ロボットタイムボカン

戦国魔神ゴーショーグン

1981年 葦プロ 全26話 東京12チャンネル系放送
声の出演:鈴置洋孝、田中秀幸、小山茉美、塩沢兼人、郷里大輔、他

簡単解説
超エネルギー「ビムラー」を巡り、秘密結社ドクーガと世界中から選ばれた「北条真吾」「キリー・ギャクレイ」「レミー島田」の3人の若者、グッドサンダー隊の戦いを描く。

この「戦国魔神ゴーショーグン」は、湯山邦彦監督と首藤剛史氏が「魔法のプリンセス ミンキーモモ」に先駆けること一年前に手掛けたロボットアニメであり、「世界征服を企む悪の秘密結社ドクーガが、超エネルギーであるビムラーを狙って行動を開始した。その野望を打ち砕かんが為、3人の若者は3機のメカを操って…」と、ロボットアニメでは最早パターンともいえる平凡極まりない設定を持つ。
しかし、そんな「ゴーショーグン」は、実はロボットアニメでもかなりのクセモノなのだ。

ロボットアニメのお約束に、「○○ロボ」といったサブネームがある。例えば「機動戦士」ガンダム、「UFOロボ」グレンダイザー、「銀河旋風」ブライガー…といった具合である。そしてそのサブネームは物語の設定、展開に合わせて決められているものであるので、ある意味でその作品、又はその作品のロボットを最も簡単に説明する言葉といえるだろう。しかし、この「ゴーショーグン」における「戦国魔神」というサブネームは、実は結構おざなりに付けられたような気がする。

何せ「何故に戦国なのか」ということが物語の中であまり明確になっていないのだ。つまり、タイトルを決定する時点で「ゴーショーグン」はロボットアニメとしての物語の構築を止めてしまうのである。実はこの「ゴーショーグン」という作品、見た目はフツーのロボットアニメを装いつつも、その実ガンダムで言う「ニュータイプ」、つまりは「人という生命体の進化と、新しく変わっていく人類」という重々しいテーマを扱おうとしたのである。

そんなこんなでサバラス隊長により超法規的に結成された3人、国連所属の工作員「北条真吾」、ニューヨークはブロンクスのギャング「キリー・ギャクレイ」、元スパイの「レミー島田」はゴーショーグンを操り、謎のエネルギー「ビムラー」を守る為にドクーガの個性的な幹部達と戦いを繰り広げるのだ。

この敵役の「ドクーガ」は、中々にユニークな設定を持つ。「ドクーガ」が他の「世界征服を企む悪の秘密結社」と大きく違う所は、ドクーガに所属する幹部が表の稼業…つまりは本職を持っている点にある。
世の秘密結社の多くは「失敗は死で償う」という鉄の掟を持っていたが、このドクーガでは作戦失敗によって生じた不利益を清算するのに「キャッシュか分割か」まで選択することが出来、その費用も幹部それぞれが経営する事業から捻出するのだ。今までの悪の秘密結社はそれ自体が一種の会社組織であったのだが、このドクーガは言わば「商工会議所」のような感覚で運営されているのだろう。

そしてグッドサンダー隊の活躍で失敗を続ける悪の幹部達も、超美形で自意識過剰、口グセは「美しい…」の「レオナルド・メディチ・ブンドル」、情緒不安定で精神安剤「トランキライザー」を常用する「スーグニ・カットナル」、元ボクサーで粗暴だが実は愛妻家の「ヤッターラ・ケルナグール」と「名は体を表す」という問答無用にユニークな連中なのだ。

そんな個性的な3人の敵幹部は主人公3人を食う人気を誇った。特に故・塩沢兼人氏が声を当てたブンドルは女性視聴者から大人気を博し、同人誌等で盛んに「ヤオイ」のネタにされていた。「超電磁マシーン ボルテスV」の美形ライバル「プリンス・ハイネル」当りから、ロボットアニメのキャラクターが女性ファンを得るという図式は作られてはいたのだが、作品内容から完全に分離してネタにされたのはこのブンドル局長が最初だったのではないだろうか?

とにかく、真吾、キリー、レミーの3人が付かず離れずの微妙な関係を演じようとも、ブンドル局長が作戦失敗時の損失を「もちろんキャッシュで一括払いだ!!」と己の美学に基づいて小切手を切る方が10倍も20倍もインパクトがあり、面白い。この主役を食う個性的な悪役というのは、タツノコプロの「タイムボカン」シリーズのおなじみ3悪の魅力に近い物があるのではないだろうか。こういった悪役側をメインに描写するという点が、本作のロボットアニメとしての薄さを逆説的に象徴している。そう。「ゴーショーグン」はキャラクターアニメなのだ。

但し、そこが本作の途中打ち切りの原因となっているのも事実である。ロボットアニメではなくキャラクターアニメとしての魅力を全面に出した為、玩具の売上が伸び悩んだのが打ち切りの原因なのだろう。それは仕方ない所であろう。ブンドルファンの女性達は、ブンドルをネタにした同人誌は購入しても、超合金のゴーショーグンを買うことはないのだ。

しかしこの「ロボットアニメに見えて実はキャラクターアニメ」という展開は、「機動戦士ガンダム」や「伝説巨神イデオン」と言った「重々しいストーリーを展開してリアリティを打ち出す」という作品が乱立していた時代ではかなりの変化球である。今でこそ「エヴァンゲリオン」や「ナデシコ」と言った「斜に構えた作品」が当たり前になっているが、この時代としてはかなりのチャレンジであったと思う。

私は、ロボットアニメというジャンルは根本的に不謹慎なものなのだと思う。ロボットアニメは暴力を描かなくてはいけないし、その暴力こそがロボットアニメの魅力の根源になっているからだ。しかし、全てが全て重々しい暴力を描いては見ているほうも気が重くなってしまう。そんな淀んだ雰囲気の気分転換としての「邪」は大切にしたい。「ゴーショーグン」は、そんな事をふと考えさせる作品なのだ。

もっとも、キャラクターアニメとしては面白い本作も、ロボットアニメとしてはいささか中途半端な印象は否めない。更に、キャラクターアニメとして成功したが故にメインテーマとして描かれる筈であった「人という生命体の進化と、新しく変わっていく人類」についても描ききれたとは言い難い。

そのテーマの象徴であるのが日頃からメカと人間を分け隔てなくつきあう「健太少年」が、宇宙意思のようなエネルギー生命体「ビムラー」に進化していく、というものなのだが、これも最終話近くになって突如表に出る。この不自然さに戸惑ってしまったファンも多かったのではないだろうか。テレビシリーズの後日談として製作された劇場版「その後の戦国魔神ゴーショーグン」や、小説作品に違和感を覚える人が多いのもこのあたりが原因であろう。

だが、やはり本作は大局よりも要所要所にネタとして封入されたキャラクター達のコミカルな会話を楽しむべきであろう。そして、最終的に「実は悪人は1人もいなかった」という展開は、やっぱり今見てもホッとさせてくれるものなのだ。

尚、本作と同じく湯山邦彦監督と首藤剛史氏が制作した「魔法のプリンセス ミンキーモモ」にたった1話にだけ登場する「ミンキナーサ」というロボットの合体シーンの音楽は、モロにゴーショーグン合身の音楽である。こんな遊び部分をチェックしてみても面白いかも知れない。


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