ネタアニメが転じて珍味アニメに

Get Ride!アムドライバー

2004年 テレビ東京・NAS制作 全51話 テレビ東京系放送
声の出演:鯨井康介、松風雅也、水野理紗、遊佐浩二、小川輝晃、他

簡単解説
未来の地球・・・人類は、数年前に出現した「バグシーン」と呼ばれる謎の兵器の襲来を受けていた。「バグシーン」の前には、人類が保持するいかなる兵器もまったく歯が立たず、世界はこの正体も目的もわからない敵に怯えていた。そんな世界の救世主となったのが最新工学「アムテクノロジー」によって生み出された「アムドライバー」と呼ばれる戦士たち。圧倒的な強さを誇る「アムドライバー」は、「バグシーン」を次々と撃破。たちまち世界のヒーローとなる。そんな中、3人の最年少アムドライバーがデビューする。


最初にもう断りを入れてしまうが、この「アムドライバー」という作品、私は非常に好きな作品なのだが、だからといって万人にはとてもオススメ出来ない作品でもあると考えている。路線的にはバイザーと呼ばれるパワードスーツ系の変形ロボット的メカニックが登場するが、基本ラインはむしろな「ボーグマン」の様な装着ヒーロー路線だ。そういう事で、ココ「大惨事」で取り上げる事もまぁ、ビミョーな存在ではある。

何時もと順番が逆な気もするが、先ずは欠点を羅列していくと序盤に見られる…アッチ臭さというか、まぁぶっちゃけた事を言えばヤオイ臭い展開が鼻についてしまう人がいるだろう。この作品の主人公…アムドライバーという存在は一般的な装着ヒーローとは異なり、一種の軍隊のようなモノである。しかし評議会議長直属という事で一般の軍隊とは若干外れた立場にあり、そしてその運営方法も独特で、基本的にアムドライバーはバグシーンを倒す事によって報酬…バジェットを貰うというシステムになっている。そしてアムドライバーの活躍は逐一メディアによってシティに放送され、シティの有力者はその放送を見て、注目のアムドライバーに対しスポンサードする事が出来るようにもなっている。そういう事で、ピープルからの支持、即ち人気が実力以上に重要となっている。その為ジェナス、ラグナ、セラの3人が配属されたキャンプにおいてトップアムドライバーの地位にあるシーンとその一派は常にカメラを意識して行動し、自らをアピールする為には後輩であるジェナス達をダシに使ったりもしたし、シーンと並ぶ人気を持つ女性アムドライバー・パフにしても、ピープルのピンチに颯爽と現れるというヒーローとしてのアムドライバーのカタルシスを強調する為に敢えてシティの防衛ラインギリギリまでバグシーンを引き付けてから撃破、なんて行為もやっていた。

つまり、アムドライバーのバトルには「人々をバグシーンから守る」という名目の他に、ピープル達の視線を集める、という役割も含まれている、という事だ。言わばアムドライバーという存在は、守るべき対象にとってはヒーローであると同時にアイドルでもある訳だ。この要素が中盤以降一種の複線的に機能していくのだが、第1話、ルーキー故にピンチに陥った主人公ジェナスがトップアムドライバーであるシーン一味によって油揚げをさらわれた挙句、シーン達がメディアクルーのインタビューを受け、ポーズを決めつつカメラ目線で「シティの平和は俺達が守る。」等とスカされてみても、薄ら寒さを覚えてしまうだろう。

更に言えば特撮だろうとアニメだろうとヒーローモノで肝心要なアクションシーン…コレも些か単調なキライがある。エフェクトも抑え気味で派手さが薄いというか、ケレン味に欠ける印象がある。マトモに派手なアクションを見せたのはラストのジェナスとガン・ザルディのZEAM対決くらいか。まぁコチラは大気圏突破、突入までやってしまうので、今までのバトルと比較すると些かやりすぎ感があるが。(笑)

そんな薄さという意味で特に気になったのが序盤の必殺技・ボーダタックの使われ方だ。この技はジェナスが習得するまではシーンしかこなせなかったライドボードの大技であるのだが、このボーダタック、何とたった数話程度でマンネリというか、バカの一つ覚え的に見えてしまう演出上のヘタさがある。もっともボーダタックに関しては、謎の大カニ型バグシーンを打ち破るのにジェナスがセラのボードを借りた2段攻撃をしたのは上手い見せ方だとは思ったが、このボーダタックすらも以降のバイザー登場の波に飲まれてしまっている。

そもそもがどっちつかずな気もするのだ。アムギアという装着ヒーロー的ギミックとバイザーというパワードスーツ的なギミックを一個の作品で両立させるのは些か難しかったのではないだろうか。コチラを立てればアチラが…という奴で、ギアを見せたい時はバイザーが邪魔になり、バイザーを見せたい時はギアが邪魔になる…特に後半では多数の強力なバイザーがジェナス一行の元にあったものの、最終局面で活躍したのはドラマの都合というのも勿論あるのだろうが、バイザーではなくジェナスのZEAMジャケットだけだった。更に言えばディグラーズの最後の見せ場、愛用のハンマーを失い、素手でジェナスのソードダンサーを打ち破るディグラーズの姿を見て、「ディグラーズ強えぇ!!」と思った人と同じぐらい「バイザー弱っ!!」と思ってしまった人もいるんじゃないだろうか。それで無くとも戦力的にバイザーはジェナス一行にばかり集中している印象があり、更にバイザー戦になると仲間になったニルギース&シャシャの、ギアの都合によりバイザーを使えない(ブリガンディモードを)2人が些か浮いてしまっていた感はあった。だからこそ、次回予告終了後の「ジョイのアムドラレポート」でニルギースに僻ませるというネタが出来たのだろうし。

まぁ、この通り欠点を挙げていくと…結構色々と出て来てしまう作品である。そもそも人気の盛り上がり方も一種の「ネタアニメ」的な部分…例えば、小学生が蓮根でサワヤカ(笑)に決めたり、筋トレ器具とメガネ君が合体してマッチョマンになったりする、最早ネタになる事を前提に作ってるとしか思えない爆笑必死のCMやら、前半の主題歌を歌っていたHIRO☆TAKAMIのCMやらホームペーシの日記であったり…もちろんシーン×ニルギとかのたまうお姉さん方も…。私も、正直「アムドライバー」という作品は一種の「ネタアニメ」だとは思う。それこそバカにしつつ見て、2ちゃんねる辺りの反応を見てまたニンマリするというような、そんな類からは脱却できていないと思う。

ただこの「アムドライバー」…コレにハマッてしまうと何と言うか…止められない止まらない、珍味の様な魅力があるのだ。盛んにネタにされた部分でもあり、この作品の最大の魅力ともいえるキャラクターの、それもワキの面々アクの濃さがキョーレツな味をかもち出している。古典的な熱血バカのジェナス、独特のバカっぽいしゃべり方をするラグナ、トゲっちぃセラという主役格を始め、嫌味なトップアムドライバーから主人公を食うドラマを見せたシーン、良き兄貴分のダーク、「マイクロン伝説」のサンドストームを思わせるしゃべり方のタフト、不思議系ヒロインのシャシャ…敵にスポットを移せば、シーンといわゆる「HIRO☆TAKAMIごっこ」を演じる悪女キャッシー、味方時のナヨナヨからニコニコキ○ガイ悪役に転身したロシェ、いつも落ちる最強ディグラーズ、金ピカアムジャケットの「マジっすか?」シムカ…アクの強さでは近年まれに見るメンツなのではないだろうか。そしてそんなワキ連中を「いるだけ」に収めず、各々に主役エピソードをもうけ個性、そして魅力を演出したのも良い。キャラクター設定で奇をてらっても、それをキッチリ見せないのでは意味が無い。そういう意味では、ネタアニメと思われがちながらも作劇上のポイントはキッチリ押えていた、と言えるんじゃないだろうか。

更に、ドラマ自体にも意外や意外、力が入っているのだ。特に、序盤のアイドルとしてのアムドライバーを覆す男、ディグラーズ登場からドラマは一気に転換していく。ネタとしてのコミカルさばかり目に付き易いこの作品ではあるが、要所要所ではキッチリドラマを占めていた部分には好感が持てる。昨今ではあまりにも薄くしか描かれない…そのクセ見せ方だけはミョーにグロテスクだったり残虐だったりするだけのキャラクター殺しがやたら目に付く気がするが、この「アムドライバー」ではこの辺の配慮というか、描き方もしっかりしていたのも印象的だ。シムカやジノベゼ辺りはともかく、人の死に悲しむ者がちゃんといて、その死に対して後々までフォローがされている。いや、それどころか殺めてしまった側の苦悩、葛藤もちゃんと描いているのだ。この辺りは、アムドライバーという存在は命令如何においては人を殺める事を拒否出来ない軍隊ではなく、ヒーロー…それも人ならざる存在…バグシーンから人々を守るべき存在だ、というのがキーになっている演出といえよう。

例えばラスト近く、シーンの死に責任を感じたジェナスが、ワナを仕組んだロシェを逆に追い詰め、「シーンの仇」と彼を殺めようとする場面がある。そんなジェナスを止めたのは、かつてロシェにシシーを殺されたラグナと、当のシーンと良い仲になりつつあったセラであった。ラグナはジェナスにシシーを殺されて自暴自棄になり、復讐を望んだ自分自身の姿が…セラはかつて事故とはいえ人を殺めてしまった経験をジェナスに味あわせたくないため…それぞれの、それぞれらしい理由で仲間の暴走を食い止めようと駆けつける。この一連のドラマは悪役としてのロシェ…彼にとってもママ的存在を殺した(と思い込んでいるだけで直接手をかけたのは自分なのだが)復讐であった、というのもまた…。この辺の見せ方に、「アムドライバー」のマジメさが伺えるような気がするのは決して気のせいだけではないだろう。キャラクター達の濃いネタに笑った後…何か引っ掛かる…そんな作風なのだ。それも、ハマると病みつきになってしまう理由の一つだろう。

私は、恐らくネタアニメ的な面白さしかないならこの「アムドライバー」を見限っていた…は言い過ぎだが、少なくとも「大惨事」で取り上げようとは思わなかっただろう。とかく昨今の作品にしては琴線に触れる部分が多かったというか、何より一見オチャラケな作風に見えつつも、実は物凄く生真面目に作られた作品な気がして結果最後まで付き合えたのだろう。それは玩具展開にしてもそう、初期製品には関節の保持力が弱い、とかパーツがすぐポロリする、といったコナミの男児玩具参入第二段という経験則の少なさで、文句を言われる事も少なくなかったのに、シリーズが進むにつれ新規開発の製品に改善が進められ、そのリーズナブルな値段やデザインの魅力もあって結構な固定ファンを得ていったというのもコナミのホンキ度を表していたと言えよう。2004年のベスト玩具に「ネオクロスバイザー」を挙げた人も少なくない筈だ。惜しむらくは、タカラの「ミクロマン」的な路線で番組終了後も世界が広がりそうな玩具ながら、そういう展開には至れなかった事であろうが、コレは、「アムドライバー」はキッチリ終わらせてくれた作品なのだからヘタな続編を作られるよりはいいだろう。

まぁ、「終わらせた」といっても、最後のシャシャが鳥になってニルギースを捜しにいく不思議シーンとエンディング曲後のジェナスの「ただいま」は…なんだかズレている気がするのって私だけだろうか。特に後者など、今まで14歳という年齢ながら「世界はオレが決める」と自立している風に描かれていた上に、別にジェナスの両親がどうとかなんて演出はなかったので、何だか違和感があるんだよなぁ…。コレだったら、ジェナスとラグナが相変わらずコンビッてる姿を描いたり、シーンの墓に花を手向けるセラとそれを見守るパフとか、ダークさんとタフトさんがジョイをからかっている姿とか、そういうのをやった方が良かったと思うんだが…。

ともあれ、番組開始前、番宣用CMで「ボクらの問題作」と自称していたのも今なら納得できる。
ネタアニメと一言で片付けられない真摯さが、この「アムドライバー」にはあるのだ。


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