100選クローズアップ編 その7 


2013/06/30 「高杉さん家のおべんとう」(553) 七巻

いやいや、今回収録のエピソードなんですが…評判悪いですねぇ…いや、「この巻読んでムカついたので全巻捨てました」的な事をのたまっている人までおりますが…そんなに酷いか?とエピソード自体よりもソッチの方に想いが巡ってしまったり。そういう訳で、今回は七巻の大擁護弁論大会、というスタイルにしましょうかね。

非難の矢面に立っているのは小坂さん。その早過ぎる再登場と、丸宮兄と付き合いだした、というのが理由な訳ですが…早過ぎる帰国に関しては…六巻の時点で小坂さんのドイツ行き、「半年」って出てるんですけどね。早過ぎるというよりコレ、予定通りでしょ。(笑)

それに、丸宮兄と付き合いだした件に関してですが…コレ、

「ハルを振って早々に丸宮兄と付き合いだして、本人の目の前で発表なんて小坂さんマジ鬼畜ビッチ」

みたいな言われ様なんですが…そもそもさ、体面上ではハルが小坂さんに振られた形になってますが、忘れちゃいけないのがその前に小坂さんが久留里に宣戦布告をしていた件だと思うのですよ。そして、仕事投げ打って見送りに来たハルに対し、小坂さんが言った台詞がコレ。

「久留里ちゃんを大切にする高杉さんを見て(中略…)でもね、さっき久留里ちゃんに言われて来たって聞いて私むっとしちゃったんです。もぉ〜ですよ。そっか、それが答えか、そう思いました。」

で、七巻で小坂さんはこの経緯を手紙にして久留里に送っている訳です。六巻の方での機内での断舎利でも描かれていますが、この場合あんまり適切とは言えない言葉ですが、小坂さんは久留里に負け、もしくは勝負から降りた、という形な訳ですよ。でもそう考えると…

…小坂さんが振った、と一元論じゃ言えないんじゃないかい?

という点。小坂さん本人が久留里への手紙でも書いていた通り、恐らくは小坂さんがハルへ抱いた好意というのは"尊敬し憧れる先輩"という点からで、そこに久留里との件があり、淡い想いに…というものなのだと。つまりは丸宮兄の「高杉先生のファン」という言葉は言い得て妙な訳です。

少なくとも、小坂さんは久留里に対し必死になれるハルに好意を寄せていたものの、それ故に自分の将来について問われても久留里の事を答えてしまう彼に対し、ハルと久留里の間に割って入り、ハルの自分の方を向かせられるかどうか…という部分で、踏み切れない部分もあった訳でね。彼女自身、飛行場での顛末まで具体的には動けなかった…というより迷いがあった訳ですよ。
そして一方のハルの方ですが、ハル側から小坂さんに明確な形でアプローチしたケースってのがそもそもあまりなかった訳です。勿論アプローチ未遂みたいなのは今まで結構あった訳ですが、形になったのは海辺で手を繋いだ位ですかね。そうなるとハルの小坂さんへの想いというのは、「何となく自分に好意を寄せてくれている様な気がする」が転じた「自分"も"気になる人」という奴だったんじゃないかと。

あ〜、結局何が言いたいのか、といいますとね、結局ハルも小坂さんも実は「振られた側」なんじゃないか、という事です、ハイ。

じゃああっさり次の相手を見つけた小坂さんに対し、ハルがぐずぐずと落ち込んでいたのか…といえば、それは「好意を寄せてくれている人からいきなり切られた」という点…いやむしろ「明確な好意を見せてくれていた人に三行半を突き付けられてしまう自身のふがいなさ」に対しての落ち込み、というのが強いんじゃないかと。

まぁ、そうでなくとも「男の恋愛は個別保存、女は上書き保存」と言いますし、男の方がグヂグヂ後を引くのが世の常という奴で。そもそも、小坂さん側だってハルに関してはまだ色々ぐるぐるしている、というのがオマケ漫画でフォローされてますからね。

で、次は丸宮兄と付き合う事になった事へのフォローですが、ドイツ行きの時と言い帰国の時といい、不器用ながらも猛烈なアピールを見せる丸宮兄に対してオマケ漫画の方で一歩引く対応も見せています。実はこの時の台詞

「君が私に好意持ってくれてるって私少しいい気になってた。ごめんなさいもうこれでやめます。あんまりにも君に失礼だわ。」

というのは、何気にハルが小坂さんに自覚ある無しはともかくやっちゃってた事、なんですよね。久留里に対してのハルは想い人、というのは現段階では違うのだけれども、ハル&久留里に対する小坂さんという構図、実はハル&小坂さんに対する丸宮兄に近いんですよ。そんな経緯を知ってか知らずか彼女に自分の好意を「難しく考えてくれなくていい」と言ってくれる丸宮兄に転んじゃったとして、別に変とは思えないんですよ、私には。

この程度でビッチ云々というのは、あーたどんだけ頭ん中お花畑なプラトニックなのよ、と。取り敢えずまだギクシャクしてはいますが、後々二人は良好な関係に戻れる気がするんですよね。少なくとも嫌いあって別れたのではないのですから。

更に、丸宮兄に対しても「寝取った」みたいな言い方をされてますが、ハルと小坂さんの顛末が彼にとっては都合が良かったとはいえ、コレは彼のマメなアピールの賜物ですよね。卒論の時にハルに助けてもらった事とかまで引き合いに出す人もいますが、「それはそれ、これはこれ」という奴ですし、そもそも小坂さんへの想いに関してはハルにも隠すことなくむしろ挑戦状叩きつけていた訳ですからね。それを「寝取った」みたいな言い方は幾らなんでも可哀想だろ、と。

で、そんな丸宮兄に対し、崖下りで競争、なんて子供っぽい形で意地を見せようとするハル、というのも面白いし、らしい展開だと思うのです。女性陣にはそれそのまま「子供っぽいし大人げない」と不評というか、呆れられてますが、ホラそこは

「あえて言わせてもらうけど男ってのは余計なことする生き物なんだよ!余計なことして成長するってゆーか」

ですから。(笑)
現にこの経験を糧に七巻では今まで牛歩的だったハルの人間的成長、というモノが顕著に出ていると思うのです。(久留里に対する頑固親父モードとかはともかく/笑)

で、作者サド説まで唱えられてしまっているハルの不幸っぷりですが、今回の巻では彼の不幸っぷりというか、残念っぷりに隠れて、周囲の人間からの彼への高い評価が見えていますよね。風谷先生然り、元老院然り、ポストが消滅してしまった相手方の教授といい…勿論、久留里や小坂さん、丸宮兄にしてもそう。そして小坂さんからは今後の道に繋がりそうな提案まで受けている訳です。コレはもう物語の谷の部分で、これからが山場、という事なんじゃないかと。

作者の柳原望先生は、緩急のつけ方というか、山場の作り方…ひいては物語全体の構成が上手い作家さんだと私は評価しています。六巻から続き、今回の七巻はコミックスの構成上、ハルにとっては谷ばかりでどん底な印象になっちゃってるんのかも知れません。でもその一方で周囲から評価を上げている事が描かれ始め、物語の根本でもある美哉が失踪した理由、そして彼女の娘である久留里がハルの元にいる理由…そのミッシングリングについての伏線ともとれるものも提示されています。世間じゃ非難轟々なこの七巻ですが、実の所物語を収束させるにおいて非常に重要なものなのでは?と思うのです。

だからね、”捨てた”とか”見限った”とか言うのはまだ早計なんじゃないかな、とワタクシは強く主張いたしますよ、と。

ウチの「クローズアップ」でコミックス発売毎にレビューというか、感想を書いている作品は本作の他に「アイリスゼロ」がありますが、アチラはドラマCD化直後に作者(作画担当)の体調不良により休載中となっているので、「高杉さん家のおべんとう」には頑張って欲しいんですよ、ええ。

…いや、勿論「アイリスゼロ」だって続きが出るのを幾らでも待ちますけどね。(笑)


2013/05/06 「セーラー服と重戦車」(417)

「ガールズ&パンツァー」のまさかの大ヒットにより密かに知名度というか、認知度が上昇しているような気がしないでもないのがコチラ、「セーラー服と重戦車」という作品。この作品、実はあの悪名高い「チャンピオンREDいちご」から本家「チャンピオンRED」に移り、そこそこ長期間連載されていた作品ではあるのですが、何故かwikipediaに解説ページが出来なかったりと人気があるんだか無いんだか良く分からない作品でもあったりします。

物語は、島田かのん率いる野良中戦車同好会が、パンターF型を仲間と駆り最強の戦車乗りを目指す…というモノなのですが、フツーの日本の片田舎にフツーに戦車があって、女の子(だけではないんですが)が戦車に乗って戦う…という基本設定然り、実弾撃ちまくってるのに人が死なない、最強の戦車乗りを決める大会がある…といった「ガールズ&パンツァー」の基本的なフォーマットは実はこの「セーラー服と重戦車」が確立したものだったりします。本作の作者である野上氏が「ガールズ&パンツァー」の制作にも参加しているので、本作が恐らく「ガールズ&パンツァー」の叩き台として使われた…というのは想像に難くないのではないかと。

そういう訳で、実は「ガールズ&パンツァー」でネタになった事の多くは、実は「セーラー服と重戦車」にて既に通ってきた道だったりします。例えば、

女の子が戦車で戦う
実弾を撃っても人は死なない
高級車を戦車で踏み潰す
負けたら恥ずかしい罰ゲーム
紅茶を手放さないイギリス人(かぶれ)
独裁的なソ連人のリーダー(かぶれ)
実在する町が戦場になる市街戦
パンツァーリート
パンツァーカイル
昼飯の角度

…といった具合。まだまだ探せばもっとあるかと。
個人的には序盤でやっていた「チキチキ戦車レース」みたいなのをもっと本格的、大規模にした奴を見たかったな、と。3輌ずつのチーム戦にして、足が遅くて図体がデカい重戦車で足止めして、その間にすばしっこい軽戦車を逃がす、とか、先行していたと思った突撃砲がアンブッシュ…なんて面白いと思うんですよ、ええ。

さてさて、こうなるとじゃあ何で「セーラー服と重戦車」をアニメ化、じゃなくてわざわざオリジナルの「ガールズ&パンツァー」にしたの?という疑問が出てくる人もいるでしょうね。この理由…というのなら説明は簡単。

エグいから

でしょうね。

先ずは分かり易い所でエロ描写。コレがかなり露骨。無駄なパンチラ当たり前、どころか捲ったらノーパンだったりしますし、局部こそ隠してますが乳輪までは見せちゃってます。それどころかおしっこシーシーのポーズだの、スリングショットやらブラジル水着で男子と混浴した挙句ソープごっこするわ、モロにチ○コの形したチョコバナナを咥えたり、後ろ手に緊縛されて口にサラミ突っ込まれたり、ボンテージで三角木馬に跨るわ…完全にやり過ぎな描写のオンパレードです。しかもコレ、設定では”中学生”ですからね。(苦笑)

しかも、えげつないのはエロ描写だけではなく、ミリタリーネタに関しても共通だったりします。例えば

「私は敗北主義者です」の看板ぶら下げられて木に吊るされる
100輌vs1輌のバトル
現用AFV数輌と第二次大戦期の骨董品1輌のバトル
ラーテやオブイェークト279、といったマニアックな戦車
パンジャンドラム等の珍兵器
時として行われる歩兵と連携しての戦闘
スターリングラードよろしく後退しようとする仲間を背後から撃つ
T34ベースのハリボテティーガー

といった具合。エロやミリ関係以外でも、「孤独のグルメ」や「ランボー最後の戦場」のパロ、「ヘルシング」のインテグラそっくりな野良中生徒会長、といった具合に作者がやりたいネタをやりたい様にやってしまっている作品なんですな。だから、作者と波長が合うファンにとっては心地良い作品になりうるものの、そうではない人にとってはただ単に「悪ノリが過ぎる」と受け止められてしまうのでしょうな。そんな訳で恐らくは「ガルパン」のヒットの柳の下のドジョウ狙いで本作に白羽の矢を立てたアニメ制作会社がいたとしても、コレをそのままアニメにしたら多分大火傷をする羽目になるでしょうな。

「セーラー服と重戦車」は作者が自身の趣味がマイノリティーだと自覚しつつも正直にそれらを真正面からやっちゃった作品で、それに対して「ガールズ&パンツァー」はマイノリティーな要素を分析し、ある程度フィルターをかけて敷居を下げた作品、と言えるんじゃないかと。だからこそ、やっている事は殆ど変わらないのに一部のマニアには評価されたもののひっそりと終わった感のある「セーラー服と重戦車」に対し、「ガールズ&パンツァー」は戦車に興味が薄い層すらファンとして開拓、獲得する結果になった訳でしょうな。

コレが「セーラー服と重戦車」と「ガールズ&パンツァー」の違いでしょう。無論、両作品に優劣はないですし、両作品共に主人公達が戦える理由というのが「仲間への信頼」である事など、共通して評価して良い部分だと思います。戦車ってのは一人で動かすモンじゃないですからね。

ただ、私の場合「セーラー服と重戦車」を先に経験してから「ガールズ&パンツァー」だったので、女の子が戦車乗って実弾でガチンコの撃ち合いをやる…という、奇特な設定にもすんなり入れたのかも…というのは感じています。思えば、「ガールズ&パンツァー」の冒頭で切ってしまった人の意見を鑑みるに、初見だった場合に感じる筈の違和感を無視出来た、という点でも「セーラー服と重戦車」はプラスに働いていたのかな、と思ったり。

そういう意味で言えば、ワルノリっぷりに引いたクチではあるのですが、案外感謝もしてるんですよね、「セーラー服と重戦車」という作品には。


2013/04/14 「靴ずれ戦線」(800) 完結記念

第二次世界大戦をネタにした作品というのは漫画の世界でも多い訳ですが、今回紹介する「靴ずれ戦線」という作品はその中でも代わり種、と言える部類でしょうね。この作品、所謂独ソ戦…ソ連風に言う所の”大祖国戦争”を題材としたものですが、隻眼の戦車中隊隊長が「オレのケツをなめろ」…みたいなモノではなく、ソ連の内務人民委員部所属の型物女性士官・ナージャと、何故か関西弁で喋る”鶏の足が支える小屋の娘”魔女ワーシェンカの珍道中を描いたモノ…つまりは史実を題材にしつつも根っこにファンタジーを持ってきている訳ですね。

ちなみに、前述した隻眼の戦車中隊長と何度も戦うガラの悪いソ連戦車兵が言う「魔女の婆さん」とは、本作ではワーシェンカの師匠的な存在として冒頭に登場するバーバ・ヤガーの事だったり。

ともかく、日本人にはかなり馴染みが薄いであろうロシアやヨーロッパの伝承に登場する様な魔女や精霊、妖怪といったモノが登場するのでやや分かり難いというか、マニアック過ぎる印象を読者に与えがちなれど、作者自身の絵柄と作風が敷居が高くなり過ぎるのを上手く中和している様な作品でして、何気に「女神転生」といったゲームに登場したりもするのでそういった部分で注目しても面白いかと。

ただこの作品、面白いのは人類史上最大の地上戦である独ソ戦という史実から来る凄惨さ、悲壮感と、それに対する作者の絵柄やファンタジーな題材を用いたことによるほのぼの感…このどちらにも偏っていない奇妙なバランス感覚でしょうか。単行本には作者によるメカコラム「螺子の囁き」やロシアも含むヨーロッパの文化や風俗等についてのコラムがあったりして、豆知識的な形で物語を補完してくれるのもグッドです。

ちょっと歩けばそこに死屍累々が…というのが、ともすれば「悲劇!!」みたいな風に描かれてしまいそうなモノも、この作品にかかると何ともドライに…ただ、事実としてそこにある、という様な感覚になっているのです。コレ、実はロシアやヨーロッパの伝承とかを元にしたファンタジーを戦争という極限の超現実と同列に扱ったから、なんじゃないかと。

魔女や妖怪、精霊にとって戦争と言うものはただただ厄介で騒がしいだけのシロモノ。人間がどういう風に別れてどういう理由で殺し合おうと、彼等は知ったとこではない訳です。そもそも「いずれは死ぬ」というのは摂理であり、彼等にとっては戦争云々以前から「死」という概念は常に隣にいる身近な存在。だから、誰が死のうが殺そうが…淡々と、ひたすらドライな訳です。この部分がこの作品の”妙”かと。「死ぬ時は死ぬさ」的なノリが、「だったらいつか分からないその時まで楽しくやろうぜ」という風に変わるんですな。そういう意味で言えば、感情先行で仰々しく戦争批判をするような作品よりもマトモな生き死にについて…もっと言えば命について雄弁に語っているといえるかも知れませんね。


2013/03/20 「閃光少女」(914) 二巻

よく、オリンピックとかの日本代表の選手が、試合前とかのインタビューで「楽しみたい」なんて言いますよね。ワタクシ、この言葉に何と言いますか…ずっと違和感を感じていたのです。いやね、生来のへそ曲がり、ナチュラルボーン天邪鬼な私ですからして、他の人は別に普通の言動だと思っている…というのは分かっているのですが、どうしても引っかかる…何故か?

別に、「楽しみたい」という言葉を試合前にワザワザ言う意味、必然を感じないのですね。「勝ちたいです」とか「頑張ります」ならともかく、「楽しみたい」というのは…変な感じがしませんか?私だけですか、そうですか。

いやね、人様の言葉尻とらえて嫌な感じだと言われればそれまでなのですが、選手に気の利いた事言え、とは思ってませんが、「勝ちたいです」とか「頑張ります」なら「おう、頑張れよ!」となりますが、「楽しみたいです」では、正直見ている側は「ハァ?」ってなっちゃいませんか?何と言いますか、「楽しみたい」という言葉がもう、じゃあ今まで大会に出るまでは楽しんで無かったんかい、とも思えてしまいますし、何より大舞台を前にしてこの言葉…違和感があるんです。なんだかインタビューの受け答えに感じられないのです。

ココで今回の主題、「閃光少女」の二巻の最後のエピソードですよ、はい。

「閃光少女」…とグーグルで検索すると、東京事変のなんたら…みたいなモノばっかり出てきちゃうんですが、コレはフラッパーに連載している高校の写真部を舞台にした作品で、書いているのは同誌にて「夕焼けロケットペンシル」でデビューしたあさのゆきこ先生。
プロの写真家を目指していたが、人付き合いが苦手で結局挫折してしまった主人公が、幼馴染の誘いで母校の写真部の顧問として働く事に…という作品です。

人見知り…というより人嫌いなレベルだった主人公が、個性豊かな写真部の部員と共に過ごすうちに徐々に心を開き、挫折したトラウマを克服し写真への思いを取り戻していく…というものなのですが、この二巻の最後のエピソードが、今回の記事…というより私の疑問にある種回答してくれていたのです。

中身はこんな感じ。
主人公の濱野はかつての恩師・柏倉と再会し、自分が名門校の堂之島高で写真部の顧問をしており、後学の為に堂之島高の暗室を見学に来る様に勧められる。かつての関係(濱野は柏倉に対しあまり良い感情は抱いていない)から気乗りしなかったものの、部員達に乗せられ見学に行くことに。
そこで紆余曲折があり、堂之島高の写真部部員と合評をする事になるのだが、それを柏倉に見つけられ咎められる。

自分の生徒は自分が手塩にかけて育てている。
指導はコンクール用に特化し、与える教材もテーマも全て自分が厳選した良いものを与えている。
そんな生徒に低次元な作品を見せて、感性に「泥」を混ぜるな。

…これに関し、主人公や写真部の面々が起こしたリアクションに関しては、是非作品を読んで確認して頂く、として、今回注目したいのは堂之島側の写真部員達のリアクションです。彼等は柏倉により合評を中断された後、濱野達が忘れていったアルバムを見つけ、合評の時は口にする事が無かった彼等の写真に対しての本音をつぶやきます。そして、自分を指導してくれている柏倉に関して、次の様な言葉を

コンクールに入賞してより多くの人に認めてもらう為にはあんなに頼りになる先生はいない。でも、本当にモノクロの世界に閉じ込められているみたいだ。

コレを読んでですね、私は先じて書いている、試合前に「楽しみたい」というオリンピック選手、というのもそういう事なのかな、と思ったのです。オリンピックに出る様な選手は一流の才能があり、そして常人には計り知れないほどの努力をしてその舞台に立っている訳です。勿論、そこに至るまでに優秀なコーチからの指導とか、優秀なトレーニング器材、道具といったものを提供されたり、といった、本人だけでは完結しない部分の要員もある訳です。
…で、最近スポーツ界で体罰、セクハラ、パワハラが問題になってますよね。女子柔道の選手のリークから始まり、学校関連とかのスポーツ指導にまで飛び火している訳です。そういえば体罰をしたコーチが、「勝利至上主義の重みに耐えきれず…」なんて言い訳してましたが、そういうのって少なからず選手側への影響って奴もあるんじゃないかと。

昨今のスポーツ…所謂プロスポーツではないものに関しても、言われてる程”健全”じゃないですよ。なんせ巨額の”カネ”が絡んでますから。先ずドーピング問題とか、一時期水泳のレーザーレーサーとかあったスポンサーとかが絡む道具の問題、それから今回の体罰問題でも取り沙汰されている国からの助成金とかの問題もそう。選手個人だけで済むレベルではなく、いやがおうにも多くの人間を巻き込む訳です。

で、選手本人にしたってステロイドだのなんだのの投与とまではいかなくとも、人として生きる為の機能をギリギリのラインでコントロールしたりする訳ですよ。よく、健康の為にスポーツを…なんて言う人がいますが、スポーツもテッペン狙うまでやるなら、むしろ不健康なまでに自身の身体を虐め、改造しなくてはならない訳です。スポーツ選手とかが怪我で離脱…なんて良く聞く話ですが、スポーツをやって鍛えている筈なのにしょっちゅう選手って怪我するよね、なんて思った人もいるんじゃないかと。コレ、ギリギリの身体でやってるからむしろ怪我とかに弱い、という事でもある訳ですよ、ええ。

そういった諸々の重圧…それこそ「いっそやめたら楽になれるのか」と思ってしまうレベルのものがあるからこそ、競技前に「楽しみたい」と暗示をかけているのではないかと。即ち、彼等は変な重圧から耐え、自身がその競技が好きだった事を再認識する為…言わば自分自身に言い聞かせているのではないか、というのが今回私のだした結論になります。

…スポーツモノの漫画ではない「閃光少女」でこんな事を言いだしてしまう私も変だとは思いますがね。ま、私は自他共に認める”変わり者”なので。

あ、「閃光少女」という作品、写真部…つまりはカメラをネタにした漫画ではありますが、マニアックなカメラネタとかは極力抑えられています。物語もカメラとか写真撮影の技術的なウンチクもあるにはありますが、所謂青春学園モノというスジがキッチリしているのでカメラに興味ない人でも普通に読める作品です。この辺は前作「夕焼けロケットペンシル」での文房具ネタにも通じる部分ですね。

あさの先生、基本は暖かい話を展開する人ではありますが、時にキッツイ展開とかも用意して山場を作るのが上手い作家さんなので注目しています。そういえば今回も歳の差カップルネタだなぁ。「夕焼けロケットペンシル」の場合は悲恋でしたし、私などむしろエビス君を応援してましたが。(笑)


2013/03/15 「無限の住人」(11)完結記念 その3

さてさて、今回で「無限の住人」完結記念のコラムは最後、という事で、今回は最終巻の各ポイントについて書いていこうかと。

先ずは凛と万次さんの別れのシーン。コレ、19年間という長い年月の割に、言葉を交わす訳でもなく、振り返りもせず江戸を去る万次さんと、凛と百琳さんが遠くから見送る、という形に。凛の方がもう自分が万次さんと共にいる理由が無い、万次さんは彼を必要とする人の隣にいるべきだ、と語らせ、それを百琳さんに「もっと正直になれ」と云われるものの、結局は追いすがる様な真似はせず、その場に泣き崩れるだけ…という形になっています。掲載期間19年を費やした割に、かなりあっさりとした別れ…と思う人も多いでしょうし、凛と万次さんにはまだ一緒に旅を続けて欲しかった…なんて考えちゃう人も多いかと思います。

…ですが、私はコレ、良い形で区切ったな、と思いますね。確かに二人の過ごした日々は濃密かつ鮮烈だった訳で、二人とも多くの人と出会いと別れを経験してきた訳です。勿論、万次さんは凛に対し、凛は万次さんに”情”が移っていたのは間違いないですよ、ええ。凛の方はハナッから万次さんに対し、ただの用心棒以上の深い信頼…いや最早恋愛感情にすら近いものを持っていた訳ですし、万次さんの方とて自分のせいで心を病み、挙句自分のせいで殺されてしまった亡き妹の面影を凛に見ていた部分は少なからずあった筈。両思いだったら一緒に旅続けちゃえばいいじゃん、的に思う人の気持ちは、まぁ私も分かるのです。

でもね、私は二人の別れを見ると、敢えて道を違えるのも”情”なんじゃないか…と思うのです。加賀編にて、単身天津を追って加賀に向った凛をかなりムチャをやって万次さんは追いかけます。これと同じ様に、凛もまた、不死解明編にて囚われの身となった万次さんを危険を冒して助けようと動き、騒動を起こした…という点。この点と、最終巻での万次さんの何気なく発したこの一言が別れのシーンの”理由”でしょう。

「己は凛に、てめェと逸刀流の事を忘れてのんべんだらりと暮らさせてやりてェだけなんだよ」

万次さんは百人斬りの凶状持ち…お尋ね者な訳です。逸刀流や吐達とのイザコザで忘れられている気もしますが、仇打ちの件が一応解決していたとしても、凛が万次と共に旅をするには危険が付きまとう訳です。かつて幸せに暮らす妹の全てを奪い、挙句に守り切れず死なせてしまった万次さんにとってコレは享受できない部分でしょうね。同じ過ちは…という点からも。ですからたとえ凛が万次さんにすがったとしても、その手を振りほどき別れを選んだ筈…と思うのですよ。

更に万次さんと凛には決定的な違いがある訳です。そう、万次さんは”死ねない男”である点。仮に万次さんと凛が今後も旅を続けるにしても、やがては別れが来る訳です。しかも、凛が老衰で死んだとしても万次さんは今の姿のまま…な訳です。この辺も少なからず理由に含まれているのでしょうね。

そして、それを分かっているからこそ凛は万次さんとは別の旅路を選んだのでしょうね。万次さんを見送るシーンでの百琳さんとの会話…あれは誰あろう自分自身に言い聞かせていたのだと。同じような形でも「ロードス島戦記」のパーンとディードリットとは真逆の形ですが、これも一つの”情”の形ですし、「無限の住人」らしい引き方なのではないか、と思うのです。

最後、万次さんが90年後に恐らくは…というより間違いなく凛の子孫である布由と出会った…という事で、万次さんと凛の”情”が…なんだか変な言葉ですが、報われた、と思うのですよ。そう思うと、本編のラストシーンで万次さんの手を布由が握るシーンに対し、カバー表紙にて、万次さんの手を握ろうとして躊躇している様な表情を見せる凛…というのがなんとも…上手いよなぁ…と。カバー裏に描かれた布由と万次さんと、表紙捲ってすぐに描かれた凛と万次さんの対比、も。

あ、90年後の万次さんについてですが、ネット上での最終巻の感想なんかでも「万次さん天津の事忘れちゃってるじゃん」というツッコミが結構見受けられますね。(笑)でも、最後に布由が握った万次さんの右手…これはおそらく天津のものなのでしょう。万次さんの事ですから、

「己に忘れないでいろ、じゃなく手前で顛末見届けやがれ」

なんて言って天津の右手を自分につけたのでしょうね。

ともあれ、沙村先生、お疲れさまでした。そして、ありがとうございました!!
「ベアゲルター」の方も期待しておりますよ、と。


2013/03/15 「無限の住人」(11)完結記念 その2

さて、最終巻で遂に凛の復讐の旅も完結…という訳ですが、最終巻のキーワードは天津と万次さんのこの会話なんじゃないかと。

天津「…とはいえ、私は逃げるし、お前は死なぬ。そうして10年20年経ってみれば、100人斬りも逸刀流も不死実験もすっかり忘れ去られているかもしれん」
万次「そいつらに殺された人間の友人・家族以外はな」
天津「そうだな…ならば後腐れのないようにいっそ殺していくか」

天津の言う100人斬り、逸刀流、不死実験しはそれぞれ万次、天津、吐の「罪」ですよね。いや、コレのせいで立ち止まれず、引き返せなくなった事”そのもの”と言えるかも。万次は上司の不正を見かねて斬り、それが原因でお尋ね者となり100人の追っ手を斬った万次さんは八百比丘尼により死ねない身体にされてしまう。天津にとって逸刀流は自身の理念、悲願を現実にする為の手段であり道具…掛け替えの無いものであると同時に、切り捨てたい筈の祖父の怨念そのものでもある訳です。吐にとって幕府の為にやった筈の不死実験が原因で逆に幕府に「死ね」と命じられ結果破滅に向かう訳です。

でもそんな事は市勢の人々にとっては一時話題になる事はあれど、結局は記憶の隅に追いやられ、やがて忘れ去られていく定めな訳です。それは対峙する二人は痛感している筈。万次さんは死なない身体故、天津はそれでも自分で何かを変えたいと信じたいが為。

でも結局、天津の台詞には矛盾があった訳です。海外へ逃げる事により、自分自身が蔑んでいた筈の祖父の行為…己が野心を未来に、子孫に託す…それを繰り返そうとしていた訳ですから。だからこそ凛は天津を刺したのでしょう。そして自分に刃を向ける凛の姿を見て天津もこの事に気がつかされ、彼女の刃を受けたのだと。凛の行動は天津に対して告げていた

「逸刀流が最後に到達するにしても、待ってあげるわ…抗うのか滅びるのか。そして結論が出た時に”私が貴方を殺しに来る、必ず”」

通りの行動だったのですね。で、恐らくはこの時、天津への憎悪や復讐心というのはゼロではないのでしょうが、あまり無かったのではないか、と。むしろ凛の胸中にあったのは天津に対する憐れみかも知れません。ただ一つ言えるのは、凛が天津を刺したのは恐らく…自身の為ではなく天津の為だったのではないか、と。

エピローグにて、練造が凛…いや復讐を評して言った台詞

「仇打ちの大部分は死者のためじゃなくて、自分のため 討たなければ前に進めないと思い込むから…そうするんだと思います。でも…本当にそうでしょうか。己はあの女を斬ればその日から心穏やかに過ごせるんでしょうか。あの女は天津影久を斬る時何の躊躇もなしに斬れたんでしょうか。すっきりしたんでしょうか?
あの人がどうすれば正解だったか…なんて事は己には判らない。それが判らないもんだからどう恨み言を云えばいいのかも判らない。判るのは、討っても討たなくてもスッキリしない事だとしたら結局それは無意味な事だって事だけです。そんな無意味な事に月日を費やすくらいなら一日も早く絵で食えるようになってこれが正解だったんだとあの女に見せつけてやりたいです」

という台詞…まさしく健全かつ正論ではあるのですが、こと凛の復讐劇、ひいては凛が最後の最後で天津を刺した事に関してだけは、ある意味”的外れ”でもあるのかと。練造というキャラクターは序盤にて登場しますが、再登場は半ば過ぎ…むしろ終盤です。無論凛や万次と行動を共にしていた訳でもありません。でも彼と違って我々は凛と万次さんの旅路にずっと付き合っている訳ですからね、彼の言い分は痛いほど分かるし正論そのものなのですが、ことこの件に関しては”そうじゃないんだ”と言える訳ですよ。コレは、作品にずっと…最後まで付き合ってきた読者の特権なんじゃないかな、と思うのです。

思いの外長くなってしまったので次回持ち越し…ハッ!!コレって「クローズアップ」じゃなくて「偏愛録」でやりやぁ良かったんじゃないか?(苦笑)


2013/03/15 「無限の住人」(11)完結記念 その1

沙村広明先生のデビュー作にして代表作である「無限の住人」が完結いたしました。私がこの作品と出会ったのはまだ学生時代ですから、連載足かけ19年、というのもなんとなく感慨深く感じてしまいます。
その出会いは、アフタヌーンにて先んじて連載していた岩明均先生の「寄生獣」がキッカケでしたね。単行本をタイトルの面白さと絵柄から気まぐれで買った「寄生獣」があまりに面白かったので、こんな作品が連載されている「アフタヌーン」という漫画誌…他にもさぞかし面白い作品が隠されているに違いない、と書店でアフタヌーンの単行本を色々と見て回っていた際に見つけ出した作品でした。当時は確か2巻までリリースされていたかと。
もうね、トーンを使わない荒々しくも繊細な絵柄と描写力、キャラクター造形やその台詞廻し、時代劇と銘打っておきながらそれまでのどの時代劇漫画とも違うであろうその独特の雰囲気、世界観…尽く自分の好みと合致する物語で、もうこの出会いに感動すらしたものです。
派手な人気はありませんでしたが、「侍」というゲームに隠しキャラクターとして万次さんが登場していたり、何年か前にまさかのアニメ化があったり…とファンから確かな支持をされていた作品です。思えばこの漫画からだったかも知れません。私がマニアックな作風の漫画を好んで読むようになったのは。いやはや、罪な漫画です。(笑)

先ずは、この漫画を知らない人に作品の概要を説明しておきましょうかね。

時は江戸時代、国中の剣を滅ぼし、あらゆる流派を統一せんと目論む剣客集団・逸刀流に両親を惨殺された少女・浅野凛。彼女は両親の復讐を誓うも、ふと知り合った八百比丘尼と名乗る老婆に自身の剣の腕が到底彼等逸刀流には及ばない事を諭され、「最強の用心棒」を紹介される。その用心棒…万次は「百人斬り」の異名を持つ、八百比丘尼に血仙蟲を身体に移植され不死となった男だった。

…とまぁ、こんな感じ。この万次さん、百人斬りの凶状持ちではありますが、それ以上に逸刀流の面々が強過ぎるのかいつもボロボロになりつつ不死の特性で何とか…というケースが多いのも特徴だったり。ちなみに万次さんは武器コレクターなのか、殺した相手の武器を自分の物にしてしまうのも特徴。万次さんの袖に多数隠されている武器だけでなく、敵の逸刀流の面々もユニークなデザインの武器を愛用しており、雑魚的な者以外で普通の日本刀を使っているキャラクターは案外少なかったりします。(吐と宗理先生位か)

ちなみにこの作品に登場する武器、ボーフォードジャパンが武器フィギュア「武(もののふ)」シリーズと同様のフォーマットでフィギュア化(武器が、です)されていたりします。恐らく、「不器用な匠ちゃん」の藍川さんなんか目をキラキラさせちゃう様な要素もある作品なのですね。

しかしこの作品、ビジュアル面での魅力も大きいので言葉だけではその魅力、面白さを伝えるのは難しいのですよ、歯痒い事に。そんな訳で、この作品を「偏愛録」のネタにしようと目論みつつも、連載中はついぞ果たせなかった訳です。

…で、この作品は明確に設定はされてませんが大雑把な章分けみたいなものがあり、単行本毎で区切るなら

・序章 1〜5巻
・無骸流登場編 5〜8巻
・加賀編 8〜13巻
・逸刀流崩壊編 13〜14巻
・不死力解明編 14〜20巻
・最終章 14〜30巻

…と、こんな感じ。各章のタイトルは最後の二つ以外は私が勝手に名付けてます。(笑)
個人的に好きなのは「加賀編」と「不死力解明編」でしょうか。後者は実はファンからあんまり評価が高くない様で、中だるみ、とか作者が趣味に走っている(作者は趣味で責め絵とかを描いている他、成年誌で責め絵をテーマにした連作「人でなしの恋」を発表してます)、的な事を言われてしまっていますが、個人的には一番好きなんですよね。

さて、今日はココまで。次回は本格的な最終巻の感想をば。


2013/02/03 ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」二巻(829)

ちょっと前、「アバター」って映画がやってたのをちょろっと観たのですが、その後発売された「ゲート」の二巻を読んで思ったのが、コレってつくづく"自衛隊"だから出来た作品だよな、という事だったり。

劇中にもありますが、銀座に突如現れたゲートの中の"彼の地"は地球とは違う異質の文化を持つ人々が暮らす、手つかずの自然等、魅力的な権益に溢れた未開の地。いきなり美味しそうな鳥の唐揚げを目の前にぶら下げられた様なもんですよね。

…いや、発送が貧困な例えですが。(苦笑)

コレ、真っ先に対応したのが日本の自衛隊ではなかったら…彼の地の「帝国」を蹂躙して植民地状態にしてしまう様なイメージか頭を過りませんか?少なくとも、自国領土に現れたゲートの中のものは全て自国の所有物、なんて理屈を駆使して占有しようと考える筈です。特に他の国の領土まで自国のもの、と言い張る様な近所の国とかね。

本作のノリが通用するのって、自衛隊が"軍隊ではない軍隊"だからなのではないかと思うのです。思えば、自衛隊って不思議ですよね。未だ一部の人からは"違憲"とか"税金泥棒"的な事を言う人もいますし、国民からも妙に過小評価されてしまっています。(調べるとホントは凄いんですけどね)

更に、報道などにより自衛官や元自衛官の不祥事はそれが「自衛官」や「元自衛官」である事をことさら強調されます。別段自衛官の犯罪が他の職業に比べ犯罪を犯す率が高い訳でもないのに、です。でも、先の東日本大震災や阪神淡路大震災では先頭切って被災地に派遣され、被災者の為に尽力してくれる訳です。

正に、吉田茂元首相の防衛大の第一回目の卒業式で述べた訓辞

「君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい。」

という言葉通りの活動っぷりだと思います。ホント、頭が下がる思いですよね。これを「税金で食ってるんだから」的な事で片付ける様な真似は私には出来ませんよ。

さて二巻の中身ですが、ミリタリー物を数多く手掛けている竿尾先生の起用はやはり大正解、といった感じの出来です。もっと単行本のリリースは遅くなるかと思いきや、意外と速かったですね。私は小説の方は未読なので、どうか最後まで漫画版をキチッと完結させてほしい、と切に願ってます。

余談ですが、「ゲート」の主人公・伊丹はオタク趣味の持ち主として描かれていて、彼の率いる小隊にも同じような趣味の持ち主がいますが、実は現実の自衛官の人にもオタク趣味を持っている人が多いんだそうです。

そういえば自衛官募集のポスターってアニメ絵のものもありますし、基地なんかのイベントとかでアニメキャラとかのノーズアートとかが描かれていたりもしますよね。こういうノーズアートとかは隊員さんがイベントとかを盛り上げる為に「自腹で」やってるんだそうですよ。勿論、イベントが終わればこの手のペイントは塗り替えられるんだそうで。

…この手の話題に「税金の無駄遣い」なんて噛み付いていた人、自衛官の方々に謝りなさい。(笑)


2013/02/01 クローズアップの外伝的なネタ。

取り上げるのはまだ未紹介の作品今度アニメ化する、という「特例措置団体ステラ女学園高等科」という作品です。

この作品、早い話が寮で同室になった先輩に誘われてサバイバルゲームを楽しむ部活に入部する事になった新入生が、先輩らとサバゲ―を仲良くワイワイやる…というものです。何でもファミ通に本作の前身とでもいうべき中等部を舞台にした4コマがあったらしいのですが、コチラは月刊ヤンマガ連載作品の(一応)ストーリー漫画です。

まぁ、基本的には非スポ魂なぬるい部類の部活漫画なのですが、ココで注目しないといけないのは彼女らの年齢。高校生って、3年生、もしくは留年でもしていない限り18歳以下ですよね。

…多くの自治体では青少年保護育成条例でエアソフトガンは10歳以上用と18歳以上用に大別されていまして、18歳以上のものは多くの自治体で有害玩具指定を受けていて、購入に年齢制限がかけられています。もっとも、「親が買い与えてしまう」「小売店が無配慮に販売してしまう」といった形で、下手すれば小学生でも18歳以上のエアガンを所持していたりするケース…決して少なくないのです。

…で、この作品、明言はされていませんが恐らく東京マルイ製と思しきトイガンを女子高生が普通に所持しているだけでなく、主人公達がトイガンを買いに行く…というシチュエーションも。

いやいやいや、この作品はフィクションです。私は現実世界と架空世界をごっちゃにモノを言う気はありません。でもコレ、ヤバくないですか?

例えば、「ガールズ&パンツァー」では女子高生が戦車に乗って実弾で戦う訳ですが、コレは作品内で「そういう世界のお話」という事が明言されています。そもそも、「ガールズ&パンツァー」にハマって戦車に乗りたくなった人がいたとしても、現実ではそれは自衛隊に入隊するか、何かのイベントとかでしか不可能な訳です。でも、この「ステラ女学院」での描写…実際にやろうと思えば出来ちゃう訳ですよ。高校生がフツーにアメ横の○ァースト辺りにエアガン買いに行っちゃうって事が。

それをね、危険だ、ケシカランという気はあんまりないんですが…万が一、コレがアニメ化とかした後に調子に乗ったガキが駅前でエアガンを乱射して怪我人とかが出たとします。その時、本作が今のままならばマスコミとかにやり玉に挙げらる可能性が極めて高い、という点は本作の作者や編集者、アニメ化に動いたスタッフ達は理解しておくべきだと思うのです。つまりは「犯罪の片棒を担いだ」と非難される恐れがある、という事を。

エアガンやモデルガンというのは、そういった趣味に興味が無い人が考えている以上に世間では白い目で見られ易い趣味です。また、これを悪用する者が多くいるもの残念ながら現状。ルールを守って楽しんでいる人しかいないのなら金属製のモデルガンの銃身を塞いで金色に塗ったり、海外製電動ガンのバネを切って初速を落とす必要もない訳です。

また、現実と架空世界を混同する奴なんかいない、というのなら良いのですが、それが上手くいっているのなら良いのですが現実は…そうじゃないですよね。

実際には白昼堂々公園で18歳以上用電動ガンを使ってサバゲ―ごっこする中学生が堂々と動画をyoutubeにアップして、それを指摘されて慌てて削除…なんて事が起きている訳ですし、なおかつこう言った行為に対して注意とかされようものなら自身の身勝手かつ幼稚な理論を駆使して開き直る輩もいる訳ですよ。

だからこそ、例え無粋と言われても何がしかの「配慮」はすべきなんじゃないかと思う訳ですよ。例えば枠外にエアソフトガンの使用における注意喚起を載せておく、とか。こういった配慮って、嫌な言い方になりますが、いざ何か起きた時にこういう配慮は自分達を守る事にもなる訳ですしね。(逃げ口上、と言われればそれまでかも知れませんが)

今回は、アニメにもなるサバゲ―を題材にした漫画、という事で手に取った本作のあまりの無配慮っぷりにビックリして筆を執った次第なのですが…神経質に考え過ぎでしょうか?周囲からはあまり良い顔をされない趣味を題材にするからこそ、一定の配慮は絶対に必要だと思うのですが。


2013/01/27 「我妻さんは俺のヨメ」第四巻(770)

いきなりですが、私には聞くと絶対に…もう条件反射的に泣きそうになってしまう歌のフレーズがあるんです。一つは、ココでも何度も話題に出しているさだまさしさんの「償い」での

♪神様〜って思わず僕は〜叫んで〜いた〜彼は赦されたと思っていいのですか〜

のくだり。そしてもう一曲が、最近カロリーメイトのCMで女の子が歌ってる事でも知られる中島みゆきさんの「ファイト!」における

♪戦う〜君〜の歌を〜戦わない奴らが笑う〜だろう〜

のところ。CMとかで軽く流れているだけでもダメなので、この2曲は人前で聞きたくないのです。

…で、今回の「我妻さん」ではこの歌の歌詞が引用されているんですよ。しかも、歌詞が作品のシーンに上手く溶け込むような非常に上手い形で。まるで…そう、「3年B組金八先生」の第二期で、加藤と松浦達が警察に連行されていくシーンのバックに流れた、やはり中島みゆきさんの「世情」の様な形です。

この「我妻さん」4巻、週間に移籍してからシルヴィアのポジションが改めて明確にするエピソードがあったり、謎の非モテ組織「GIA(ゲス・インテリジェンス・エージェンシー)」の登場、相変わらずの我妻さんの完璧超人っぷりと、♪それにつけても俺たちゃ何なの〜、なDX団メンバーのアホっぷり…見どころ満載なのですが、私としてはやはり、「ファイト!」の引用が大きい巻、と言わざるを得ません。

…しっかしこの漫画、メインで描かれるのはナウでヤングなティーン達な訳ですが、作中で使われるネタ…少なくとも30過ぎてないとついてけんだろ…ってネタが多いんですよ。正直、キャラクターではなくスジとしての学園ラブコメの面白さ、という点では正直然程抜きん出た印象はないと思うのですが、それでもこの作品に惹かれる…という理由は、最早遠い過去になってしまった…そこはかとなく漂う古臭くも懐かしい昭和の匂いにあるのかも知れません。

蛇足な余談ですが、植村花菜さんの「トイレの神様」が流行っていた時、ラジオだかテレビで流れていたこの歌に対して知人に

「コレってさ、要は『親父の一番長い日』だよね」

と言ったら、「何を言ってるんだコイツ?」みたいな顔をされてしまいました。でも、自分で言うのも何ですがコレ、「言い得て妙」だと思うんですよ、はい。


2013/01/19 「銀の匙」 6巻(679)

今日のニュースです。
本日未明、北海道の大蝦夷農業高校にて同校の生徒・八軒勇吾さん(16)が犬の散歩中に学校の敷地内で倒れているのを級友に発見され、救急車にて搬送されました。八軒さんの命には別状ないとの事です。
八軒さんは同校の学園祭の準備で過剰な業務を抱えており、その疲労により意識を失ったという見方が浮上しており、学校関係者の管理に不備が無かったか現在捜査中です。

…と、いきなりネタばれですが、ぶっ倒れてしまった八軒君。次巻では搬送先の病院に手遂に父親と対峙…という展開になる様ですが、今までは八軒君視点からしか描かれていなかった彼の父親ですが、息子が倒れた際に病院に駆け付けたとしたのなら、不器用かつ一方的故に分かりあえてはいないものの、考えようによっては案外息子想いの良い父親なのかも知れませんね。

それはともかく、この巻では八軒君の部活ネタ…初めての試合が中心となってます。馬術とか、オリンピック出場期間で法華津選手がギネス記録持ってる、なんて雑学的なネタでしか知らなかったので、そんなに濃い描かれ方はしていませんが、中々興味深かったですね。

印象的なのは、自身の気負いを払拭する為にマロンではなく自分の足を鞭で打ちすえるシーンでしょうか。若い時程自分のカッコ悪さって認めたがらないもんなのですが、こういう土壇場で認めて開き直れる…というのは精神的に強い証拠なんじゃないかな、と。受験ノイローゼで逃げ出した、という彼ですが、ここにも成長の跡が伺えますよね。

後、彼…案外熱血ですよね。負けてちゃんと悔しがり、勝つため…というより期待に応えんが為に根性を見せられる男です。思えば「断らない男」として学園祭の仕事を何でも引き受け、背負い込みぶっ倒れるまで人の為に動ける…というのは誰にでも出来るこっちゃないですよ。どこかで自制してしまいますからね。無理する事は決して美徳では無いですが、人としての共感を呼ぶのはこういうタイプだよね、と。

試合ではアキを勝手にライバル視するお嬢様?キャラが登場。この娘も中々面白いキャラクターです。勘違いっぷりもあそこまでいくと立派なもんですよ、ええ。

で、八軒君とアキ…というラブコメ青春模様にも一歩進展が。何と、アキをデートに誘ってしまった八軒君ですが、その相談時、何気に西川がやってるギャルゲーの画面が「またまたご冗談を!」「ないわーそれはないわー!!」「この○×△□野郎!!」とリンクしているのがオモロイです。(笑)

アキの方も、何気なくOKした後に吉野らの指摘で八軒君の思惑に気が付いてしまった後の、ベッドでのシーンでの悶えっぷりが可愛かったです。(性的な意味じゃないですよ/笑)

しかし、荒川センセらしい上手いドラマの流れで安定した面白さです。アニメ化されるらしいんですが、どう料理されるのですかね。この作品は深夜枠ではなく土日の夕方か朝やるべきかと思うんですけどね。

しっかしタマコ…なんでそんなあっさり痩せられるんだ…。(泣)


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