生き延びた特攻兵の末路

リーンの翼

2006年 ネット配信 全6話
声の出演:福山潤、嶋村侑、小山力也、仲野裕、林真里花、他

簡単解説
山口県の岩国市には海上自衛隊と在日米軍の基地がある。基地に近いアパートに住むエイサップ鈴木は、ある日、米軍と山口県警から追われる破目になってしまう。同じアパートに住む朗利と金本がロケット弾を米軍基地に打ち込んだのだ。エイサップは逃げるバイクの上で、海中から光が溢れ出すのを見た。光の中から現れたのは戦艦だった。しかも空を飛んでいて、虫の足が生えている戦艦だったのだ。 戦艦には美しい姫が乗っていた。バイストン・ウェルにあるホウジョウ国のリュクスと名乗った少女の足には、光る翼の靴があった。「私の父は日本人シンジロウ・サコミズである!手伝ってくれるな!エイサップ・鈴木!」


と、いうわけで今回は「リーンの翼」である。劇場版「Zガンダム」に続けて富野由悠季氏が監督を務めた作品であり、氏自身が随分前に書いた同名の小説がモデルというか、モチーフとなっている作品だ。このアニメは地上波やBSといった枠ではなく、ネットでの配信という事で話題にもなった作品でもある。

本題のアニメ版を語る前に、小説版について少し話しておこう。コチラはアニメ版「リーンの翼」でキーパーソンとなったサコミズ(迫水真次郎)を主人公として据えたものだ。小説版では迫水は戦闘機のパイロットで、太平洋戦争中に沖縄で敵機に撃墜された折にバイストンウェルに飛ばされた、という事になっている。アニメ版”サコミズ”でもその設定はほぼ共通で、広島、長崎についで小倉に落される筈だった原爆を食い止めた、なんて話も出てくる。ただ、小説版のラストで迫水は仲間の裏切によって殺害されていたりする。ちなみに小説版で彼を屠ったのはアニメ版でも彼の治めるホウジョウ国にて反乱を起こしているアマルガンであったりするのが面白い。この事もあってなのか、アニメ版制作の際、アニメは小説とは別物というか、距離を置いたものにする的な話があったのだが、アニメ版のサコミズはある意味で小説版”迫水”が殺されなかった場合の後日談、といったスタイルともなっている。実は私自身は小説版の方は読んだ事が無いのだが、小説版について語っておられるサイトにて見たイメージに過ぎないが、恐らく監督を務めた富野氏にしても、ある種の思惑を含めての事であろう。

さて、「リーンの翼」においてもう一つ説明が必要なのがバイストンウェルという世界だ。バイストンウェルとは「聖戦士ダンバイン」にて創作された異世界であるが、アストラギウス銀河やらペンタゴナワールドとは異なり、海と大地の狭間にある魂の故郷(デロリンマンとは関係ない/笑)というファンタジックなものとなっている。ただ、「聖戦士ダンバイン」は後半舞台が地上に移ってしまった事もあり、その世界が些かハンパになってしまっていたのだが、それを補完するように富野氏によって今回紹介するアニメのモデルとなった「リーンの翼」の他、「カーゼィの翼」「オーラバトラー戦記」「ファウ・ファウ物語」といった小説が書かれている。バイストンウェルという世界観を描く事はある意味富野氏のライフワークとも言えるものだったのだが、後に「逃げ込む場所でしかない」と否定してしまっていたりもする。その割に今回また引っ張り出したり…正直、「キングゲイナー」以降の富野氏のやりたい事という奴が私にはサッパリ理解できない。そういう意味では劇場版「Z」も同列である。

ともあれ、昨今の復活ネタと同様、なんで「リーンの翼」が、更に言えば否定した筈のバイストンウェルという存在を引っ張り出したのか…私には正直分からないのだが、ともあれ新生オーラバトラーと完全ではないが富野氏の”新作”という事で注目していた作品だったりもする。別に懐古主義とかそういうワケでもないし、むしろ”昔の名前で出ています”的な安直ともいえるかつての作品への侵害に辟易している身とはいえ、正直、新作ロボットアニメに対し強く興味を持てない…持てた作品に対しても満足いくものではない、という古い存在たる私にとっては、富野由悠季という名前は…やっぱり良くも悪くもビッグネームなのだ。

ここで本題に入ろう。このアニメ版「リーンの翼」ではあるが、6話というOVA並みの短い尺でありながら、劇中にあまた存在する名称、現象、機構に対しての説明があまりにも無い。コレは”いつもの富野”と言ってしまえばそれまでなのだが、物語自体の慌しさもあってかバタバタしてしまい物語に対する理解力を必要以上に要求される作りになっている。かく言う私もココでこんな感想書いているクセに、「リーンの翼」に関してよく分かっていない、というのが正直な感想だったりもする。物語の早さは30分弱×6なのにも関わらず、体感速度は並の劇場版アニメより遥かに早い。更に説明があんまり無い、というダブルパンチなので、非常にキビシイというか、ツラい作品なのだ。

一応、DVDのブックレットでも富野氏自身が述べている通り、メインに据えるテーマは太平洋戦争末期からある種タイムスリップしてしまった”サコミズ”という特攻兵に、21世紀の今の日本を否定させる、というモノであろう。そのせいか、反戦とかを謳っているワケではないが、その割には東京大空襲、広島の原爆、沖縄本土決戦といった悲劇を強調して見せている。オーラロードを通る際、過去のまま生きるサコミズと”今の日本人”たるエイサップが共に過去を巡るシーン等、本作のテーマであろう部分を体現しているとは思うのだが、それを受けてのラストでのサコミズの暴走には些か…違和感がある気がするのだ。

エイサップのセリフにもある通り、サコミズは広島、長崎についで落される筈だった原爆を止めた男だ。東京大空襲や沖縄決戦を目の当たりにして、「女子供まで火薬に…」等と言っている様に、軍人…いや、特攻兵である事にある種の誇りすら持っていた筈のサコミズが、いくら変わってしまったからと言って自ら軍人でも兵士でもない女子供を滅ぼしてしまおうという選択が取れるものなのか…そこに少しばかり違和感を覚えるのだ。コドール曰く「妄執」のサコミズの憤怒、激昂であるが、ラストの…呆気ないというか、説明されない改心も然り、イマイチサコミズ自身の怒りとは思いにくい節があるのだ。監督もブックレットで自白しているが、富野氏自身「こんなに無駄に増えた人類なんて一億くらい死んでしまえ!」と思ってしまっている人であり、それを知っている…薄々勘付いている富野ファンならいざ知らず、富野氏の作品に触れた事がない人にはこのサコミズの憤怒、激昂の理由が分かり難い所であろう。と、いうより「名作を目指した」というだけあり、氏なりにテーマを設けて様々な試みをした本作ではあったのだろうが、蓋を開けてみたら…「V」辺りで露呈した…もっといえば「イデオン」から表面化した富野氏の極めてネガティブな心情を、気休め程度のオブラートに包んで噴出させただけにも見えてしまうのだ。コドールの言うサコミズの「妄執」とは、何のことは無い、富野氏自身の抱える「妄執」なのではなかろうか。

おかげで、正直なところこの「リーンの翼」は氏の言う「名作」はおろか、根本である筈のエンターティメントとしても些かビミョーなイメージになってしまっている気がする。勿論、「ダンバイン」と明確に区別させたオーラバトラーや、異世界風情が上手く出たキャラクター、微妙にリンクする小説版、等のオイシイ部分もあるのだが、「名作」という言葉に引き摺られてしまってエンターティメントとしての本分がおいてけぼりを食った様な印象がある。米国人とのハーフながら、現代の日本人の代表の立場を与えられたエイサップも正直サコミズに食われてしまった感があり、本当は特異な筈のその立ち位地を何ら消化出来ずに終わっており、後半は特にひたすらリュクスとベタベタしている印象しかない。主人公という立場ながら、彼は何も訴えてこないのだ。コレが原因で、エイサップに対し金本が「お前だって差別されてきただろう」的な発言をさせているものの、この発言自体も空回りしている。エイサップのキャラクターが作品に大きく影響出来ていたなら、朗利、金本の立場など、もっと面白く描けた筈だ。そういう意味でも、本作はエイサップの物語ではなくサコミズの物語なのだろう。

更に立場がビミョーなのはヒロインの筈のリュクスであろう。彼女…正直いてもいなくても一緒、というレベルな気がするのは私だけではあるまい。サコミズの娘にして、継母であるコドールとは反目…父であるサコミズの過ちを止めたいと願ってはいるが、サコミズ自身の意思やコドール達の陰謀により思いを果たせない…という立ち位地は、モロに「聖戦士ダンバイン」のリムルであろう。ただ、リムル自身もそう大きく物語に影響を与えた存在ではなかったが、リュクスの場合…

「ああ、エイサップ…!!(ぶちゅっぶちゅっぶちゅっ…ぶちゅっ)」

では…ハリウッド映画の三流脚本とドッコイだろう。正直言うと、私自身所謂「富野ヒロイン」という奴はどっちかというと嫌いなのだが、リュクスの場合、好き嫌い以前の問題でひたすら良くワカラン存在になってしまっている。ブックレットか何かで、ロープで城から抜け出すエイサップに「手に巻いて」と手渡したのは実は下着、なんて話を聞いたが、リュクスという存在は何だ、お色気担当なのか?桜花嵐に包まれて消えてしまう彼女、というラストシーンも正直意味が分からない。

更に良く分からん位地にいたのがマキャベル。大層な野心を持ってホウジョウを利用利用した挙句、これまたよく分からない心変わりをしたエイサップの父・アレックスに裏切られる、というのも…話を混乱させた一因であると同時に、コドールと並ぶ悪(サコミズは良くも悪くも純粋、という事で除外)であるにも関わらず、「皆殺しの富野」らしからぬ煮え切らない決着の付け方だった。その原因が先にも述べたアレックスの心変わりでもあり、その心変わりが物語においてビミョーなのは、息子たるエイサップの存在がひたすら薄かったことが根本的な原因だろう。正直、リュクスにしろアレックスにしろ…朗利や金本にしても、エイサップの薄さのせいで面白くなくなっている気がしてならないのだ。

ともかく、物語自体に関しては、富野氏の妄執を久々に見せられたな…という印象しかなく、正直エンターティメントとしての面白さは薄い、というのが私の感想だ。昨今のジブリ…特に宮崎作品のフィーチャーされっぷりに富野氏が「名作」を作りたい、と思うのは…まぁ、分かるし、「ブレンパワード」「ターンエー」辺りからそういう風潮は伺えた。しかし、その「名作」という誉もエンターティメントとして完成させての誉ではないだろうか。アニメ版「リーンの翼」はこじんまりと収まっちゃった、とか逆に収拾がつかなくなっていた、とかそういうモノではなく、もっと単純に…スタート時点で既に方向性を見失っていた…そんな感想しか持てない。



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