サラリーマンだって平和を守れるのか?

地球防衛企業ダイ・ガード(統合版)

1999年 XEBEC制作 全26話 テレビ東京系放送 (コミック版 角川書店 全3巻 菅野博之)
声の出演:伊藤健太郎、平松晶子、三木眞一郎、根谷美智子、小野健一、他

簡単解説
西暦2018年、突如日本に出現した謎の物体「ヘテロダイン」。軍による総攻撃もヘテロダインには意味を成さず、最終的にOE兵器の使用という惨事をもたらして事件は終結した。ヘテロダインを撃退するために国連安全保障軍が建造したスーパーロボット「ダイ・ガード」は、事件後に制定された「界震災害関連法」に基づき、安保軍の対ヘテロダイン部隊が民営化され同軍が筆頭株主であり対ヘテロダイン対策を主目的とする民間の警備会社「21世紀警備保障」に移管されたが、その後12年間ヘテロダインが現れなかったことから「無用の長物」と化し、ダイ・ガードの維持管理も総務部の「広報2課」が広報活動の一環として行っていた。西暦2030年のとある秋の日、熱海に突如としてヘテロダインが出現。現場に居合わせたダイ・ガードのパイロットにして21世紀警備保障の社員である赤木は、避難命令を無視してダイ・ガードを動かし、災害支援に出動する


さてさて、今回大幅な加筆修正…というよりも最早「書き直し」を敢行することとなった「地球防衛企業ダイ・ガード」であるが、今回この作品をキチンと見直すきっかけとなったのは、ご存じの通り本作がゲームソフト「第二次スーパーロボット大戦Z」に初参戦した、というモノであった。今回は本作と同じく水島精二氏が監督を務めた「機動戦士ガンダムOO」と同時参戦であったのだが、ネームバリューのおかげで近いうちに参戦する事が分かり切っていた「OO」とは違い、コチラは参戦がファンから期待されてはいたものの、監督自らが「『ダイ・ガード』はスパロボに参戦させない」と発言している、という都市伝説があった為、今回の参戦は結構なサプライズだったのだ。

ちなみに私自身、本放送時はこの作品に対し実の所

「如何せん地味」

という身も蓋もない感想しか持っておらず、特に注目をしていた訳でもない。アニメでもキャラクター原案を担当していた菅野氏の漫画版の方は、「ラブやん」等でお馴染み…一部に熱心なファンがいる田丸氏の「ああ21世紀警備保障」が好きだったりしたのだが、今回の参戦を機に、以前から国内流通版より格安でオークション等に出品されている海外正規版DVDという奴のオタメシとして、本作「ダイ・ガード」の視聴に踏み切った。つまりは視聴自体も海外流通版のDVDって良く見かけるけど、中身はどんなんだろ?ちゃんと見れるのか?というモノに対する実験が主であったのだが…蓋を開けてみれば各キャラクター達に感情移入しまくって、グッときたりハラハラしたり、ウルッときたり…これ以上無い程のめり込んでしまっていた。

よく、「大人向け」なんて形容詞がつくアニメ作品がある。例えば「ルパンV世」や「甲殻機動隊」だったり「カウボーイビバップ」だったり「紅の豚」であったり「ガンダム」であったり…この辺は挙げる人それぞれに一家言あると思うのだが、性的な意味での大人向けはともかく、ことSFやらメカ、アクション等をウリにした作品の場合、その「大人向け」という言葉はその言葉通りの意味としてではなく、「いい歳した大人がアニメを見ている」事に対しての免罪符としての意味になってしまっているケース…コレは少なくないのではないだろうか。その辺を鑑みると、本作「ダイ・ガード」は本当の意味で「大人向け」であった作品なのかもしれない。

この作品、赤木達広報二課の面々と同じサラリーマン…いや、自営業だろうが公務員だろうが何でも良いのだが、社会人として既に世に出て何年か経過している世代にとって、感情移入出来てしまう要素が非常に多い。例えば、

目の前で起こっている事より自分達のパワーゲームにうつつを抜かす上層部に振り回される広報二課の面々
ダイ・ガードに乗る事で病気の母にこれ以上心配をかけたくないと辞表を提出する青山
何となく働いて給料を貰っていたが、ヘテロダインが現れて自分の仕事に誇りを持てるようになった。しかしそんな自分達を認めてくれない会社に失望する大山さん
合理性を優先してヘテロダイン殲滅作戦を立てる城田と、それに反発する赤木

といった具合だ。コレは、社会人やってた人間には所謂「あるある」ネタ的な形となり、大人が各キャラクター達に己をオーバーラップさせ易いのだ。さらに21世紀警備保障上層部の役員会での西島や武藤らの姿が…最早滑稽にすら見える形にて描写されており、赤木達広報二課の面々への感情移入をより強固にしてくれる。但し、この辺の描写、真の意味で面白さ…いや、リアリティーを感じる事が出来るのは、社会人としての生活を経験した世代の方がより強いだろう。そういう意味で、おおよそ大仰しく「大人向け」とは謳っていない本作ではあるが紛れもなく本作は「大人向け」なのだ。大人が素直な気持ちでキャラクターに感情移入出来てしまう作品って、案外貴重なのではないだろうか。

勿論、本作「ダイ・ガード」は別段「大人向け」を標榜として制作されている訳ではないし、別に大人だから「ダイ・ガード」を正しく鑑賞できる…とは言わないし言う気もない。ただ、少なくともまだガキだった当時の私にはさして興味も持てず、大して面白いとも思わなかった本作が、社会人としてそれなりに経験を積んだ今見たらこの上なく面白かった…というのは嘘偽りない事実なのだ。特に主人公の赤木に至っては、要所要所で見せる行動がガキだった頃の私には些か偽善的に見えてしまっていたのだが、社会人として日々現実に追われ、状況に右往左往している今となっては堪らなく眩しく見える。いや、赤木に限らず木更津から板橋までちょっと散歩にきちゃう様な…立派な「職業病」を持つ広報二課の面々が、直視するのが憚れる程輝いて見え、羨望すら感じてしまうのだ。

自分も出来る事であれば、彼等の様に日々を生きてみたい

…と。私と同じように、この「ダイ・ガード」に対し、本放送時に何も面白さを見出せなかった人も、大人になった今もう一度見てみたら…保障は出来ないが当時は気にもならなかった違う一面を見つける事が出来るかもしれない。この「ダイ・ガード」も本放送時の時期が時期なので、当時流行の「エヴァ」とよく比較される…というか、ヘテロダインの設定や描写等からパクリ扱いすら受けてしまう作品な訳だが、悉く感情移入を拒む「エヴァ」のキャラクターとは正反対の…強く感情移入してしまえるキャラクター描写…というのは本作最大の魅力でもあり、「エヴァ」にはハッキリと無い部分であろう。

但し、青山やいぶきにはメインのエピソードで「戦う理由」的なモノが描かれたりもしたが、熱血正義一直線な広報二課の牽引役である主人公の赤木に関しては、実はアニメ版では何もフォローが無く、結構な「謎の人」だったりもする。もっともコレに関しては漫画版でフォローされている。

主人公である赤木は自らの意思でダイ・ガードに乗る事を決めており、高校卒業後は防衛大学に入学、飯塚曰く、単位目的で誰もまともに授業を聞いちゃいなかった彼の講義に唯一真剣に耳を傾け、遂には直立型特殊車両の免許を取得…ロボット乗りになってしまう。そんな彼の「戦う理由」が漫画版では彼自身の口から語られている。ネタバレになるが、ちょっとココで紹介しておこう。ちなみにコレはマンガ版で赤木が桃井(いぶき)に帰宅途中のバスで語ったものだ。

例えば…ですよ、崩れ落ちそうな橋で子供が泣いてたらどうします?俺は多分走って助けに行っちゃうんですよ。でもあの人(城田)は俺を止めると思う。そして一番体重の軽い奴を行かせるんですよ。
そりゃその方がリスクも少ないし2人とも助かる可能性は高いッスよ。でも、考えてる間に橋が落ちたらどうするんですか?俺が行けば助かってたかもしれないのに。
もちろん2人とも落ちてたかも知れないけど、何もしないよりはいいんじゃないッスか?
俺…イヤなんすよ、何も出来ないのは。


そしてこのセリフの後、更に

家族が食卓を囲んで…家に灯りがついて、俺はあの灯を守りたいんスよ。その為なら俺…命かけてもいいって思えるんスよ。俺達には守る力があるし。

と続ける。更にその後、彼の過去が彼の親類である社長秘書の口から語られる。
彼は12年前のヘテロダインの襲撃で、住んでいた街と大切な友達を失ったのだ。そのショックからかしばらくは塞ぎ込んでいた彼は、ある日を境に元の活発な少年に戻ったのだという。それは、辛い思い出を忘れたからではなかったのだ。

彼は、自分の力でヘテロダインを倒す事を決めたのだ。つまり、過去に囚われてはいけないと気付き、同じ事を繰り返さない為に最大限の努力をする事を決心したのだ。この決心が上記した「何も出来ないのがイヤ」という発言の根源であり、アニメ版屈指の名台詞

いい訳ねぇだろっ!!
…城田さん、アンタ分かってないよ!!
ヘテロダインを倒せばいい、死者を出さなきゃいいってもんじゃないんだ!!
帰る家が無くなったら、どれだけ不安なのか、電気も水道も通わない街に住むのがどんな気持ちなのか、城田さん、アンタ分かってますか!?
死ななきゃいいって問題じゃない!!金の問題でもない!!
家を無くすって事は、普通の生活を大事な思い出ごと無くすって事なんだ!!
行きましょう課長、軍がやらないっていうんなら、俺達がやるしかないじゃないですか!!


に、繋がっているのだろう。それにしてもこの台詞…東日本大震災、そして福島原発の事故と未曾有の災害に対し、被災者に目を向けずに陳腐なパワーゲームにうつつを抜かし続ける我が国の政治屋の連中にも聞かせてやりたい台詞だ。

さて、今までキャラクター描写の点で絶賛してきた「ダイ・ガード」ではあるが、欠点も存在する。それは、ガキだった頃の私がイの一番で感じた「地味さ」だ。序盤でのトタンに毛が生えた程度の装甲、坂道も自力で登れない走破性、自力で合体できずに現地にハンガーを設置して組み立てる…といったネタ的な面白さはあるのだが、描かれるのは序盤のみであり、パワーアップを名目にこの辺の描写はなくなってしまう。ダイ・ガードは最終的には自力合体まで可能となるのだが、コレもやや唐突で「何時の間に!?」というレベルであり、些かケレン味に欠ける。ただその地味さもこの作品の作風にはマッチしていると言えなくもないのだが。

更に言えば、ヘテロダインとの戦闘シーンにも難アリ、だったりする。百目鬼の解析により、基本的にヘテロダイン退治はその弱点であるフラクタルノットの破壊、という形になるのだが、時間制限や人質(トラックの運ちゃんだったりコクボウガーだったり)という条件はあったりもするが、基本的には早々にパターン化されてしまう。何とも呆気ない形で終わってしまうケースも多々あり、この辺は本作のスーパーリアリティーとでも言うべき「あまり強くないロボット」という部分をもっと存分に生かして欲しかった所か。ヘテロダインは自然災害という位置づけではあるが、劇中の扱いは「ゴジラ」とかの怪獣映画的なものだった事もあり、対決シーンは一種の作戦という部分がメインとなっている為か、メカアクション自体は結構おざなりになってしまった感がある。この辺は「もうすこしがんばりましょう」な部分だ。

さて、最後になるが、本作は「半端な終わらせ方」と言われるケースが多い。でも、本当にそうなんだろうか。ヘテロダインの正体について最後まで明かされていない…と批判する人もいるが、ヘテロダインの正体は「界振」により発生する災害であり、劇中では怪獣の様だが意志とか知性とかを持っている筈もない、只の災害なのだ。会社所有ロボットでは「無敵ロボ・トライダーG7」、現実世界に巨大ロボットが存在するという部分では「機動警察パトレイバー」等の先例が既にある訳だが、「ダイ・ガード」のキモは、この「相手が自然災害」という点であると思う。即ち、彼等広報二課の戦いは、侵略者や犯罪者がいなくなれば終わり…というものではない。そう考えると、「さあ、俺達の闘いは始まったばかりだ」的な終わらせ方にも合点がいくだろう。

少なくとも、「守りたいもの、なんですか?」からの「空を覆うもの」「重なりゆく思い」「明日への凱歌」という流れは秀逸で、「ダイ・ガード」らしい終わらせ方だったと思うぞ。


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