼鉄ジーグ」のオープニング「鋼鉄ジーグのうた」とエンディング「ひろしのテーマ」は気合の入った作画と歌で非常に魅力的である。現在リリースされているDVD「東映テレビアニメ主題歌大全集1」に「マジンガーZ」や「デビルマン」、「ゲッターロボ」と共に収録されているので是非チェックしてみて欲しい。


戻る