「ボトムズ」は流行りに逆らい、そして力尽きて流される

装甲騎兵ボトムズ Case;IRVINE

2010年 全1話 OVA サンライズ制作
声の出演:平川大輔 福山潤、豊崎愛生、遠藤綾、他

簡単解説
新人ながら、残虐な試合で「血濡れの死神」の異名を持つバトリング選手、ペイガンは、とある試合にて「ザ・ダーク」と名乗る凄腕の選手に手加減され、勝ちを譲られた事に激昂する。ザ・ダークは八百長で負け役を専門で請け負うバトリング選手…その正体は、妹と共にAT整備工場を営む帰還兵・アービンだった。アービンに目を付けたペイガンのマッチメーカー・イシュルーナにより出会う2人だが…。


さて、本作は「新生ボトムズ」を標榜として作られた3本のOVAのうちの一本で、2010年の「ボトムズフェティバル」の第一弾として先行イベント上映された作品だ。本作と本編の設定、世界観を共有しつつ、本編の「ウド編」やOVA「ビッグバトル」、外伝小説「青の騎士ベルゼルガ物語」でも描かれたATを用いた興行「バトリング」を描いた作品だ。

ちなみに第二弾は、本編の世界観や設定を一切用いずパラレルワールド的な物語を描いた「ボトムズファインダー」で、第三弾は高橋良輔氏が日経エンターティメントにて連載していた小説「孤影再び」のアニメ化となっており、「赫奕たる異端」と「幻影篇」の間の物語である。

さて、本作であるが、この作品は「ボトムズ」の名を冠してはいるものの、制作に携わったのは「コードギアス反逆のルルーシュ」や「舞Hime」といった作品のスタッフ…つまりは新進気鋭とでもいうべき若い世代により創作された新しい「ボトムズ」である。世界観や設定を共通としている上に、題材も本編にて描かれた「バトリング」…と、如何にもテレビやOVAにて展開した「装甲騎兵ボトムズ」との共通項こそ多く用いられてはいるものの、実際に出来たシロモノは…こうまで世代が違うと違うものか…と愕然としてしまう位…「違う」ものにたなってしまっている。

いや、アストラギウス銀河という世界観は、100年もの長きに渡って恒星間での戦争を続けている…という壮大なものなので、テレビ本編…所謂キリコ視点では描かれなかった別の顔、というのは題材としては面白い訳で、実際そういう部分に着眼して展開した「青の騎士ベルゼルガ物語」「機甲猟兵メロウリンク」という作品も既に存在している。「青の騎士」に至っては、題材としてATを用いたプロレス的(賭けが行われている事を考慮すればむしろムエタイ的というべきか)興行「バトリング」を題材としている点からして共通している。

つまり、「ケースアービン」にて題材とされたモノ自体はむしろ面白い筈のものなのに、この作品の評判はもう…一言で片づけると、「悪い」のだ。いや、「青の騎士ベルゼルガ物語」だって、「黒き炎」追っていた頃はともかく、それ以降は原作設定おいてけぼりな超絶ストーリーに変貌してしまっており、そこに登場するテスタロッサやゼルベリオス、グラバールといった登場する最新鋭AT等がモデラーを中心に支持されてはいるものの、物語自体は所謂「なかったこと」「黒歴史」扱いにしているボトムズファンは多い。しかし、その文句というのは超展開化していった後半の世界観はともかく、「ケースアービン」と同様バトリングを主として描いていた頃に関して言えば、アニメ版のファンでも「許せる」とする向きもある。しかし、「ケースアービン」の方はと言うと…はぁ…。(ため息)

別に、「ケースアービン」に批判的な意見で良く聞く、イケメン主人公やら、世界観に似つかわしくない女性キャラクター…特にイシュルーナには、「青の騎士」のロニーの

「この町じゃ、女の子の格好していたら すぐに、3人の男の子供を孕む事になっちゃうからね。」

という言葉を捧げたくなる程なのだが、まぁよく言われているキャラクター造形全般への文句は…割とどうでもよい。むしろ気になるのは各シーンで見え隠れする「説得力の無さ」だ。

例えば主人公のアービン…別段イケメンである事自体を非難はしないが、イケメンである事以外の重大な個性である筈の帰還兵…しかも戦場の極限状態から仲間もろとも敵を殲滅した過去を持つ男…という部分が圧倒的に描き足りない。そして彼を執拗に狙うペイガン…彼が何故狂気に走ったのかその原因は全く描かれておらず、本来ならば「彼も戦争の犠牲者」とか「アービンと同様戦争によって歪んでしまった男」という風にしたかった、見せたかったのだろうが、画面にて描かれる彼は、ただひたすらに迷惑な男…という程度の印象しか受けない。2人のトラウマ持ちの帰還兵が、心の傷により対極の存在になってしまいぶつかり合う…という部分が、物語の設定だけで中身は「取り敢えず入れときました」程度の描写…コレでは視聴者には伝わる筈もないし、コレを「尺が足りていない」とは言い訳して欲しくない。世の中には「尺が足りなかったのが残念」な作品というのは結構ある訳で、本作「ケースアービン」の場合、不足していたのは尺ではなくスタッフのセンスの方ではなかろうか。

そして、主要キャラクターである筈のドナやイシュルーナに至っては…最早「いる必要あんのか?」というレベル。含みという点でも、まだ端役であるシラフの方が面白みがあったように見えてしまう。故に、ホントならばドナの言葉を借りれば「帰ってきた」アービンがイシュルーナの手伝いで自分のATを強化していく…以降のクライマックスへ向けて期待を高めてくれるシーンになる筈なのに、例えば「特攻野郎Aチーム」にて、敵との対決に向けてAチームの面々が協力して工作(クルマの改造とかね)をするシーンの様な高揚感がまるでないのだ。

ただ、戦闘シーン自体は「ペールゼン・ファイルズ」の様なCGではなく手描きというのも相俟って、そこそこは見れるものにはなっている。ある意味、本作は「メタルスキンパニック」並に物語があってないようなものな為、最早ココだけが救いかも知れない。ただ、あまりに飛んだり跳ねたりしてしまい過ぎるきらいがあり、ATのアクションというより「コードギアス」のKMFっぽくなってしまっている感は否めないので、「野望のルーツ」的なATアクションを期待してしまうと肩透かしを食ってしまうだろうが。

いや、言ってしまえばこの企画、若いスタッフに対して「ボトムズ」という枷をはめてロボットアニメをやらせるならば、むしろ元々自分達で構築した世界観であろう「コードギアス」等のスピンオフとしてやった方が良かったのではないか…とすら思えるのだ。自分達の土俵で似たような事をやらせた方が、スタッフ…そしてファン双方の為、だと私などは思うのだ。

そもそも、「装甲騎兵ボトムズ」と世界観や設定は共有しますよ…というやり方では、下手を打てばその手法がそのまま徒となって評価に返って来る。理由は簡単、既にある世界観を元に作られた別の物語…コレ自体にその世界観…今回はアストラギウス銀河、というもののイメージがある訳で、それに逸脱した挙句説得力も持たせられない…というのでは、何のために「ボトムズ」を引っ張り出したのか、というファンを説得する事など出来ないだろう。上でも触れたが、「ケースアービン」と同様にバトリングを描いた「青の騎士」が、勿論企画段階からしてモデラーやメカフェチ向けではあるものの、作者が半ば暴走する前の、まだレグジオネータやらメルキア騎士団計画とかが出てくる前…まだケインが親友シャ・バックの仇である"黒き炎"を追ってバトリングをしていた頃の物語に関しては、実は割と原作原理主義なファンにも許容されている部分がある。その理由は、ファンの思い描く「ボトムズ」としての世界観にオリジナルストーリーを説得力を持って展開できていた為ではないだろうか。

本作「ケースアービン」は、「ボトムズニュージェネレーション」として展開された一本な訳だが、他の何かのコラムでも書いた気がするが、新しい世代への「ボトムズ」であるならば、それはもう「ボトムズ」である必要は無いのだ。そういう意味では、最初から「ボトムズ」であって「ボトムズ」ではない事を公言している「ボトムズファインダー」の方が、「新しいボトムズ」として説得力がある様に思う。まぁ、その手法は分かり易く「ガンダム」の手法であるのだが、その手法というのは実の所ファンにとっては

♪そ〜っと〜して〜お〜いて〜くれ〜

の境地だと思うぞ、と。
多くのボトムズファンが思っている本心というのは、むしろ「『ボトムズ』まで『ガンダム』にしないでくれ」…というものなのではないか。

昔、私に「『ボトムズ』も魅力的なコンテンツなんだからタカラはとっととバンダイに譲って欲しい」的な事を言った人がいた。確かに、「ペールゼン・ファイルズ」や「孤影再び」のような旧来のファンが喜べるものも出てきているし、「幻影篇」以降もシリーズとして「ボトムズ」が続行されそうな要素は残っている。でも私は思ってしまう。そういった復活劇の顛末が結局はコレなのではないか、と。「ケースアービン」を見て、そんな事を思ってしまった。



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