永野護の1人舞台

ファイブスター物語

1989年 サンライズ制作 劇場公開作品
声の出演:堀川亮、川村万梨阿、井上和彦、若本規夫、佐久間レイ、他

簡単解説
遥か彼方の宇宙、4つの太陽系からなるジョーカー太陽星団ではヘッドライナーと呼ばれる騎士達が巨大ロボット・モーターヘッドを用いて激しい戦いを繰り広げていた。その騎士のパートナーを務めるのはファティマと呼ばれる女性型有機コンピューターであった。2988年、アドラーにてバランシェ公の新作ファティマのお披露目が行われる。数多くの王族、騎士がお披露目の為に集う中、1人の男もまた、別の目的でアドラーを訪れる。彼の名はレディオス・ソープ。星団でも名の知れたモーターヘッドマイスターだ。


言わずもがな、本作は角川文庫のアニメ誌「ニュータイプ」に連載されているマンガ「THE FIVE STAR STORIES」の劇場公開アニメーションである。本作は「宇宙皇子」と同時上映されていたのだが、どちらかと言えば本命は「宇宙皇子」の方だったのではないだろうか?「宇宙皇子」は割と頻繁にCM等で見かけたが、コチラは記憶に無い。
但し、現在もこの原作である「THE FIVE STAR STORIES」はコミックスの新巻が発売される度に売上ランキング上位に食い込む人気作品ではある。もっとも1年に1巻出るかでないかというペースの遅さもこの売上に起因しているとは思うのだが…。

現在も「FSS」は食頑やガチャポンの造型で知られる海洋堂から(殆ど)アクション(しない)フィギュアが出ている他、イベント限定やらも含め、各社からガレージキットがリリースされている。そういう意味から「FSS」は一般的には全くもって知られていないマンガなれど、造型方面のオタクには非常に高い支持を受けている隠れた人気作品といえる。

もっとも、永野氏自らも認めている通りコロコロとメカデザインやキャラクターデザインが変わってしまうこの「FSS」では、苦労して作ったガレージキットの原型が完成した頃にはもうデザインが一新してしまっているなんて事もあるようで、そういう意味では造型師泣かせの作品でもある。ただそういった作者が好き勝手やってしまっている部分も踏まえ、ファンに支持されているのも紛れも無い事実である。

さて、肝心の劇場版アニメの方はというと、コレは題材を第1話…つまりはソープがラキシスのマスターとなる経緯を描いている。しかし単発で後が続けられない劇場版作品という事を考慮してか、このエピソードだけでは謎の人物で終ってしまう程度のチョイ役…例えばログナー等は登場させなかったようだ。ファンとしては「出せ!!」と文句を言いたい所であろうが、はっきり言ってしまえばこのエピソードにおいては超がつくほどのチョイ役なログナーは単発、つまりはこの作品だけで終らせる必要のある劇場版では逆に邪魔だったのだろう。出せば彼についての説明に時間を食われ、本当に描きたいものが削られる恐れだってあるのだからコレは勇断なんじゃないだろうか。

原作マンガのこのエピソードを知っている人になら分かると思うのだが、この劇場版、ロボット…つまりはモーターヘッドが登場するのは後半のホンのチョットだけなのだ。もちろんクライマックスで登場し、ナイトオブゴールドもそのパワーを存分に見せつけてはいるのだがロボットアニメとして見ると前半のドラマ部がかったるい分なんとも物足りなくなってしまうような気がする。

もっともこの作品の本筋は「ファティマ」という有機コンピューターの存在であったり、ソープとラキシスの関係であろうからロボットアクションに比重を取っていないのであろうが、「永野護デザインのメチャクチャ線の多い超絶ロボットをどう動かすのだろう」という点に期待していたファンには物足りなく感じてしまう。

先ほども述べた「本作だけで完結」という縛りがあったり、原作の「FSS」が抱える膨大な裏設定が足を引っ張って他のエピソードが使えないというのも分かるのであるが、個人的にはせっかくの映像作品なのだから切り捨てるのはファティマの方にしてアクション重視で見せて欲しかった気がしてしまう。例えば、題材をバグーダのコーラス侵攻にするとか…。確かに主人公はソープとラキシスなのだろうが、ロボットアニメとしてアクションを見たいという欲求に答えるならコチラのエピソードの方が良かった気がする。だって、フェイスカバーが外れたジュノーンとサイレンの決戦が映像化したら、ファンだったら取り敢えず見ておきたいでしょ?

さて、余談になるのだが、この「FSS」のストーリーのバックボーンとなったのは富野由悠季監督作品の「重戦機エルガイム」であり、ジョーカー星団の設定がペンタゴナワールドをベースにしたものであったり、「バッシュ」「Aトール」といった「エルガイム」に登場するロボットのリニューアル的なメカが出て来る事は有名であるのだが、実は富野氏自身はこの「FSS」という作品…というより作風を嫌っているのだという。

富野氏は生物的メカではなく、生身の人間とメカの融合というか、生体ユニットみたいなものだろうか…ともかくそういう類のモノが生理的にダメなんだそうで、「エルガイム」の時にもファティマの存在がウラ設定で残っていたのだが、こちらも富野氏の強い反対でテレビでは表立ってこなかった。富野氏のそういった趣向というのは「無敵鋼人ダイターン3」のメガノイドの設定にも通じる部分があるし、そのメガノイドを憎む万丈は富野氏のお気に入りキャラクターだという。もっとも氏が「FSS」に噛みついた時は、既に「エルガイムの世界は永野にやる」的なことを言ってしまった後なので、コレは後の祭だろう。

もう一つ富野氏がファティマを嫌っている理由は、ファティマという存在が揶揄する変態性とでもいうものだろうか?永野氏自らが言っているように、「騎士の高性能ダッチワイフ」としてのファティマの存在は確かにある種の変態性が感じられる。特に、一部のファティマは第2次成長期前の容姿をしたものも多いので更にこの変態性は加速している。確かに萌えアニメに見られる「妹」だの「メイドロボ」だの「守護天使」といったいわゆる都合の良い女には正直私は反吐が出るほどの拒絶感を持っているのだが、形は違えどファティマにもこういった要素は十二分にある。まぁ、一般の駄萌え作品の場合は主人公…即ち作劇というかドラマ上での扱いはともかく、読者ないし視聴者が数種類のキーワードでデコレイトされた女の子を選ぶ、というスタイルが、「ファイブスター」では逆にファティマ側に主従関係を結ぶマスターを選ぶ権利を持たせ、それで差別化しているつもりなのだろうが…でも結局、選ばれてしまえば後はやりたい放題、というシステムは健在な訳で、それを悪用する連中も作中で描かれていたりもする。

そういった部分に、何だかイヤーンなモノ…ある種の変態性のような匂いを放つファティマという存在が私にはどーも馴染めない。もちろん騎士とファティマという主従関係が生むドラマにも面白いモノはある事はあるのだが、信頼関係ならともかく、それが転じて愛情になってしまうような描写には…正直引いてしまうのだ。ああ、だからメインで描かれているアマテラスとラキシスの関係が生理的に受け付けられなかったり、デザインには唸らされても「ファティマがいないと操縦できない(エルトラムやKOG等は例外として)」という縛りがあるせいで、モーターヘッド…如いては「ファイブスター」の世界観にはイマイチ惹かれないんだな、私は。

もっともこのファティマの存在は「FSS」の根源でもあり、彼女達に起因するエピソードも多数あることを考えれば作品に欠かせない物と言っても良い。そういった意味では、このフリーキーな部分こそが「FSS」の核であり、だからこそいわゆる一部のオタク層から絶大な支持を受けているのだろう。そういった意味では、この「FSS」とは正に「オタクの文化」なのだ。

…しっかし、原作マンガはちゃんと完結するんかねぇ…。


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