アニメ「ZOIDS」 第48話 黒い稲妻
脚本:荒木憲一 演出、絵コンテ:加戸誉夫 作画監督:高見明男


約15年の沈黙を破って復活したメーカーオリジナル玩具「ZOIDS」の目玉は、テレビシリーズでのアニメーション作品放映であった。そのアニメ作品は今回ネタにする「ZOIDS」と、続いて舞台設定をガラリと変えた「ZOIDS/0」の2本が制作された。しかし15年前に少年時代を過し今じゃ大抵社会人になっている旧ゾイドファンと、アニメから入った新世代のゾイドファンの軋轢というのは少なからずある。このゾイドのアニメ化が旧ファンの求めていたものとは少し趣が違う事もこの原因の一つになっているのだろう。。
旧ゾイドファンが期待したのはファンブック等で人気を博した「バトルストーリー」…しかし実際のアニメは主人公・バンと仲間達の冒険活劇であった。つまり「ゾイド」も時を隔てて復活してしまったが故に、「ガンダム」や「マクロス」と同様にジェネレーションギャップが生じてしまった訳だ。しかし、アニメ版はバトルストーリー派のファンが言うようなしょうもないモノだったのだろうか?

エピソード解説
ブレードライガーと同じくオーガノイドの力を借りて進化したレイブンのジェノブレイカーとの戦闘で、ゾイドコアに致命傷を受け、最早再生不可能となったコマンドウルフは相棒アーバインが見守る中、ただじっと死を待つばかりだった。そんな折、ドクターディが帝国の依頼で開発していた新世代高速ゾイド「ライトニングサイクス」が実験中に事故を起こし、戦闘用メモリーバンクを破損してしまう。
対ジェノブレイカーの切り札となるであろうサイクス…しかしメモリーバンクの書き直しには3ヶ月を要する。それまでレイブンが何もせずに待っているとは思えない。そこでドクターディは死を待つばかりのコマンドウルフからサイクスへメモリーバンクを移植する事を提案するのだが…。


さて、いきなり「アニメ版ゾイドはクソだったのか?」という問いかけへの私の解答になってしまうが、決してそんな事無いと思う。確かにメーカーにしてみれば「ゾイド」を売る為のコマーシャルフィルム的な意味合いが強かったのだろうし、バトルストーリー派のゾイドファンや一般のアニメファンに言わせれば「ジャリメーション(この言葉、個人的に大嫌いなのだが)」に過ぎないとは思う。

しかし、昨今のロボットアニメでは中々ちゃんとした形で描かれる事が少なかった「愛機との絆」というモノを前面に打ち出した作風は非常に印象的だったのだ。今回紹介するアーバインの乗り換えエピソードを始め、序盤にて描かれた相棒を砦で待ち続ける白いゴルドスのエピソードや、レアヘルツの谷の特殊電磁派の影響で暴走するジークとそれを止めようとするバンのエピソード等、「愛機との絆」を全面に出して描いたエピソードはどれも好編である。

もっとも、この「愛機との絆」というモノが上手く本作で機能した原因は「ゾイド」というオモチャのキャラクター性に由来している部分は多い。このゾイドは動物や恐竜の形をした半生体メカニックであり、高度ではないにしろ人間と同じように自我や心を持っている。意志のあるメカニックだからこそ、そこに芽生えるパイロットとメカの信頼関係…つまりは「相棒」としてのゾイドを描けたのだろう。

本来、戦場で命を預け共に戦う愛機には深い愛情と思い入れがあって叱るべきだと私は思う。実際の戦闘機に自分のパーソナルマークを入れたりするのも、そういった思い入れ故なのではないだろうか。それはロボットアニメでも同じ事が言える。特に戦争を描く事が多い、いわゆる「リアルロボット」であるならば、例えその愛機がただの「大量生産品」であったとしても、戦場で生死を共にする愛機に対し戦友としての愛情や愛着が描かれて叱るべきではなかろうか。こういった細かな描写こそが、アクションシーンを彩りドラマに深みを与えるのだ。

例えば、

偽りの解放の象徴にされかけた愛機ダグラムを奪い、砂漠にて自らの手で別れを告げたクリン
量産機ドラグーンの開発により軍人をやる必要が無くなったケーン達は、今まで共に生死を共にした愛機が解体処分される事を知り、いてもたってもいられなくなり結局愛機を守る為大嫌いな軍隊に戻った。
自爆スイッチを押した瞬間、「お前は生き延びろ」と言わんばかりにコクピットハッチを開けた愛機サンドロックに対し、「さよなら、僕のサンドロック」と別れを告げるカトル。
いざとなれば平気な顔で乗機を捨てるキリコも、ヒマさえあればスパナ片手にATを整備するその後姿には「生き延びる為のツール」としてのスコープドッグへの愛着が感じられた。

こういった物言わぬ機械にまで愛着を持って接する人間臭い描写は、人とロボット、双方を描いてこそロボットアニメだという事を痛感させる。海底からサルベージした愛機に他人が触れる事を頑なに拒んでいたクセに、いざ舞台が宇宙に移ると大切な相棒を「捨ててきた」なんてヌカす主人公じゃイカンのだ!!(力説)

そんな長年連れ添ってきた相棒が死んでしまう…辛くても現実を受け入れるしかないアーバインはもうすぐ息を引き取るであろう相棒の傍に寄り添い、2人で冒険した思い出をせつせつと語る。非常に切ないシーンである。彼はこの時ゾイド乗り廃業まで決意していた。自分の大切な相棒の死と共に…。
思えばエアヘルツの谷でジーグが暴走した際にもバンに、「お前の気持ちは分かる。俺だってコイツ(ウルフ)がいなくなったら…」等と語っていた。この愛機の死を看取ろうとするアーバインの気持ちも、この作品がシリーズを通して「愛機との絆」を描き続けたからこそ効果的に映ったのだろう。

そんなアーバインは新型機の為にメモリーバンクを移植させてくれと頼むディに対し、「お前の変な実験につき合わせるならコイツはこのまま死なせてやった方がマシだ!!」と吐き捨てる。普段はカッコつけて軽口を叩いているアーバインの真剣な相棒への想い…そんな想いから、アーバインにはドクターディの「サイクスを助けてくれ」という言葉が、今まで自分と生死を共にして来た相棒の死を汚すものだと思ったのだろう。

結局、そんなアーバインもムンベイの

「アンタの相棒は何て言ってんだい!!出来る事ならもう1度戦いたい…そう言ってないかい!?」

という叱咤混じりの説得を受け入れ、相棒のメモリーバンクをサイクスに移植する事を承諾する。そしてルイーズ大統領救出の為ライトニングサイクスの緊急出撃となる訳だが、ココからが今回の「愛機との絆」というテーマに対して駄目押しの一撃を加えてくれる。
緊急出撃したサイクスは、コマンドウルフのメモリーを移植したとはいえまだ調整が完全でなく、機体とメモリーが噛み合わず走行中に異常振動が起こり機体は分解寸前に…そんな状態でアーバインは叫ぶ。

「走れコマンドウルフ…俺と一緒に走れぇ!!」

そしてその声を受けたライトニングサイクスのメモリーバンクは覚醒し、真の力を発揮したサイクスは拘束具を強制排除して1機にガンスナイパー部隊を葬り、大統領もろとも自爆しようと崖に向かって走るディバイソンを食い止め、大統領を無事救出する。

そしてラストシーン、新しい体に生まれ変わった相棒を夕日の中疾走させるアーバイン。
その息の合った姿にフィーネは呟く。「まるでコマンドウルフが甦ったみたい」と…。

このアーバインは主人公の仲間…ワキ役に過ぎない。そんな彼の乗り換えエピソードまで1話を費やして丁寧に描く姿勢というのは、意思を持つ機械生命体としてのゾイドの魅力をスタッフが良く理解していたからだろう。そう言えばバンのシールドライガーがブレードライガーに進化する際もそれなりの期間を割いて描いている。機械生命体たるゾイドが一般的なリアルロボットアニメに分類されるのかは微妙だが、このパイロットの愛機への想いという要素は意志を持たない人型兵器を扱うアニメにおいても物語に深みを与えるエッセンスとして非常に有効なものなんじゃないだろうか。

確かに「ZOIDS」という作品の基本フォーマットはオモチャCM過ぎず、ジャリメーションと言われてしまっても仕方ないかも知れない。しかし「ZOIDS」はジャリメーションはジャリメーションでも、心を揺さぶるハイグレードなジャリメーションなのだ。

オタク的視点によるポイント
1.今回の主役、アーバインの駆る「コマンドウルフ アーバイン仕様」はアニメ放映スタート時に「グスタフ ムンベイ仕様」と共に発売されている。特にアーバインのウルフは人気が高く、再生産してインターネット上のゾイドショップに流れるや否やあっという間に売り切れる程。そしてその直後にインターネットオークションに高値で売りに出される、と…嫌な世の中だ…。
ちなみにこのアーバインというキャラクターはバトルストーリーにも登場しており、コチラではオーガノイドを登載して凶暴性が増して誰も受けつけなくなったゴジュラス・ジ・オーガが唯一心を開いた男として活躍。

2.「ガーディアンフォース編」から登場するシュバルツの弟でバンの同僚のトーマは、今回ヒルツに襲われてディバイソンをルイーズ大統領誘拐事件に利用されてしまう。このトーマ君、ジェノザウラーに負けて以来すっかりやられ役に納まってしまっている。ディバイソン好きとしては悲しいぞ。(笑)

3.何時もは左目を眼帯のようなもので隠しているアーバインだが、今回は眼帯ナシの姿を披露している。
ちなみにこの眼帯のようなものは望遠レンズや動画の録画再生も出来る便利なツールである。元々この眼帯のようなものは文字通り眼帯であり、アーバイン自身も隻眼と設定されていたが、差別的表現と捉えられる可能性があるとされ、アニメのような便利ツールに変更されたのだとか。

4.この48話とほぼ同じ展開を「ロックマンエグゼ」でも見る事が出来る。と、いうよりキャラクター名を入れ替えればセリフまでほぼマンマのエピソードがある。この「ZOIDS」と「ロックマンエグゼ」は製作会社が同じで、更にスタッフまで殆ど一緒なので出来たネタなのだろう。他にも「ロックマンエグゼ」には「/0」に出て来たジャッジ衛星みたいなモノまで出て来たりする。う〜ん…ファンサービスと言うべきか、手抜きと言うべきか…。(苦笑)
他に他作品との繋がりといえば、ブレードライガーのアタックブースター完成エピソードで、この試作品をグスタフに取りつけたムンベイが、「いけ〜グスタフレボリューション!!」等と叫んでアーバインに「キャラが違うだろ!!」と突っ込まれるが、コレは「爆走兄弟レッツ&ゴー」との声優ネタ。



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