ろぉぉぉぉくしぃぃぃぃぃぃぃんがぁぁぁぁぁったぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃ!!

六神合体ゴッドマーズ

1981年 東京ムービー制作 全64話 (マーグがメインの劇場版やOVA「17歳の伝説」もある) 日本テレビ系放映
声の出演:水島裕、三ツ矢雄二、富田耕生、納谷吾郎、石丸博也、他

簡単解説
ズール皇帝配下のギシン星の地球侵略が始った。地球防衛組織であるコスモクラッシャー隊隊員の明神タケルは実はズール皇帝の後継者マーズであり、地球破壊用ロボット「ゴッドマーズ」と共に地球に送り込まれた少年であった。しかし地球を愛するタケルはズールの地球破壊命令を無視し、地球を守る為に戦う。


この「ゴッドマーズ」、オープニングのテロップに「原作/横山光輝『マーズ』より」というクレジットが入る事からも分かるとおり、横山氏のマンガを原作として持っている事は有名であり、それと同じくらい原作マンガを完全に無視した作りになっている事を知っている人も多いと思う。

「ゴッドマーズ」という作品が挙がれば大抵の人は主人公・タケルと彼の兄・マーグのヤオイ的兄弟愛がまず話題になるが、この「原作無視」という部分もまた、ネット上で今だ色々と物議をかもち出している…というより文句を言われている部分でもある。ハードな展開と衝撃的な結末…破滅をテーマに据えたSF的要素の強い原作版「マーズ」を知る者にとって、このテレビアニメ「六神合体ゴッドマーズ」の見せた展開は確かに許し難いモノに映ったかも知れない。

ではお約束の2つの「マーズ」のスジの違いから説明していこう。
原作版「マーズ」は、太古の昔に地球を訪れた宇宙人が6体の神体(ロボット)と水素爆弾の数千倍の破壊力を持つ爆弾を残す。そして現代、その地球破壊用爆弾の起爆指令を出す事が出来るマーズが予定より100年ほど早く目を覚ましてしまった事により、宇宙人達は予定を繰り上げて地球破壊を決行しようとする。

しかし肝心のマーズがこれに反旗を翻し「神体」を操る宇宙人達と戦う事になるのだ。その際マーズが用いるのがロボットの「ガイアー」であり、地球破壊用の爆弾はこのガイアーにセットされている。つまりガイアーがやられてもマーズがやられても爆弾は爆発してしまう。更に敵対する6神体を全て倒してしまってもガイアーにセットされた爆弾は爆発してしまうのだ。

そしてクライマックス、かろうじて6神体を倒したマーズであるが、度重なる激戦で被害を受けた地球人の怒りを買い、暴徒と化した民衆の私刑にあってしまう…そしてマーズは「私はこんな連中を守っていたのか…」と身勝手な地球人に絶望し、自らの意思でガイアーの爆弾を起爆させるのだ。

対してアニメ版である「ゴッドマーズ」は当時から散々ヤオイのお姉さん方に標的にされた事からも分かるとおり、メインに据えるのは主人公であるマーズと、彼に敵対する立場でありながら影で弟を助ける双子の兄マーズという兄弟愛であったのだ。そして原作では敵対する立場にあった6−1=5神体(つまりガイアーを入れて6神合体)はガイアーの仲間であり、合体して「ゴッドマーズ」となる…つまりフツーのロボットアニメであったのだ。

いや、フツーとも言えないかも知れない。フツーのロボットアニメ、というのは基本的にロボット同士のアクションを主体にちょっとしたドラマを絡めていく、という作りであり、「機動戦士ガンダム」以降のリアルロボットブームになる以前は大概の作品がこの基本プロットをベースにしていた。つまり作品は「初めにロボットありき」というスタイルなのだ。
基本的に殆どの作品がオモチャメーカーと連動して商品展開をしていたし、だからこそ主役ロボットをカッコ良く見せようという努力がされて来たとも言えるだろう。

しかしこの「ゴッドマーズ」、ロボットアクションを見たいのであれば最後の5分だけを真剣に見れば良いような作品だったのだ。この作品が放映されたのは1981年…「機動戦士ガンダム」以降の流れで「リアルロボット」が徐々に主流となり始めた時期である。だからこの「ゴッドマーズ」もドラマ部分に重きを置いた、といえば聞こえは良いが、その実ただ単にこの作品においては「ロボットはどうでも良い」というスタイルだったのかも知れない。

「ろぉぉぉぉくしぃぃぃぃぃんがぁぁぁぁぁったぁぁぁぁぁいぃぃぃ!!」

という掛け声と共に地球の各地から集う5体のメカ。そして合体バンク…。この合体シーンだけはやたら気合が入っていてカッチョ良いのだが、合体したと思ったら束の間、

「マ−ズフラッシュ!!(と叫んでビーム発射)…ファイナルゴッドマーズ!!(剣で一刀両断)」

で、戦闘シーン終了。
パースのつけ方やアングルを工夫したり、トリッキーなアクションをさせたり…派手なエフェクトを用いたり、そういった要素がこの「ゴッドマーズ」では薄い。何でもロボットのデザインに線が多過ぎて派手に動かせない(この辺はダンクーガも同じだった)らしいが、それにしたってこの動かない主役ロボットはどうなのだろう?
動かない(というより動けない)からスコープドックの様にローラーダッシュをしたり、バルキリーの様にクルクルと目まぐるしく飛び回ったりという回避運動は絶対にしない(と、いうより出来ない)このゴッドマーズ…。同様に動かない(動けない)から敵の攻撃で窮地に立ったりもしない…。だからいつも圧倒的な強さでいとも簡単に敵を屠るのだ。そういえば私もこの「ゴッドマーズ」を見る時、いつも序盤は画面に集中せず別の事をやっていたような気がする…。ただそんな戦闘シーンばかりでは当然飽きられてしまう…。

そんな事で表立って出てきたのが「ヤオイ路線」…。
もっとも当時は今のように裸で抱き合っている美少年が描かれている同人誌が当たり前の様に売っていたり、「西遊記」のキャラクターを全部美少年にしたり、とある中学校のテニス部が美少年ばっかりだったりするマンガばかりだったような事は無かったのだが…。

この作品のもう一つの軸であったタケルとマーグ…2人の兄弟愛は、当時確実に女性ファンのハートを掴んでいた。特にマーグは洗脳されて最愛の弟と戦い散っていくというオイシイ設定とその美形っぷりで人気を博していた。当時のアニメ誌表紙はマーグばかりだったと言うし、「あしたのジョー」の力石並に死後本当に葬式まで行われた程だったらしい。

その人気っぷりに制作サイドが「ああ、殺さなきゃ良かった」とでも思ったのか、「地球編」では、彼の副官だった美少女・ロゼの身体(って書くとなんだかエロティック)を借り「薔薇の騎士」として登場。一方主人公のタケルも「デビルリング」なるものを頭につけられ、このデビルリングが発動した時に見せる彼の絶叫も女性ファンを釘付けにしてしまう…。

…最近、テレビ埼玉の再放送アニメを見ていると「らいむいろ戦奇譚」というアニメのCMがやっていた。何でも明治を舞台に、美少女達が御国の為に頑張る、というどこぞの歌劇団みたいなネタらしい…。他にも青年向けマンガ家(分かるよね、この意味)が3人の奴隷を率いる怪盗が活躍する「マウス」なんて作品を書いており、アニメ化までしている。この2つは「原作・あかほりさとる」という点で共通しているのだが、他にもしょーもない「萌えアニメ」が当り前のように蔓延っている現在…。「美少女戦士セーラームーン」のヒット以降、「なかよし」だのに連載されている少女向けマンガがアニメ化した際、必ず本来のターゲットとは別にそういった「大きいお兄さん」ウケを考慮するというのが当たり前になっている。

もちろんそういうエンターティメントがある事は否定しない。しかし、ウワベだけのモノに頼って本当に面白い作品が作れると思っているのか?という疑問は残る。身内とかオタク受けだけに留まらない、一般でも通用するエンターティメントとはなりえないだろう。

例えばニュースキャスターが「千と千尋の神隠し」が海外で賞を取ったというような報道で、同作品を「宮崎アニメの『千と千尋の神隠し』」と紹介しているという事実…。何気ない言葉ながら、実は一般社会での認識ではアニメーションなんてモノは相変わらず所詮子供&ダメ人間の文化としてしか認識されておらず、ただ唯一宮崎アニメはそれらとは違う高尚なもの、と一般社会の代表としてマスコミが区分けをしている様に感じてしまうのは私だけなんだろうか?

確かにテキトーにマニア人気を期待して、美少女や美少年を出したり、パンチラやシャワーシーンを多用したり…。思えばこの「ゴッドマーズ」以前の「機動戦士ガンダム」の劇場版「めぐりあい宇宙」公開の際には、セイラさんの入浴シーンで館内でフラッシュを焚いて写真撮影するような著しく公共の福祉に反する連中が数多く見に来ていたらしい。こういった連中の考え無しの行動というのも昔からあんまり変わっていないようで…。

でもこういった演出はそういった演出をするキャラクターに視聴者が一種の恋愛感情を抱いてしまうような描写がなければただ単に「エッチな絵」でしか無くなってしまうんじゃないだろうか?そうなれば、

「ゲヘヘ…○○ちゃん萌え〜」

なんて形のヌキ対象の偶像崇拝にしかならないんじゃないだろうか?

オモチャの売上やアニメ誌等を始めとする一般的な評価を見れば、決して「ゴッドマーズ」も失敗作とは言えない。まがりなりにもコレだけの人気を得ているのも事実であるし、最初に述べた「マーズ」という原作を無視した作りを非難する意見がある一方、アニメオリジナルであるマーズとマーグの悲劇やロゼの存在を高く評価する人もいる。

ただ、どうも私はこの「ゴッドマーズ」はソノスジの要素に比重を置き過ぎて根底が傾いている印象が強い。
特に後半は、そういった要素からの人気取り的な演出が多すぎる気がする。もはや物語を楽しませようとする前にそういった要素で誤魔化してしまおうというスタッフの狡猾さがプンプンと匂って来るのだ。
先に述べたように私が昨今蔓延る「萌えアニメ」が大嫌いという部分も少なからず関係しているのは事実であるが、そういった要素にばかり終始してしまう、というのはやっぱり危険なんじゃないだろうか。

気が付いてしまったのではないだろうか?
「頭を捻って凝った物語を作るより、テキトーにそういった類の連中に媚びた方が楽」という事に…。
でも、このままだったらアニメーションなんて絶対に市民権なんか得られやしない。私にはそう思えてならない。

最後になるが、本作の主題歌「宇宙の王者ゴッドマーズ」以外にも、歌で「宇宙の王者」を自称するロボットがいる。それはグレンダイザー(と、ガッタイダー)である。どちらが真の「宇宙の王者」なんだろうか?まぁ、両ロボットのパイロットであるタケル(とマーグ)も大介さんも女性ファンが多いという点では共通しているのだが。


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