巨費を投じられたオーソン・ウェルズの遺作

トランスフォーマー ザ・ムービー

1986年 劇場公開作品 東映動画制作
声の出演:オーソン・ウェルズ、レナード・ニモイ、ジャド・ネルソン、エリック・アイドル他
日本語吹替え版:石丸博也、玄田哲章、加藤精三、速水奨、石井敏郎、他

簡単解説
地球歴2005年、セイバートロン星はデストロン軍団の占領下にあった。反撃の機会を伺うサイバトロン戦士達は地球のサイバトロンシティとセイバートロン星の衛星に基地に潜み、戦いは正に最終局面を迎えようとしていた。その頃、遠い宇宙の片隅であらゆる星を食い尽くす巨大衛星・ユニクロンが出現。セイバートロン星に進行ルートを定め、移動を開始する。


さて、今回は「トランスフォーマー ザ・ムービー」である。この作品は第一シリーズ…即ちコンボイやメガトロンが活躍する初代「トランスフォーマー」と、その続編に当たる「トランスフォーマー2010」の間を繋ぐエピソードを描いている。制作は東映動画が行っているのだが、完成してから日本で公開されるまでナゼか長いブランクがあり、公開された時にはもう既に「2010」を我々日本のファンは見ている、という事態に陥っている。

つまり、本来は順順に「初代」→「ザ・ムービー」→「2010」と制作され、公開されたものを「初代」→「2010」→「ザ・ムービー」の順番で見るハメになってしまったのだ。ガンダムのOVA作品のような、元より後から強引に既存の作品で描かれたエピソードに新作をねじ込む、という作業であれば、それが良いかどうかは別として違和感は少なくて済む。例え、捻じ曲げられる側の作品のファンに違和感を持たれるようなシロモノであっても、半ば強引に「あった事」に出来てしまう訳だ。

但し、この「ザ・ムービー」のように実際は一連の流れに基づいて制作されたものが、諸所の事情により公開時期を逸した形になってしまうと後の作品で「前の作品を見ている事が前提」というネタが視聴者に伝わり難くなってしまう。実際にこの「ザ・ムービー」が公開されぬまま「2010」にシフトする際も、最終回終了後にコンボイ自身に「この後、私は死んでしまって…」と語らせて、続く「2010」への流れを説明する、というかなり強引な手法を取らざるを得なくなってしまっている。この辺りの問題が、「2010」の評価に少なからず影響を与えてしまっている感は否めないだろう。

この「ザ・ムービー」のクライマックス、マトリクスの力を受けてホットロディマスから成長したロディマスコンボイがガルバトロンをいとも簡単に宇宙の彼方に放り投げる姿を知らなかった日本のファンにとって、コンボイに代わる新たな正義のリーダーとの初対面が、グリムロックと共に崖から落ちてデストロンの皆さんにボコボコにされて死んでしまう(生き返るが)というモノでは…。この「2010」でのロディマスコンボイに対する、良く言えば「若さ故時に思い悩む等身大のキャラクター」、悪く言えば「頼りない若輩司令官」というモノは、制作者側が予定していた流れで作品を見られなかったが故…というのも少なくないのではなかろうか。

さて本編の内容であるが、先ず目に引くのが新旧キャラクターの交代劇である。コンボイやメガトロンを始め、アイアンハイド、プロール、ホイルジャックといったキャラクターが次々と戦死してしまい、代わりに本編の主人公的な存在であるホットロディマス、ガルバトロン、チャーといった新キャラクターが大活躍する。物語の作りでも、前半の山場…サイバトロンシティでのコンボイとメガトロンの決闘までは既存キャラクターが次々と凶弾に倒れていく中、新規キャラクター達の性格等が戦いを通して紹介されており、後半ではバンブルやクリフ、マイスター等初代キャラクターも登場はするものの、画面で活躍するのは新規キャラクターにとって変わられおり、いやがおうにも世代交代を印象付けている。

他にも星をも飲み込む超巨大トランスフォーマー・ユニクロンの登場や、デストロン一の野心家にしてファンも多いスタースクリームの死、クインテッサ星人やジャンキオンといった次期シリーズで活躍するキャラクターの初登場といった見所は沢山あるのだが、ココはやはり、「トランスフォーマー」だからこそ嬉しいサービスというか、演出について考えていこう。

「トランスフォーマー」の、それも戦闘シーンの魅力と言うモノはやはり、「トランスフォーマー」たる所以でもある変形であろう。「トランスフォーマー」では戦闘の最中、非常にスムーズに変形を見せ、この「変形」というモノを戦闘そのものに生かしているのだ。それまでのロボットアニメにおいて、合体とか変形といったネタはバンクフィルムで盛り上げるものの、結局1度合体なり変形してしまうとその姿のまま戦うだけなケースが多い。「Zガンダム」にしても、移動時や追跡時には飛行形態を取り、戦闘時はロボット形態という形を取ってはいるものの、結局演出上では変形=姿形の使い分けでしかなかった。

しかし「トランスフォーマー」は違う。例えばロボット形態で敵に向かって走り、掛け声と共にビークル形態に変形し、そのまま体当たり、とか、逆にビークル形態で素早く敵との間合いを詰め、瞬時にトランスフォームして敵を蹴り飛ばす、等、戦闘シーンそのものにこの変形が活かされているのだ。コレ、実はコレと同様に変形やら合体というロボットのギミックを全面的にアクションシーンに取り入れて描いている作品は「マクロス」や「ゲッターロボ」等意外と少数派なのだ。「トランスフォーマー」と聞くと、どうも「ジャリメーション」というか、「オモチャCM」といった印象が強く、特に「アニメファン」を自称してアニメ情報誌などを読み漁るような人からは完全に無視されている印象すら受ける。しかしこの変形というものを演出に直結させて動かす、という点では「トランスフォーマー」は絶対に侮れない存在なのだ。

但し、テレビ版では制作にかけられる時間が少ないとか、ロボットは線が多くなってしまうために作画陣の負担が大きくなり易く、それ故に作画上での間違いも多くなってしまうという欠点はある。お世辞にも作画に関しては誉められた作品とは言えない。しかしこの「ムービー」に関しては違う。スタッフが異口同音に「大変だった」と語っている通り、この「ザ・ムービー」ではテレビ版の作画がウソのような美麗な作画が成されている上に、各トランスフォーマー達の変形プロセスが緻密に描写されているのだ。総制作費40億円、セル画枚数25万枚というのは伊達ではないのだ。

特に、ブリッツウイングに狙われるホットロディマスを颯爽と救うチャーの動きや、「例え我が命尽きるとも…」と自らデストロン軍団に突撃をかけるコンボイ、そしてユニクロン内部でのマトリクスを巡るガルバトロンとホットロディマスの戦い等は、各トランスフォーマー達が非常に華麗な動きを見せつけてくれており、その戦闘にも「変形」というネタを見事演出に取り入れてくれているのだ。この華麗なアクションシーンだけでも、この「ザ・ムービー」を見る価値はあるんじゃないだろうか。特に「トランスフォーマー」を幼稚だのなんだのと言ってしまう人にほど、この作品は見て欲しい気がする。

とある資料によると、本作「トランスフォーマー ザ・ムービー」は全米映画興行成績第14位を記録しているという。如何せん日本では上記した事情もあってあんまりメジャーとは言えないが、「『トランスフォーマー』なんて…」と一笑して終わらせるのは勿体無さ過ぎる作品である。かくいう私も「トランスフォーマー」と聞くと子供っぽい印象をどうしても抱いてしまっていたのだが、いや、私が間違ってましたとも、ええ!!

さて、最後に恒例の余談であるが、この「ザ・ムービー」であるが、何気に吹替え前の声を当てているメンツが何気に凄まじい。先ずは、奇しくもこの「ザ・ムービー」が遺作となってしまった名優オーソン・ウェルズを始め、「スタートレック」のレナード・ニモイがガルバトロンを、ロバート・スタックがウルトラマグナス…更にはかのモンティパイソンのエリック・アイドルがレッグガーの声を当てていたりする。


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