宇宙海賊キャプテンシーブック?

機動戦士クロスボーンガンダム&スカルハート

漫画 全6+1巻(角川コミックス) 富野由悠季原作 長谷川裕一漫画

簡単解説
地球圏から木星圏のコロニーへの留学生・トビア・アロナクスは海賊軍「クロスボーン・バンガード」のステーションへの攻撃の最中、木星のコロニー群の背後にある「木星帝国」の陰謀を知ってしまう。絶体絶命の危機からトビアを救った海賊のキンケドウ・ナウと名乗る男は、混乱しているトビアに決断を迫る。
「お前の取るべき道は2つ。1つは何も聞かずに地球に帰り、全てを忘れ貝の様に口をつぐむこと。もう1つは我等と共に…真実に立ち向かうことだ!!」


この「機動戦士クロスボーンガンダム」は、1991年に劇場公開された「機動戦士ガンダムF91」の続編というスタイルを取っており、上に記載した通り富野由悠季氏自らが原案を手掛けている。しかし本作は俗に言う「ガンダム正史」には入らないのだそうだ。人気ゲームソフト「スーパーロボット大戦」にも電撃参戦(第二次α)を果たしたり、バンダイからカトキ氏監修のアクションフィギュアシリーズ「GFF」で立体モノがリリースされていたりもしているが、それでも頑なに正史扱いはされていない不可思議な存在だ。

これに似た扱いを受けている作品に「機動戦士ガンダム〜ムーンクライシス〜」等も存在するが、どちらも歴史的な矛盾の有無はともかく一応は「宇宙世紀」を扱っている。「新機動戦記ガンダムW」などのように世界観が異なるというならともかく、これではもはやこういった設定区分がどういった観点で決められているか(まぁ、スポンサーや版権の問題なんだろうが…)私には理解出来ない。こういったものは「オタクの先鋭化」に繋がり、よりガンダムの世界が排他的になってしまうだけのような気が私はするのだが…。もっとも「クロスボーン」の魅力は、このギリギリで正史から外れている部分にこそあるとも思うのだが。

さて、私の個人的な愚痴は置いておいて本編の話に入ろう。この作品に登場する「クロスボーンガンダム」は、クロスボーンの名の如く「海賊」をデザインモチーフにしており、兵装もサーベル主体の白兵戦用のものが多い。また「アンチビームコーティングマント」をはためかせ敵に迫る様は正に「海賊」で非常にカッコ良いものである。所謂ファースト路線はリアル調…というか、ミリタリー色を強調した作りに固定されている傾向にあるが、宇宙世紀ネタにしてはキャラクター色が強い作風で、ストーリーも「木星帝国」の野望を打ち砕かんが為に闘う孤高の海賊達というヒロイズムに溢れたものになっており、富野氏の「ガンダム」のメインテーマである「ニュータイプ」には多少触れられてはいるものの、それがメインテーマとはなっていない。その為か、この作品は「宇宙世紀ガンダム」というよりも「新機動戦記ガンダムW」に近い印象を与えている。この辺のヒロイックな部分が、「スパロボ」への参入を除けばほぼマンガのみの展開ながら固定ファンを得ている理由なのだろう。

そして何よりF91からのキャラクターのポジションである。コスモバビロニア戦争の際は「ベラ・ロナ」の名を捨ててセシリー・フェアチャイルドを名乗ったセシリーであるが、今作では木星帝国打倒の為敢えてかつて捨てた名である「ベラ・ロナ」を名乗っている。そんなセシリーのままでいられるにも関わらず、使命感から使いたくないであろう捨てた名前を名乗り、苦しい戦いに身を投じる彼女を守る為、自らも「キンケドウ・ナウ」という偽名を使うシーブック…物語後半、彼が必要でもないのに偽名を使いつづける理由がトビアの口から語られるのであるが、そういった2人の描写が物語全般で丁寧に描かれている。だからこそラストシーンにて名前を取り戻した2人を感動的に描くことが出来たのであろう。

また2人と同様「F91」から引き続きのキャラクターであるザビーネ・シャルにも貴族主義を捨てられない男という明確なポジションが与えられており、貴族主義再興という野心からキンケドウ等にとって心強い存在であると共に心から信用は出来ない男、として活躍の場が与えられている。このザビーネ、この「クロスボーン」のバックボーンたる映画「F91」だけではマイツァーの貴族主義を絶対的に信奉しているクールなライバルキャラクターという程度…しかもそれが上手く作品内で機能していたかも微妙な所なのだが、この設定を一歩押し進め、貴族主義に対する狂信的なものが加えられている。結果彼はキンケドウとは袂を分かつ事となり、最終的には狂気に走る。そういう意味ではこの作品で最も化けたキャラクターとも言えるだろう。

ともあれ、このように既存のキャラクターを新作ストーリーに見事順応させていく上手さというのは、様々なロボットアニメの後日談的二次創作ネタを手がけている長谷川氏の真骨頂と言えるだろう。特に、「スカルハート」に登場する、あからさまにジュドーな「木星爺さん」等は上手いを通り越して最早「ズルい」といえる。商業誌連載ながら、ある意味非常に同人誌的な作り方をしているのがこの作品の魅力でもあり、そういう意味では抽象的だが「夢のある」作風なのだ。

そしてそんな魅力的に昇華された既存キャラクター達が決して「主人公」にならなかった点も良い。トビアとキンケドウのポジションは「機動戦士Zガンダム」の「カミーユとシャア」の設定に近い物があるが、「Zガンダム」でのカミーユはシャアを自由に動かすための傀儡…勿論固有で美少女強化人間フォウとの絡みやライバルのジェリドの怨念といったネタはあったものの、結局は物語を紡ぎ出す程のパワーに欠けていたカミーユとは違い、「クロスボーン」のトビアの場合はポジション的にはクワトロに対するカミーユとほぼ同じながらヒロイン「ベルデナット」を助けるために、マザーバンガードに爆弾を仕掛けたり、生身でMSと対峙しこれに勝利したりと未熟で無鉄砲故のムチャをやってのける。飽くまで物語としてはトビアの騎士精神溢れる冒険譚と成長が軸であり、キンケドウのポジションはそんなトビアを見守る役なのだ。まぁ、と言う事はキンケドウの露出も多く、主人公をも凌ぐオイシイポジションでもある訳だが。

確かに死の旋風隊や木製側に寝返ったザビーネ等、基本的にメインで戦うのはキンケドウの方だし、トビア自体にも戦況を一変させるようなペイロット能力や高性能モビルスーツを与えられてはいない。「目立たない主人公」と揶揄されるのも分かる。最終的に彼が使う後期主役機であるX-3にしてみても、Iフィールドやムラマサブラスターといった最新兵装を装備しているものの実験的な意味合いが強いのか総合的な性能ではX-1と大差ないであろう機体だ。それでもやっぱりトビアが主人公でいられたのはキンケドウが自らのドラマを見せつつ彼に対しては導き手を担ったからでもあるだろうし、何よりトビアというキャラクターが要所要所ではちゃんと締める事が出来るキャラクターだった為だろう。言ってみれば「クロスボーン」の主役がキンケドウで、主人公はトビアなのだ。

思えば、トビアの主人公像というのは今までの「ガンダム」を始めとするリアルロボットアニメよりも、むしろ「未来少年コナン」といった少年冒険活劇の主人公的イメージが強い訳だが、こういった単純明解なストーリー展開が逆に読者を引きつけたのではないだろうか?せっかく「クロスボーンガンダム」、つまり海賊ガンダムというキャラクター性の強い機体を主役メカに据えているのに、肝心の物語をTVや映画で作られる「ガンダム」にしてしまってはその魅力も半減してしまう。むしろ下手をすれば「なんだ、また同じかよ」という悪い印象を与えかねない。純粋なトビアの冒険活劇に徹した点こそ、この作品の良作たる所以であろう。

また、今作では「ニュータイプの否定」といったものが賢著に現われている。それはニュータイプだと言われたトビアの「俺は人間だ!!人間でたくさんだ!!」という台詞や、「もう一度確かめて見ます。人が人として宇宙と付き合っていけるかを…」という台詞、更にトビアがシェリンドンに宛てた電子メールに顕著に現われている。本作以降に富野氏が携わった「∀ガンダム」でもやはり「ニュータイプ」という言葉を用いなかったことを考慮すると、この「クロスボーンガンダム」は物凄く含みのある作品といえるのではないだろうか。

そして時を隔ててガンダム専門誌「ガンダムエース」誌上で単発的に復活をしたのが「クロスボーン」の後日談、「スカルハート」である。正史ではない「外伝」という枠を最大限に利用した、正にギリギリのオンパレードである。ニュータイプのサルやアムロのクローン脳との対決いった、正史扱いでないのを逆手に取った反則ギリギリのネタはどれも魅力的だ。爺様になったジュドー(明言されている訳ではないので「と思しき人物」であるが)とトビア達海賊の共闘など、美味し過ぎるネタだけでなく、自称「ニュータイプ」のウモン爺さんが吹く「ボールでドムを落とした」というハッタリの真実やら、トビアやハリソンといったオリジナルキャラクターのその後等、きっちり「クロスボーン」の世界観に対してのサービスもあり、後日談ネタとしては非常に良くできた作品となっている。本編を読んだ後は是非続けて読んでおきたいマンガと言えるだろう。

しかし、「スカルハート」には新ヒロイン・トゥインクが登場している為、元祖「クロスボーン」のヒロイン・ベルデナットは「スカルハート」では全くと言っていい程目立っていない。このトゥインクのキャラクター…完全に長谷川センセが趣味に走っちゃっていると感じたのは私だけではないだろうな、うん。(笑)
ついでに言うと、「スカルハート」ではハリソン大尉の愛機である量産型のF91のカラーリング設定が変更されている。コレはGFFでリリースされたハリソン機が、コンパチの都合で設定とカラーリングが異なってしまったのにマンガの方が合わせた形になった…という事なのだろうが…折角の「非正史」なんだから、そんなツマラン気なんか使わん方が良いと思うぞ、と。


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