ジャーナリストが主人公

機動戦士Zガンダム デイアフタートゥモロー

2005年 角川書店 全2巻 ことぶきつかさ

簡単解説
テレビアニメ「機動戦士Zガンダム」の劇場版公開を受け、同時進行で連載されたマンガ。元ホワイトベースクルーでグリプス戦役時はジャーナリストとしてエウーゴやカラバに協力したカイ・シデンの視点で、グリプス戦争に関わったキャラクターを描く。


最初からぶっちゃけてしまうが、私は個人的に「Zガンダム」という作品が大嫌いで、「Z」の劇場版3部作が制作、公開された際も、その時には既にガンダムから心が離れていたので正直興味は持てなかったし、一年戦争関係ならまだしも、「Z」関連の外伝的マンガが出ても殆どスルーしていた。そんな訳で、ある種新約ともなっている「劇場版Z」に対しての謎解き本的な意味合いが少なからずあるこの「デイアフタートゥモロー」は本来、無視する筈の企画だった。

だがしかぁし!!本作の最大のウリでもあろう、カイ・シデンが主人公ともなれば話は別だ。私はこのカイいうキャラクター、ファーストガンダム…いや、全ガンダムキャラクターの中でもトップクラスに好きだったりするので、コレは見逃すわけにはいかなかったのだ。まぁ、MSは殆ど出てこないし、メカアクションなんて皆無…ことぶきつかさ氏による「劇場版Z」に合わせたキャラクター描写の補完的な意味合いが強いマンガであるからして、ココ「大惨事」で紹介するのも本来はばかれる作品だとは思うが、まぁいいじゃないか、語らせてくれい!!(笑)

先ず、もう十二分にご存知の事とは思うが、カイ・シデンというキャラクターについて書いておこう。彼はファーストガンダム…即ち「機動戦士ガンダム」作中においてアムロと同様元々はサイド7の住民だった男で、アムロやセイラ、ミライさんと共にホワイトベースのクルーとして一年戦争を戦い抜いた。裏設定で大型機械だか何だかの資格を所持していたのでMSパイロットをやらされ、主にガンキャノンに乗っていた。初対面、ジオンのザクとガンダムの戦いにより甚大な被害を受けたサイド7からホワイトベースに避難して来た際、その身勝手かつ小心な言動からセイラさんに「軟弱者」と罵られビンタされたのはあまりにも有名だろう。この他にも、ホワイトベースクルーの中でも皮肉屋で斜に構えた態度が目立つ、それでいて神隼人の様な大物っぽい所は無いむしろ小物、という部分が印象的な男だった。その小物ぶりに、一番人間っぽいと感じたファンも少なくない様で、「デイアフタートゥモロー」の巻末にある白石冬美さん(ミライ役の人ね)のコメントにも、

登場早々軟弱者とぶたれた時から、いちばん気になる存在でカイ好きでした。

という言葉を残していたりする。そんなカイ・シデンを語るにおいて外せないのが、生活の為、幼い弟達を食べさせる為にジオンのスパイをやっている少女ミハル・ラトキエとの出会いと別れを描いたエピソードだろう。その内容についてはこの「天まで飛べ」の「大惨事!!スーパーロボット大全」を読んでいるようなゲストの方には説明は無用であろうから割愛するが、このエピソードを境に、カイは確実に成長した。今までは流されるまま、言われるままに戦っていた…別に好き好んで戦っていた訳でもないから、ホワイトベースから降りるつもりでもいたのに、明確にジオンと戦う意思を持ったのだ。特にそれが印象的だったのが、ジャブローでの出撃時に彼がつぶやいた

「ミハル…俺はもう悲しまないぜ。お前みたいな娘を増やさないためにジオンを叩く。徹底的にな!!」

というセリフだろう。劇場版だとココに「哀戦士」がかぶって最高に良いんだ、コレが!!(笑)
ちなみに、このエピソードが一番好きと言うファンも多く、シャア役の池田氏や「劇場版Z」の主題歌を担当したGact氏もこのエピソードがお気に入りなんだそうで…まぁ、とにかく一年戦争のホワイトベースクルーの中で、カイは一番成長の幅が高かったキャラクターだと私は信じている。アムロはほら、特別なのよ。(笑)そんなこんなで、「Z」でもカイが軍を離れ、自分のやり方(ジャーナリストとして)で戦争という現実と戦っている姿を見て、結構嬉しかったのだ。いや、先にも書いているように「Z」自体は大嫌いないんだが。

で、本題に入ろう。
「デイアフタートゥモロー」は企画段階から「劇場版Z」とのタイアップ的な展開があったらしく、クローズアップされるキャラクターも「劇場版」に準じている様だ。もっとも私は肝心の「劇場版Z」を見ていないので、ナミカーとかシドレとかラコックなんて名前を出されても、「そんな奴いたっけ?」というレベル…故に「大惨事」に引っ張り出しておきながら、実はその辺に関しては大して多くを語れなかったりする。そもそも私にとってラコックって言ったらやっぱり

「寄生虫めがっ!!」

の方であるからして。(笑)
ただ、やはりこの企画の真骨頂は、元ホワイトベースクルーとの絡みだろう。特にミライさんの回…彼女が母となり強くなった姿、そして多くの元ホワイトベースクルーが今でも心の拠所的に彼女を思っている姿や、ディジェを巡るハヤトやアムロとの会話は実に面白く、興味深かった。アムロに対し、「そんな事だからフラウにも逃げられた」なんて過激な発言を、それで漁夫の利を得たハヤトにしれっと言わせている所もネタとして面白かった。ディジェに関しては、グリプス戦役の頃のアムロが乗った機体というのがアホみたいに乱立…ディジェ、ゼータプラス、グリーンダイバーズetc…で、テレビ版のディジェがネモすら発売されているのに未だMGとかになっていない。アムロが乗ったMSなのに、そのゲルググっぽいデザインがアムロのイメージにそぐわないとされたのか不人気だった訳だが、それにあのデザインじゃなくっちゃダメな理由、というものが描かれたのが面白い。まぁ、「Zガンダム1/2」で長谷川裕一氏も別のトンデモナイ回答を出していたりするが。(笑)

まぁ、しかしこういったマンガ…いや、ムック本なんかでも基本はそうだと思うのだが、マンガやらムック本にて書かれるアニメの設定やらキャラクター考察という奴は別に”正確、正式な解釈ではない”と思っていた方が良いと思う。例えソレが「公式」という名の元に発行されていたとしても、だ。もっとも今で言うミノフスキー物理学だのといった「ガンダム」における基本設定にしたって、実の所ファンやアニメ誌の編集者といった、制作サイドではない所から「これこれこういうことなんじゃないか」という風に発展して来たものではあるのだが、マンガやらムック本にて書かれるアニメの設定やらキャラクター考察というものは、そのマンガや本を書いた人の解釈であって別にそれが正解とは限らない筈だし、もっと良い、面白い考察、解釈を自分で持っているならそれを信じた方が面白いだろう。ムック的な書籍の存在意義とは、「どれが本当?」では無く、「この意見を支持する?しない?」という程度のものの筈だ。「ガンダムセンチュリー」だの「ガンダムオフィシャルズ」なんてものを読んで、これこれこうなんだと思い込んでしまうより、自分自身でこれこれこうなんじゃないかなぁ〜と想像を巡らせる方が楽しいんじゃなかろうか。

そんな事言っていると「デイアフタートゥモロー」や他のムック本の存在意義を問われてしまうが、それはそれ、人の考察を読むのだって面白いじゃないか。

そういう意味で言えば、ラストのセイラさんのエピソードで、結局セイラさん自身をセリフのみの登場に留めたというのは…コレは中々面白い余韻の残し方なんじゃないか?と思った。コレを踏まえると、第一次ネオジオン紛争の際にカイが何をやっていたのか、「ZZ」にて登場したセイラさんがどういう経緯から何を思って兄に対し「いっそ死んでしまえばいい」とまで言わせたのだろうか…その辺を考える面白味が残されたと思うぞ、と。

ただ、ジオン残党が地上でビグザムを量産してた、ってのはなぁ〜。(笑)


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