「あしたのジョー2」より 第44話「葉子…その愛」
脚本:篠崎好 絵コンテ:さきまくら


今まで数え切れないほどの漫画作品が世に生まれている訳だが、その中の最高傑作…という話題は漫画ファンなら誰しも友人と語り合った事があるテーマの筈。例えば手塚治虫作品だったり、「ドラゴンボール」や「ワンピース」だったり…人によって挙げる作品がバラバラなのは当たり前の話なのだが、私個人としてはこの問いに関しては一貫して一つの作品の名を挙げる。そして恐らくこの解答は後10年、20年と経過しても変わる事はないだろう。その作品のタイトルは、そう、「あしたのジョー」だ。
そんな漫画界の傑作中の傑作は、2度テレビアニメ化され、こちらも高い評価を得ている。最近でいえば岩明均氏の名作「寄生獣」がアニメ化したが、原作ファンからアニメでの改変やオリジナル要素に関してことごとく批判が集中したりしている訳で、他にも漫画からアニメ化した際の改変やオリジナルの挿入で「原作レイプ」呼ばわりされる作品は少なくない。で、「あしたのジョー」のアニメはどうだったかというと、実は「1」は然程ではないが「2」の方では結構な改変が行われていたりする。それでも「あしたのジョー2」は傑作との呼び声高い。いや、場合によっては「原作を超えている」という評価まである。この違い、一体何処にあるのだろう。

エピソード解説
ホセとの世界戦前日。以前ジョーに30万を借りていたウルフ金串が丹下ジムを来訪。久々の再会を喜ぶ二人はスナックにて盛り上がる。
そしてバンタム級世界戦当日。会場である日本武道館には少年院時代の知った顔も続々集まっていた。一方、白木葉子は試合当日の控室でようやく雲隠れしていたジョーと会う。意を決してジョーがパンチドランカーに蝕まれている事を告げるが、ジョーは「自分の体の事だ。分かっていたさ」と意に返さず、リングに向かおうとする。そんな彼を遮った葉子は…。


ホセとの世界戦直前を描いたこの「葉子…その愛」…多分大多数の人の注目が白木葉子の「好きなのよ矢吹君、あなたが…!!」に注目が行くと思うのだが、私が注目したいのはそのほんのちょっと前、ウルフ金串が丹下ジムを訪れ借金を返しに来たシーン。これ、個人的にはかなり凄い演出だと思うのだ。ジムの玄関扉の隙間にそっと封筒に入れた30万を入れて去ろうとしたウルフをジョーが見つけ、二人はスナックに飲みに行くのだが…コレがなんだかたまらなくカッコいい。このシーンでのウルフの姿に共感する人は少なくないんじゃないだろうか。

ウルフ金串はアジア拳ジム所属の"未来の世界チャンピオン"という触れ込みで登場した実力派若手ボクサーで、全日本新人王決定戦でバンタム級新人王となった控室でジョーに喧嘩を売られ、クロスカウンターで相打ちとなる。ジョーとプロのリングで決着をつけるべく、ダブルクロスカウンターを編み出し先にダウンに追い込むも、ジョーのトリプルクロスにより顎の骨を砕かれ再起不能に。その後、力石を失った直後のジョーと再会した時にはヤクザの用心棒にまで落ちぶれていて、過去の栄光にすがっているだけの情けない男になっていた。そんなウルフは酒場でのイザコザで喧嘩のプロ・ゴロマキ権藤により再び顎を砕かれ、そこに居合わせたジョーに救われる…という経緯は原作と同じだが、実は原作ではジョーが一方的にウルフを助けただけで、ウルフの方は恐らく助けられたという意識すらなかったかも知れない、という描写だった。一応、少年院時代の仲間と同じくジョーのホセ戦には試合会場に駆けつけてジョーを応援している姿が描かれているが、原作では"それだけ"の存在だったりする。むしろ、ジョーとの試合前に偵察にアジア拳ジムに潜入したチビ達ドヤ街の子供達を練習台として半殺しにしたり…と、むしろ悪役的な演出が多かったキャラクターであり、ポジション的にはジョーが顔面を打てなくなった時に対戦したボクサーらと同レベルの、力石やカーロスとは違ってあまり顧みられる要素がないキャラクターに思える。

しかしこのウルフ金串という男、アニメ「あしたのジョー2」ではゴロマキ権藤と並び妙にクローズアップされた描写が多くなっている。そもそも、「2」の第一話からして力石の死後、街を彷徨っていたジョーがヤクザの用心棒に落ちぶれ、「もう一度矢吹とやってれば今度は勝てた」だの「あの時後数センチ踏み込んでいれば今も世界を狙ってた」だのと過去の栄光にすがった負け犬っぷりを見せつけていた所を、ゴロマキ権藤にボコボコにされるエピソードから始まる…という具合。

そして、こちらもアニメオリジナルながら名エピソードとの評も高い27話「ボクシング…その鎮魂歌」でも、たまたま再開したジョーに先輩のボクシングジムの借金返済の為という名目でジョーから30万円を借り、そのまま返済の日になっても姿を現さない…という、正直情けない姿が描かれる。新人王時代…つまりは一番乗っていた時期に婚約者だったジム会長の娘が借金の肩代わりを申し出たのを、ジョーが

「いいんだ、ウルフは返しに来る!!いつか必ず!!…あんたが奴を信じている様に、俺も奴を信じる!!」

と突っぱねる姿は掛け値なしにカッコ良く映り、一方でもう落ちに落ちたウルフ金串の情けなさ、悲しさも写し鏡の様により強調されている風ですらあった。

しかし、そんな事を視聴者が忘れかけていた頃…まさかのタイミングでのウルフ金串再登場である。ボクシングの夢にこそ破れたものの、自分の生きる道を見つけたのであろう立ち直ったウルフの姿はもう掛け値なしに嬉しく思えたし、そんな男・ウルフを信じ抜いたジョーもたまらなくカッコ良い。このスナックで交わした二人の、何てことはないホントに些細な台詞が、過去の挫折を乗り越えて新たな道を見つけたウルフの…ほんの細やかな栄光、尊厳が感じられる。これが、ホセとの戦いの際のジョーへの声援に繋がる事になる訳だから、ファンとして文句のつけようのない改変といえるだろう。ある意味、ウルフ金串はこの「あしたのジョー」という作品において"スポットの当たる事のない主人公"なのかもしれない。そしてそれは決してジョーの様には生きられない、望んでいる訳ではないが結果的に平平凡凡な人生となってしまう者が大多数である我々視聴者の姿なのかもしれない。だからこそ、「あしたのジョー2」のウルフ金串という男がミョーに印象に残るのではないだろうか。そういう意味で言えば、ジョーの様な鮮烈な生き方が出来ない我々に向けた、もう一人の主人公…というのは流石に言い過ぎか。

実の所、「あしたのジョー2」というアニメは原作から改変された部分というのはこのウルフ金串だけではない。オリジナルとしてジョーを追うルポライターの須賀清や、ハリマオ戦の前に戦う事になる世界ランク1位のレオン・スマイリー、かつてホセと戦った唯一の日本人・村上輝明といったキャラクターが登場したり、逆にウルフとの一件の後、ジョーがドサ回りのボクサーに身を落とすエピソードなどがまるまるカットされていたり、と原作を忠実に再現したものとは言えないのだ。それでも、恐らく「あしたのジョー2」を見た、見ていたファンは、「あしたのジョー2」という作品が偉大な原作を改変した駄作、などという事はない。むしろ、原作以上に「あしたのジョー」であるとすら評されているのだ。

その理由は、読み込みの違い…であろうか。実は、「あしたのジョー」のアニメ化は出ア氏が自ら「どうしてもこれがやりたい」と持ち込んだ企画であり、氏にとって初の監督作品である。元々強い思い入れがあったのに加え、原作の休載などによりアニメが原作に追いついてしまった為にカーロス戦までで終了した「1」とは違い「2」は原作終了後にスタートした作品である事から、出ア氏が原作に対し深くのめり込む余地があった事が幸いしたのではなかろうか。原作持ち作品のアニメ化、というと、それはある意味視聴者にとってはキリストやブッタが発した言葉そのものではなく、弟子たちが解釈し注訳を加えたものになってしまう部分はある訳だが、その解釈や注訳が作品が良い方向に行くかはもう…言い方はズルいかも知れないが、もう原作にどれだけのめり込んだかと、後はもう単純にセンスの問題だろう。「あしたのジョー2」の出ア氏の手法の場合、それがくだらない都合や色気、野心、見栄に根差した改変では決してない事が映像を見れば肌で理解できるのだ。

ただ、出ア氏のこの「キャラクターに徹底的に感情移入して仕上がってきた脚本すら叩き台として改変していく」という方法は、物語の方向性を決定するポジション…例えば監督がその作品やキャラクターに強い思い入れ、愛がないと成功しない手法なのかもしれない。そういう部分でのアニメ化スタッフとファン、原作の摩擦という奴の代表例が、森田監督のブログ内での発言が火をつけてしまった「ぼくらの」や、改変云々以前に出来そのものが学芸会レベルであまりにも酷いと原作ファン叩かれ、原作者がドラマ版を擁護するという珍事が起きている実写版「地獄先生ぬーべー」なんかが挙げられるだろう。逆に、原作者や原作ファンからは非難され、忌み嫌われたにも関わらず、原作を離れたアニメのファンからは絶賛された「うる星やつら」劇場版2作目「ビューティフルドリーマー」の様な特殊なケースもあったりする。

まぁ、愛せない、嫌いな原作の映像化なんて気合が入らない…というのは人としては分からなくはないがプロとしては手抜きをする言い訳には出来ないだろうし、そもそも末端の立場ならいざ知らず、監督レベルならばそんなもの嫌なら引き受けなければ良い話だろう。嫌なモノを押し付けられてやらざるをえない…という立場や心情は理解できるがそれはファンにとってはどうでも良い要素なのは分かり切った事で、それで駄作となってしまうのはファンにしてみれば悲劇でしかない。

私個人としては、原作つきの作品だろうとアニメ化なりドラマ化した時点でもうある意味「同じタイトルの別作品」という認識というか、前提を持っている。原作つきの作品という奴はある種「誰かの感想文を読んでいる」という意識があるから、その感覚がずれていたら正直目も当てられない状態になってしまう。だから原作つきの映像作品に関しては実写、アニメ問わず相手…要は話のネタにすることはあるが、基本的には期待しない。正直、昨今目の当たりにする原作つき作品の改変に関しては正直、作品の方向性以前の嫌な臭い…つまりは受け手にとっては割とどうでも良い部分の送り手の都合、色気、野心、見栄といったものがつきまとうからだ。実写作品に至っては配役に関してアニメ以上に評価に直結してしまい易い傾向があり、役者のファンにおんぶにだっこ的な作品の形で質ではなく数としての評価が高くなるケースもあって更に深刻だろう。

ただ残念な事に、昨今は送り手側にこういう問題意識が希薄なのがまず問題なのではないかと思う。だからこそあちこちから引っ張ってきては粗製乱造を繰り返し、挙句ファンに文句を言われている訳で、それを送り手側が「原作とは違う」的な物言いをした所で原作の名を借りている以上説得力は無い。原作見てない人には好評、という切り返しとて、だったら原作に頼るなと言われればそれまでだろう。原作原理主義的な原作ファンを逆に非難する様な真似も、この「あしたのジョー2」の様な稀有な存在を考慮すれば自身のセンスのなさをさらけ出しているだけだろう。無論、原作原理主義に凝り固まって何をやっても文句を言い出すタイプのファンという奴は、それこそアニメ化なり実写化といったものそのものが根本的に気に入らない、という部分もある訳で、更に言えば実の所原理主義的な発言を読み解いていくと、「あ、こいつ言ってることの割に原作大して読み込んでねぇな」と分かってしまう様な、ただ単に通ぶって文句言いたいだけなファンも…残念ながら少なからずいる。この辺はネットの普及で個人が自由に発言できる場が増えたのも助長しているのだろう。

ただ、一つだけ言えるのは原作ファンから批判されてしまっている原作つき作品を担当している制作者サイドの方々は、先ずは原作の「あしたのジョー」を読んで、その後「あしたのジョー2」を見て欲しい、という事だ。自身の作品に欠けている"何か"が見つかると思うのだ。


オタク視点的ポイント
1.このエピソードの伏線とも言える27話「ボクシング…その鎮魂歌」と、その前の26話「チャンピオン…その敗者の栄光」で脚本として名が挙がっている善福次郎という人物、実は架空の人物で絵コンテのさきまくらというのは出ア氏の別ネームである。出崎監督の絵コンテの段階で元々の脚本と大きく変わり過ぎてしまった為に元の脚本家の名前を出さずに架空の名前を使ったんだとか。つまりはこの2本のオリジナルエピソードは出崎監督が創作したといっても良いもので、氏の色が最も出ているエピソードと言えるんじゃないかと。

2.原作に登場するキャラクターの中でもう一人、扱いが大きくなっているのが今回メインのウルフ金串とも関係が強い喧嘩屋・ゴロマキ権藤。この人の言動がとにかく渋くてカッコ良い。今回もジョーとウルフが入ったスナックに先客として奥のカウンターにいて、ジョー達が帰った後、「俺の大事な人が一世一代の大勝負をするんだ」と前祝の酒を要求し、出された水割りに対し「おいこれじゃねぇ。もっと上等な奴だ」というシーンが。これがカッコいいんだ、また。ある意味、男としてのジョーのよき理解者、的なポジションになっているが、コレは権藤が監督の視点に重なるキャラクターになっているからなのではないかと思う。出ア氏は作品を作るに辺りキャラクターに徹底的に感情移入して時に脚本すら改変してしまう作風だが、同時に「物語には全体を俯瞰する視点が必要」と語っており、「あしたのジョー2」でこのポジションに位置するのがゴロマキ権藤であり、オリジナルキャラのルポライター・須賀なのではないだろうか。

3.原作の話だが、小説家の三島由紀夫がある夏の深夜、「あしたのジョー」を読みたいが為に講談社の事務所を訪れて「今日発売の少年マガジンを売って欲しい」と頼みに来た事があったんだとか。当時は24時間営業のコンビニなどなかったのが原因ではあるが、小説家ですら「あしたのジョー」の続きを読むのを一晩待つ事が出来なかった、という、当時の人気を象徴するエピソードといえるだろう。

4.アニメ作品において、ジョーの声は三代目助さんとしても知られる歌手で俳優のあおい輝彦氏、段平は「西部警察partI」で西部署の谷刑事を演じていた事でも知られる俳優の故・藤岡重慶氏で固定されているが、力石や白木葉子、マンモス西やカーロスといったキャラクターは主要キャラクターにも関わらず作品毎に声を当てている人が違っている。これは逆に、ジョー役のあおい氏と段平役の藤岡氏がそれだけハマッていた、という事でもあるかと。2人とも声優を専門としている訳ではない役者さんだが、ジブリ作品で声優として起用された声優ではないキャストとは違い、この二人の熱演にケチつけられる人はそういないと思うぞ。ちなみに今回メインで語っている「2」でのウルフ金串は故・納谷六朗氏。

5.キリンメッツコーラのCMで段平が登場しているが、あの声を当てているのはお笑いコンビ・ガンリキの佐橋氏。とんねるずの番組内での「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」で段平の真似をした事からのオファーと思われる。佐橋氏は熱烈な「あしたのジョー」ファンで、ちばてつや先生もライブを見に行って応援しているんだとか。



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