「蒼穹のファフナー」より 第18話「父親〜おもいで」
脚本:冲方丁 絵コンテ、演出:菱川直樹 作画監督:高橋晃



結構前から、ウチの掲示板なんかでも「面白いんですよ」という意見を頂戴していたし、実際些か作品自体は地味ながら根強い人気を持っていた作品…それが、今回「一話一会」のネタである「蒼穹のファフナー」という作品。ただ正直、様々な理由から食指が伸びなかった作品でもあったりする。例えば、「種デステニー」と同時期の作品で、しかもキャラクターデザインが同じ平井氏であった事が、「種デステニー」放送当時、メールとかで複数の方から「是非視聴して文句言ってやってくれ」という主旨の要望を受けていて正直ウンザリしており、好きだった筈の「スクライド」とかですら平井キャラデという共通事項からなんだか胃袋が受け付けてくれない状態に至っていた事。そして、やっぱり今回の記事でも触れるが、付きまとう「エヴァ」のパクリ的な評価がある点だったり…。今回、全編ではないが視聴したのだって、何の事はない、出張先の宿でやる事が無くて、たまたま劇場版公開に合わせて連続放送していたから、と…この作品に対して最初は何の感慨も持ってはいなかったのだ。ところが…すんません、見だしたら結構ハマっちゃったよ。(苦笑)

エピソード解説
新国連の竜宮島消滅作戦を、一騎がカノンを説得した事により何とか防いだアルヴィスの面々。道生は弓子と同棲を始め、カノンは羽佐間容子の元で暮らす事に。捨てゴマとして残された新国連の兵士達も島で島の人々と共存する事に。激闘の最中の些細な休息を、おもいおもいに満喫する竜宮島の人々…そんな折、かつて島を捨て、新国連に身を投じていた真矢の父・ミツヒロがあらわれる。そして、道生と同棲を始める為に家を出て行った弓子が残した家族の写真が入った写真立ての中から、大きな事件が顔を出す。

そんなこんなで、「蒼穹のファフナー」に関して何か記事を書きたい!!と思ったものの、全編通して見た訳でもないし、特に前半はかなり取りこぼしてしまっている…そんな私が「大惨事」で総合的な評を書いてしまうのは違うだろ、という事で、今回は「一話一会」でお茶を濁そうと思う。え?「大惨事」でちゃんとした批評記事を書け?

「それは命令か?」(笑)

と、言う事で今回紹介するのは後半の怒涛の盛り上がりの…言わば「溜め」とも言えるエピソード。日頃、「ロボットアニメならロボットをカッコ良く動かさんかい!!」を連呼し、文学だのゲージツだの哲学だのと称して、ロクにロボットアクションをやろうとしないロボットアニメに文句を言っている私ではあるのだが、このエピソード、戦闘シーンが無かったりする。(苦笑)今回で描かれるのは、数多くの伏線…例えば、海の底から甲洋が乗っていたマークフィアーをサルベージしてほくそ笑むミツヒロ、弓子と道生の関係、甲洋と祥子のフラッシュバックに苦しむ総士、娘を失った容子の元で普通の娘として生きる事を学び始めるカノン、そして、島のコアである乙姫が人間として生きる姿…どれも今後の展開を匂わせるネタとなっているのも特徴だ。

この他にも、パイロット同士の交流、と称して弓子先生引率で海水浴に興じるファフナーパイロットの面々が描かれ、ある意味「水着会(ファンサービス的な、ね)」なのだが、ココでメインで描かれるのは残念ながら一騎と総士…なんかスタッフのイヤーンな目論見が見えちゃったりしてしまったのは私だけではあるまいて。(苦笑)ただ、翔子の死後、甲洋の一件、そして一騎の逃亡と、しばらく島の子供達の関係がギクシャクしたものだった事を考えると、彼らの絆を再確認出来る演出かも知れない。

ただ、今回のキモはやはり真矢の優れた適正の発覚と、それを隠ぺいしていた弓子に対する査問委員会だろう。弓子が妹である真矢の高いファフナー適正を隠ぺいし、「身体的ハンデがある」としてファフナーのパイロットとならないよう改ざんしていた事が、彼女達の母親・千鶴により発覚してしまった訳だ。これを自分の目的「フェストゥム殲滅」の優秀な手駒として真矢を手元に置きたいミツヒロが利用した訳だ。

さて、ココからが見どころ。
上でも書いてます通り、この「蒼穹のファフナー」は「アフター『エヴァ』」の作品で、設定的、展開的にも多分に被る部分がある作品…「パクリ」的な言われ方をされている作品である。類似性の例を挙げてみると、

敵が正体不明
過去、敵により人類が壊滅的な被害に遭っている(「エヴァ」だとセカンドインパクト)
ロボットのパイロットが14歳の少年少女
司令が主人公の父親
ロボットは操縦というより機体とシンクロして動かす
主人公の心理設定にネガティブな要素があり、それが戦闘でキーになる
キーワードとしての「同化現象」と「人類補完計画」の類似性


と、こんな感じ。設定面でもかなり似通っていると言えるだろう。でも、「エヴァ」と「ファフナー」、両作品の間には明らかな「違い」があり、それが最も強調されているのがこの18話の査問委員会なのだ。

弓子と彼女を庇う千鶴…彼女の研究はパイロットの同化現象を抑えるのに不可欠なものであり、何とか追放といった措置は避けたい司令官の史彦。対し、各パイロットの親でもある他のアルヴィスメンバー…彼らの場合、実際に息子や娘達は命を懸けて戦っている…容子に至っては血は繋がっていなかったとはいえ最愛の娘が実際に命を落としてもいる。その心中は穏やかではないだろう。そんな空気を利用し、自らの目的の為にこの機会を利用したいミツヒロは、弓子に強いゆさぶりをかけ続ける。

そして、千鶴と弓子、双方を容疑者と認定したうえで、議長である西尾は「容疑者が2人だけではない」事を告げる。そこで現れたのは、一騎、衛、剣司、咲良のファフナーパイロット達と、総士、乙姫だった。

…まぁ、ココまで書けば見てない人でも彼等が何を言い出したのか、分かるでしょ?そう、最後に「どうぞどうぞ」ってやらないダチョウ倶楽部のネタだ。(笑)

ココで注目したいのが、各ファフナーパイロットの「親」の顔。

衛の父・保は最愛の息子の「保健室の機械をいじってたらデータを変えてしまった」という言葉に、「しょうがない奴だ」と微笑む。
剣司の母・綾乃は最愛の息子の「戦うのが嫌で自分のデータを改ざんするつもりが真矢のをイジってしまっていた」という言葉に、「このバカ息子!!」と叱咤と共にチョークを投げつける。
咲良の母・澄美は最愛の娘の「自分が戦いたかった」という言葉を聞き、その決意に息を飲む。
一騎の父・史彦は最愛の息子の「真矢を戦わせたくなかった」という言葉とその理由を聞き、「もっとマシな言い訳を用意せんか!!」とその不器用さに呆れる。

ここのやりとりで、衛はともかく、他の三人「戦いたくない」「戦いたい」「戦わせたくない」と、子供達は「改ざんした」という事以外は本音を言っている。それに対し、彼等の親達はそれぞれらしい反応をするのですね、彼等は30年前に日本に出現した瀬戸内海ミールの影響で生殖機能を失ってしまっており、それがアーカディアンプロジェクトを発動した根源。一騎達もミツヒロが劇中で言った

「あそこにいるのは所詮受胎能力を失った日本人が作った遺伝子工学の産物では無いか、彼らは結局ファフナーを動かすための電池にすぎん!」

という言葉通りの存在。でも、彼等には彼等を支え、助け、叱り、誉め…共に喜び、共に悲しんでくれる「親」がいたのだ。彼等の親達は生殖機能こそ奪われたものの、「親」としての心は捨てていなかった。そして、「ファフナーの電池」呼ばわりされている一騎達にしても、親を親、仲間を仲間と認識し、「絆」を得ていたのだ。この描写こそが、「エヴァ」にはなかった部分であり、「エヴァ」と「ファフナー」の明確な「違い」だ。こういう比較論をやる事はナンセンスではあるのだが、「エヴァ」の場合、主人公であるシンジやアスカにまともな親がいない…というより、親子関係がある意味崩壊してしまっている。劇中でシンジが吐露している様に、アスカが悩まされるトラウマの様に、だ。つまり、彼等の周囲には導き手たりえる"親"…ないし"大人"という存在がいなかった。いや、コレに関してはミサトや加持といったキャラクターがそれに相当するんじゃないか?という反論は当然あるとは思う。しかし、ミサトは「旧劇場版」で話題になった

「帰ったら続きをしましょう」

というセリフを言わされてしまった事で、シンジにとっての導き手、"親代わり"としては不適格になってしまった様に思う。加持に至っては言いたい事を言った後にフェードアウトしてしまうし、得てしてそうしたか…はたまた私の「『エヴァ』憎し」の心情からそう思えるだけなのかは分からないが、どうも二人とも、作中キッチリと"大人"…というと語弊があるかも知れないが、少なくとも"親(代わり)"としては描かれていない気がする。立場とか言動ではなく、何と言うか…子供達に対し、背中で語っていない…そう思えるのだ。それに対し、「ファフナー」には上で書いたセリフを発したミツヒロに対し、

「もう一度言ってみろ!!無事に島を出られると思うな!!」

と激昂してくれる親が…いや、"大人"がいる。この違いって結構大きいのではないだろうか。
皆の前で、島に帰って来た理由が「使い捨ての電池を補充しに来ただけ」である事を白状してしまった父・ミツヒロに対し、真矢は父…ミツヒロが使っていたカメラを大切にしている事を告げるが、その真意を親である筈のミツヒロは気づけない。竜宮島の大人達と対照的に描かれるミツヒロの姿…その「フェストゥムの殲滅」の為に全てを利用し、全てを捨てている様というのは、自身の目的の為に息子さえも利用し見捨てる事も裏切る事も厭わない「エヴァ」における父親、ゲンドウにイメージが被る。真矢が大切にしている物…それはカメラなどではなく、父親との思い出そのものだというのに、そんな事にも気づく事が出来ない。そんなミツヒロに、真矢はトドメの問いかけをする。

「お父さんは、フェストゥムと何処が違うの?」

この言葉は、紛れもなく真矢の父親との決別の言葉であり、逆説的ではあるのだが、自立…大人としての第一歩の言葉でもあるのだろう。竜宮島への一騎の帰還以降、急展開でクライマックスへ向かう事となる本作…その中には大人の庇護の下にあった子供達が、乙姫の言葉ではないが、自らが「選ぶ」事により大人へ…護られる側から何かを、誰かを護る側へ成長していく。その彼等の成長がはかなくもまぶしく、力強く見えるのも、本作の大人達が大人としてキチッと機能していたからではないだろうか。そう考えると、前半での春日井夫妻のあまりに息子(里子ではあったが)の人格を軽視した言動や、このエピソードでのミツヒロも、ある意味この部分に反面教師的な形で貢献している訳だ。真矢はそんな大人達の思い、仲間達の思いを受けたからこそ、祥子の時も、甲洋の時も「何も出来なかった」のではなく、実は「何もさせてもらえなかった」事が分かったのに…それに対し弓子に怒りをぶつける訳でもなく、

「今まで護ってくれて、ありがとう」

と感謝の言葉を言わしめたのだろう。この言葉は、紛れもなく真矢の成長の証拠だ。

思えば、「ファフナー」も「エヴァ」と同様、陰湿でヒステリックな要素を多分に持つ、基本的には暗い物語…いや、人の死に対し、殆どの場合で結果だけを見せる「エヴァ」に対し、「ファフナー」は死の過程すら描かれており、「エヴァ」よりも悲劇性という意味では上の作品の筈…にも関わらず、「ファフナー」は作品を観終わった後、確かに悲しさや暗い余韻は残るものの、それでもどこかで温もりの様なものも感じる事が出来る。その理由は、「エヴァ」とは明らかに違っている大人達の姿と、そんな大人達に護られて成長する子供達の姿故…この「父親〜おもいで」は、それを再認識させてくれるエピソードと言えるだろう。

…あ〜、なんか、比較論に終始しちまったなぁ…。


オタク視点的ポイント

1.よく、「途中から急激に面白くなる」と評される本作「蒼穹のファフナー」であるが、15話以降、シリーズ構成・脚本が山野辺一記氏から冲方丁氏に交代し、山野辺氏はベースプランニング協力に配置換えされている。元々冲方氏は文芸統括として本作に携わっており、脚本参加は山野辺氏と連名で12話より。ちなみに冲方氏はOVAや劇場作品にもなった「マルドゥック・スクランブル」等で知られる作家で他にも、あの「シェンムー」にもシナリオで参加している人。余談だが、劇場版「マルドゥック・スクランブル」の主題歌は、故・本田美奈子氏が歌う「アメイジンググレイス」だったりする。確かに後半はやや展開が巻き進行だったのが気になるものの、名編が多くなっている。今回紹介している18話のひとつ前、自爆しようとするカノンを一騎が説得するエピソード(第17話「生存〜しかけ」)もその一つで、ファンの間でも人気が高い。

2.多分「蒼穹のファフナー」を支持している人には「今更…」なネタだが、オープニングの冒頭にて各キャラクターがアップになるシーンがあるが、ココで後ろに流れていくキャラクターは生き残り、手前に消えるキャラクター達は…。

3.本エピソードにて、真矢の適正データ改ざんの査問委員会の時、当の弓子や千鶴、ファフナーの各パイロットや総士、乙姫以外にも被告人に名乗り出た人物が。それは、一騎を迎えにモルドヴァに行ったのを始め、色々な局面で真矢と行動を共にしていた溝口さん。その理由は、「真矢のスリーサイズを覗こうとしたらデータ改ざんしちゃってた」というもの。溝口さん、どっちかっていうとナイチチな真矢のデータ見たってあんまり面白くないと思うぞ。どうせ見るなら彼女の姉の弓子さんとか、彼女達の親にしては妙に若々しく見える千鶴さんの方が…。(笑)

4.あ、誤解無いように書いておきますが、準主役(というか、語り部役)として作中でも重要なポジションにいた真矢。あまり劇中でヒロイン扱いのキャラクターに対し好感が持てない性質の私ですが、彼女に関しては鼻声っぽい声質や髪型といった容姿から性格設定等、結構好きなキャラだったりする。ただ、この18話での一騎の理由然り、最終話然り…ヒロインとしてはやや恵まれていない印象があったり。ボロボロになりながらも帰還した一騎に抱きつく…位の事をやらせてあげても良かったんじゃないかと思うんですよ!!(力説)
まぁ、直接的な行動に出ないのも奥ゆかしい面も持つ彼女に相応し…え?真のヒロインは総士だって!?…くっ…くそっ、反論出来ん…。(苦笑)

5.妙にネチッこい歌い方が印象的な本作の主題歌「Shangri-La」は、オリコン初登場12位を記録。歌っているangelaは2007年の鈴鹿8耐(日本最大のバイクレース)ではミニライブなんかもやっていて、翌年には8耐出場を目指し、「TEAM angela」を発足。同チームにはデザイナーの山本寛斎氏も参加していた。


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