空手バカの恋愛一直線

闘将ダイモス

1978年 全44話 東映 テレビ朝日系放送
声の出演:神谷明、上田みゆき、市川治、曽我部和行、栗葉子、他

簡単解説
天体の異変にて母星を失った有翼人種のバーム星人が、地球への移住を願い出た。しかし月での交渉はバーム側の陰謀で決裂し、地球とバーム星との間に戦争が始まってしまう。竜崎一矢は地下都市建設用に開発されたトレーラーを戦闘用に変形出来るように改造したロボット「ダイモス」を操りバーム星人と戦うが、その戦いの最中「エリカ」という少女に出会い、互いに惹かれあっていく。しかしエリカはバーム星人の司令官「リヒテル」の妹だった。


故・長浜忠夫氏が監督を務めた「大河ロボットドラマ3部作」の最後の作品、「闘将ダイモス」である。本作は「ロボットアニメ板ロミオとジュリエット」という触れ込みで作られた作品で、敵味方に分かれているという状況が愛し合う2人を引き裂いていくという、子供向けロボットアニメを表現方法としながらも非常に大人向けの味付けがなされていた作品であった。

また、「超電磁ロボ コン・バトラーV」のガルーダ、「超電磁マシーン ボルテスV」に引き続き美形ライバルキャラクター「リヒテル」を登場させ、女性にも受け入れられた作品でもある。だが逆にあまりにもストレートに恋愛を描き過ぎた為か、本来のターゲットである「男の子」達の中には気恥ずかしくて拒絶してしまった人もいたようである。(同時期に「無敵超人ザンボット3」が放送されており、そちらに流れたらしい。)実は「マジンガーZ」等、物語を華やかにする為に「演出」として恋愛を描いたロボットアニメは多いが「恋愛」自体を作品のメインテーマに据えたのはこの「ダイモス」が初めてであり大変センセーショナルであった。

しかしこれだけ壮大なテーマを描いていても、「ロボットアニメ」のプロセスはキチンと守る。これが故・長浜監督の凄い所であろう。特に一矢がダイモスに乗り込むプロセス(手摺も何も無い乗り物で狭い通路を驀進し、乗り物がストッパーで止まった反動でコクピットに飛び込むというムチウチ必死の演出であった。)や、一矢の特技「空手」のアクションを生かした戦闘シーン等は正に正攻法のロボットアニメのモノである。特にオープニングの朝日(夕日かも)をバックにした一矢の演舞はたまらなくカッコ良い。悲恋話というテーマに逃げず、正攻法の言わば「燃える」ロボットアニメとしてテーマを描ききる…もはや長浜監督の演出力には脱帽するしかない。

さて本作であるが、恋愛をメインテーマに据えただけあり主役ロボットの扱いは少々ぞんざいである。その為かスポンサーサイドから「さっさとエリカを殺して、単純なアクションモノに徹しろ!!」というテコ入れがあったらしい。しかし「恋愛をテーマに出来ないなら打切る!!」と長浜監督が激怒し、物語へのテコ入れを拒否したのである。そういうエピソードが生まれるくらい、「ダイモス」のキャラクターは魅力的といえよう。

本作におけるキャラクター配置は基本的にはこれまでのロボットアニメの物を大きく変えてはいない。しかしキャラクター1人1人の設定はこれまでの作品より非常に緻密である。まず主人公「竜崎一矢」はロボットに乗り前線へ赴く勇ましさと同時にある種のナイーブさを持っており、これまでの「熱血猪突猛進型」のロボットアニメ主人公とは一線を画している。しかし「リアル志向」の作品に見られる「状況を己で変えようとしないウジウジしたタイプ」でもないのだ。

ヒロイン「エリカ」も単なるお嬢様ではなく、一矢に出会ってからは地球人とバーム人との平和共存運動の中心人物を務めるなど強い女性に成長していく。ちなみにこのエリカは長浜監督の理想の女性像にかなり近いのだそうだ。そしてこの2人の行動理念には、必ず「愛する相手への思い」が関係しているのだ。好きな異性の為なら苦難も乗り越えられる…なんともクサイ話ではあるが、実際男女とはそういうものなのかもしれない。

そして本作を語るにおいて忘れてはならない人物がいる。「リヒテル」?いや、違う!!その人物は国防軍の「三輪長官」なのだ!!彼は作中徹底して一矢とエリカを仲を引き裂く存在として描かれている。そういった意味ではリヒテルを罠にかけ、バームと地球両方を手に入れようとしたオルバン大元帥よりも「嫌な奴」、つまりは悪役といえる存在であろう。事あるごとに一矢を、そしてエリカを疑い、2人をイジメ抜いていくのだ。

それがまだ「地球の平和を思って」という理由ならまだ納得出来るのだが、彼は自分の野心の為にそういった行動を取っている節があるのだ。例えば「軍人」であることを理由にし、前線で戦っている味方兵もろとも敵を爆弾で吹き飛ばそうとしたり、エリカと共に捕虜にした病気のバーム星人を「疑わしい」として見殺しにしたり…この三輪長官は「バーム星人と地球人は変わりない同じ人間」と愛を貫こうとする一矢とエリカの反面教師的な立場に徹しているのだ。

つまり彼が視聴者的に「腹の立つ行動」を取ればとるほど、彼の役割は果たされていくのだ。演劇では「悪役」が一番難しい。その悪役を憎憎しいまでに見事に演じた三輪長官は、「ダイモス」においてやはり主人公2人に次ぐ重要人物と言えるのではないだろうか。「タイガーマスク」がまだ「虎の穴」のヒールであった時、「さあ、俺を憎め!!罵れ!!そうすれば俺の悪役としての評価が上がる。」と豪語していた。本作の「三輪長官」も正にそういうキャラクターとしての仕事をまっとうしたと言えるだろう。

ちなみにこの「ダイモス」の真の最終回というものがファンの中で知られている。
そこで描かれるのは地球とバーム人の和平が実現した世で、大勢の観衆が盛大な拍手で迎えられる一矢とエリカのパレードを気が触れた三輪長官が2人にオモチャの拳銃を向け、

「バーン、バーン、バーム星人をやっつけろ」

と叫んでいるといううすら寒さを感じさせるドラマであった。これも踏まえてもいかに三輪長官という存在がこの作品の重要なキーマンであった事は理解出来るだろう。

そして長浜監督作品では必ず言えることなのだが、声優陣の演技力が凄まじく巧みなのである。台詞間の間の取り方…とでも言うのだろうか、その使い方が絶妙なのである。それは演劇界出身の長浜監督だからこそ可能なことであったのだろう。それを裏付けるように「コン・バトラーV」で主役を演じた三ツ矢雄二氏は、「数多くのアニメに出演したが、コン・バトラーほど役を演じ易かった仕事はなかった」と語っている。思えば昨今のアニメ(ロボットモノに限った事ではない)は「30分おもちゃCM」ならぬ「30分アイドル声優プロモーション」になってしまっている作品が多々ある。それはファンが求めたモノであるのかも知れないが、キチンと芝居としての段取を踏んでアニメを制作できる監督が少なくなってしまった為なのかも知れない。

また長浜監督はとてもファンを大切にする方だったと言う。ファンの集いなどにも自分から積極的に足を運び、ファンの意見や質問にも真剣に耳を傾け丁寧に受け答えをしていたという。やはり長浜監督は「アニメーション」というものを愛していたんだと思う。だからこそ「俗悪、低俗」等とPTAを始め各分野でクソミソに叩かれていた「ロボットアニメ」で素晴らしい作品を作り上げることが出来たのだろう。

惜しむらくは、「機動戦士ガンダム」のヒットでロボットアニメファンの中に富野氏を信奉する動きが生まれてしまい、「ロボットアニメの第一人者=富野由悠季氏」という公式が成り立ってしまったことである。それゆえ長浜監督の作品は「ムダに熱い」「クサイ」「感動の押しつけ」等と言われ、正当な評価をされなくなってしまったのだ。(「宇宙戦艦ヤマト」で一世を風靡した松本零士氏ですら「敢えて言おう。カスであると!!」等とガンダム内の台詞を使いバカにされていた。)しかし、ツマラナイ中傷をする前にもう一度この「ダイモス」を見て欲しい。「ガンダム」以降忘れてしまっていた「何か」を感じられる筈だ。


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