100選クローズアップ編 その10


2014/10/29 「高杉さん家のおべんとう」(553) 8、9巻 補足

さて、「あんまりにも良い事、悪い事に対して、ケジメが無さすぎる展開をしているのが批判の大本なのでは?」という意見を頂きましたので、それに関して今回は検証していきましょ。まぁ、この作品をそういう観点で批判することを否定する訳ではなく、1巻発売からずーっと付き合ってる「高杉さん家のおべんとう」のファンのイチ考察としてお付き合いください。

先ずは、ある意味ハル&久留里にとっては天敵的なポジションにも見える引っ掻き回し屋の丸宮家の面々に関して。まぁ、個人的見解からまず言わせてもらうと、そもそもそんな事を言われてしまう程キツイ事してるか?というものだったりします。

小坂さん絡みの丸宮兄に関しては7巻の時の「クローズアップ」参照ですが、他にもこの一家…特に久留里が高校に入った段階から、久留里の部活の先輩となった丸宮弟の姉連中が、悪い言葉で言えば久留里を良い様に利用している風に見えます。

例えば、兼部している部員からの文芸部部誌原稿の回収の件然り、文化祭での浴衣、そして美少女絵本のオーディション…勝手気まま、思い付きの無茶振りで久留里を振り回しているようにも見えますが、元々部誌原稿の回収は毎年恒例という事らしいですし、文化祭での浴衣の一件にしても実は久留里の方がソノカの件で丸宮弟に割とキツイ仕打ちをしてしまった件もある訳でね、しかもそれなのに単行本の書下ろしエピソードでは丸宮弟がトレードマークとも言える作り笑顔を捨ててまで、久留里に超ミニ丈セパレート浴衣を着せようと画策する姉達を止める漢気も見せてるんですよ。

フォローという点ではまるまるの試食コーナーでのバイトの件にしてもそう。一緒にバイトしたソノカが上手くこなせているのに久留里の方は生来の性格故積極的にこなせず、渡されたバイト料を辞退しようとした際、丸宮父に

「それは『仕事』をナメた発言だな、お嬢さん」

と窘められるシーンがありますね。コレ、「銀の匙」でも同じようなエピソードがありましたよね。丸宮家はハルとの絡みは兄と弟以外は然程ないんですが、割と久留里とは絡む訳で、その絡み方が何と言うか…久留里が無意識にこれまで避けていた人との接触に関して経験値を積み上げる効果をもたらしているのは間違い無い訳です。まぁこれは結果論ですし、丸宮姉妹の方は明らかに玩具扱いしている風でもありますが、その一方で久留里に好意を寄せる丸宮弟や丸宮兄に関して言えば、久留里本人には警戒されてしまうものの結構彼女の背中を押したりフォローしたりする様な言葉を発してるんですね。

丸宮一家、諸悪の根源みたいな言われ様をされちゃってますが、ハルや久留里に決定的な打撃を与えるような、言わば悪役という訳ではないと思うのですよ。オーディションの件にしたって丸宮姉妹はやり過ぎたかも的なニュアンスで「さすがにあんたはばっくれると思ったよ」と言ってますし、最終的に参加を決めたのは久留里ですからね。

…まぁ、悪評のキッカケである小坂さんと丸宮兄の件然り、美少女絵本に関してはこちらは完全に悪訳なスカウトマン青木の件にも繋がる事もありインパクトは確かに強い訳ですが、それに引きずられて坊主憎けりゃ…的に悪役扱いは幾らなんでも潔癖すぎで可哀想だよな、と思う訳ですよ、ええ。

ただね、少なくとも丸宮家、特殊な家族環境という点では共通するハルと久留里の関係についてはむしろ好意的かと思えるのです。やや構い過ぎるきらいが見え隠れするのも、そういう複雑な家族環境に関して経験則を持っているからこそなのではないかな、と。それが二時間ドラマとかでありがちな、お見合い押し付けるくっつけおばさん的になってしまっているのが難点ではあるんでしょうけどね。

続いて小坂さん。

ハルと丸宮兄との顛末については、まぁ7巻の「クローズアップ」参照で、繰り返し言うのは「実は二人とも振られた側なんだ」という事に尽きますが、7巻以降の悪印象が後を引いているのか今度はある台詞が批判されている様で。それは久留里の出生が明らかになり、事実関係を確認しようとするハルに対して発した

「どうしてですか?久留里ちゃんと高杉さん、立派な家族で幸せそうで、あちらにもあちらの家族があって、それで十分じゃないですか。それ以上どうしたいんですか?美哉さんが隠してたこと掘り返して」

…コレに関し、バレなきゃいいみたいに小坂さんは平気で浮気しそうだ、とか言い出してしまう人までいてオジサンビックリです。今まで描かれてきた小坂さんというキャラクターを全部うっちゃって何でこんな突飛な意見が出せるんかいな、と戦慄してしまいますよ、私ゃ。

この小坂さんのセリフ、7巻の書下ろしエピソードで丸宮兄が自分と小坂さんの共通点として挙げた「高杉先生のファン」ってのが大本の理由だと思うのです。それ即ち、人見知りでやや危なっかしい面があるものの心根の優しい久留里と、そんな久留里の為に必死になれるハル…そんな二人の良好な関係が小坂さんは大好きなのでしょう。それこそ自分がハルの恋人として二人の間に割って入る事を諦め、身を引いた位。そんな二人の関係が、場合によっては崩壊してしまう事が怖くて仕方ないのではないかと。もっと言えば、ハルと久留里の関係がこの一件で崩れてしまったら、自分がハルを諦めた意味もなくなってしまう…位の事まで脳裏に過ってしまったのではないかと。だからこそ二の足を踏む様な言葉を発してしまったんでしょうね。

ただそこは小坂さん、すぐに自分が口を出す話ではない、とハルに対して謝りますし、続くハルの言葉を聞いて、どう選択しようともハルならば安心できる、と分かったから最後は

「もーっっ久留里ちゃんの事になるとカッコいいんだからーっ」

となった訳です。そもそもよくよく考えればさ、心の底から「バレなきゃ今のままでいい」と思ってたのなら、ハルが高遠氏に会うのに協力なんかしないですよね。そしてその件を「心配するかも」と丸宮兄にちゃんと伝えるというのも、丸宮兄とも真面目な交際をしている証拠ですよね。

さて、最後は不義密通の子である事が発覚してしまった久留里の母・美哉。8巻以降、「浮気して子供を産んだ点」と、「高遠氏に復縁を勧めておいて後に禍根を残すことになりかねない久留里を産むのならなぜ高遠氏に離婚を求めて結婚しなかったのか」という二点が非難されている様です。

ココで注目が序盤で明かされているハルと美哉に血縁関係がなく、美哉は高杉家の養子であったという点。9巻で明かされた失踪の理由も、ハルと血縁がない事、そしてハルの血縁者を自分が原因(と思っている)で死なせてしまった事による自責の念、というのが大きかった訳です。そんな彼女ですから、恐らくは家族…それも血縁に強い憧れをもっていたのではないかと。

ハルの両親の事故の件以降、寄り添う相手として高遠氏がいた。でも高遠氏とその妻がやり直す事を選んだら美哉は離婚して自分と...とは言えなかったのでしょう。ハルの件で家族を壊してしまった、位の強い自責の念を抱えている彼女にとって、もう一つの家族を再び壊してしまう様な真似は出来なかったのでしょう。美哉さん、弱い人だったのかも知れませんが、悪い人ではなかったのだと思います。いや、思いたいですね、私は。

だからこそ高遠氏に迷惑がかからぬ様に彼の元を去り、彼には内緒で久留里を産んだのでしょう。そして久留里を産んだのは、やっぱり家族が欲しかったからなのではないかと。何の身寄りもなく、自身も傷ついた状況で一人で生きていくのは彼女にとっては辛すぎたんでしょう。だからこそ自身も強くなる為に久留里を産み、彼女の為に生きよう、生きられる…と考えたのではないかと思うのですよ。後に禍根を残す云々言うなら、自分の死後久留里の保護者にハルを選ばず高遠氏に連絡したでしょうしね。

思えば、久留里の出生の真実をハルが知っても割とすんなり受け入れ、真実を知りそれを久留里に伝える道を選んだのも、美哉が持っていたハルへの自責の念と同じように、ハルが美哉との真実を知ってから感じていた彼女に対しての罪悪感が根本にあるんでしょうね。

と、いう事でコレが私のミョーに非難されてしまってるキャラクター達に関する考察です。小説より漫画、漫画より実写やアニメ…となるにつれ、見える情報は増える訳ですよね。ただの文字の羅列が絵になり、それが動く訳ですから。でも、表面的に見えるものが多くなれば逆にそれが想像する余地を奪っていく、という事にもなる訳です。勿論実写やアニメを否定する訳ではないんですが、小説とかは行間を読め、なんてよく言われますよね。それと同じように、漫画だってコマとコマの間を読み解いていく事って楽しい事だとおもうんですよ。カレーうどん食べたらお気に入りのシャツに汁が飛んじゃった…みっともないから捨てちゃえ、的な潔癖思考ではなく、どうやったらこの汁のシミを落とせるんだろう、何か誤魔化す方法はないだろうか、それ以前に汁を飛ばさず食べるアイデアはないだろうか…って色々な方向に考えていく事って、漫画を読むにおいても大切だと私などは思うんですよね。

余談ですが、「高杉さん家のおべんとう」は電子書籍での宣伝文句が「美少女中学生と暮らすことに」的なモノで、そんな売り方して欲しくないなぁ…と思っていたのをね、昨今の評価を見ると思い出してしまうのです。


2014/10/23 「高杉さん家のおべんとう」(553) 8、9巻

何だか理由は覚えていない…多分忙しかったんでしょう、で、8巻を「クローズアップ」するのを忘れてしまっていたのですが、勿論読み続けている「高杉さん家のおべんとう」、今回8、9巻併せて書きますよ、と。

今回の見どころは久留里の実父・高遠氏とハルの対面、久留里の母・美哉がハルの前から姿を消した後の足取りというメインイベントに加え、ハルにフランス招聘の話が出たり、ラオスのニイちゃん来日&久留里との再開、久留里の高校最後の体育祭&文化祭、とかなり内容盛り沢山になっております。

他にもソノカの告白を巡るちょっとしたイザコザからの関係修復に久留里達の成長が見えたり、そのキッカケとなったのがまさかのパンチラだったり、久留里が後輩から「奇跡の先輩」呼ばわりされて崇められていたり…と、ユニークな方向のサービスも今回豊富でしたね。

ちなみにこの漫画、100万部突破したんだそうで。フラッパーというややマイナー誌に連載している事を考えれば素直に快挙と言っていいんじゃないかと。ただ、流石に発売したてのこの巻は無かったですが、7巻以降はAmazonのレビュー欄が酷い事になってますね。コレ、時代なのかな、とも。

爆発的に売れた訳ではなく、長い時間をかけてジワリジワリと売れ続けた漫画の代表格に、最近アニメやら実写映画化で最近新装版がリリースされているご存じ「寄生獣」があります。「寄生獣」が連載されていた時期はまだ携帯電話も普及し始めた頃で、今ほどネット環境とかも整っていなかった時代ですね。たらればの話をしてしまうと、「高杉さん家のおべんとう」も「寄生獣」とかと同じ時代に連載されていたのだとしたら…同じように長く、ジワジワと支持を広げた作品なのかも知れません。そのような形で売れたのだったら、本作も7巻以降の否定的意見というのはそんなに広がらずに済んだのかも、と。

最近、良し悪しだなと思うのは、インターネットとかの普及により漫画とかでも「知らなかった名作」に出会える確率が増すメリットは素直にありがたいものの、ネット由来の口コミで爆発的に売れてしまったが為にありえる、起こりうる"弊害"という奴も見過ごすべきではないんじゃないか、という点です。

別に漫画に限りませんが、ブームのサイクルがやたら早くなってしまっている気がするのですね。盛り上がるのは一気に盛り上がるけど沈静化…悪く言えば飽きられるのもあっという間で作品が作品としてではなく消費物になってしまっている気がするのです。あの漫画流行ってる、読んでみた、面白かった、はいじゃあ次の漫画…という流れが早く、出版社サイドもその流れを回すのにばかり気を取られていてブーム後のフォローが薄い気がするんですね。まぁ仕方ないのでしょう、売らねば食えないのですからね。

「そんなのお前だけだ」と言われればそれまでですが、私は同じ漫画…気に入った漫画限定ではありますが、しつこいくらい読みます。時間が無駄にあったガキの頃などそれこそ暗記してるんじゃないかと思える程繰り返し読みました。それはストーリー漫画でもギャグ漫画でもそう。ですから漫画は連載誌で読むのではなくコミックス派なのですね、昔っから。

そういう読み方をしているせいか、何だか言葉は悪いんですが…薄っぺらい読み方を当たり前としてしまって開き直っている向きの読者が増えてるんじゃないか…そう危惧してしまう事があるんです。

例えば話を「高杉さん家のおべんとう」に戻すと、7巻から特に目立つ様になった丸宮家に対する悪評。確かに、小坂さんの件然り、久留里のオーディションの件然り、物語的には確かに丸宮家の行動で高杉家の2人が理不尽な目にあっている風に見えなくもない…そう受け取ってしまうのはまぁ、仕方ない部分もあるとして、コレを

「ハル達だけが理不尽に遭うのはおかしい。」

と考えてしまうのは一元論過ぎやしないだろうか、と。
それと、8巻で驚愕の真実発覚!だった久留里の出生の秘密。でも、美哉が久留里の保護者として父親ではなくハルを選んだ…という時点で何がしかの"理由"があるというのは察せる訳でね、この件で

「大好きなお母さんが、実は不倫して自分を生んだなんて久留里可哀想。」

なんて考えてしまうのも…少なくとも私はどうかと思ってしまうのですよ。だって子供に罪は無い訳で、生まれて来た事が罪である筈もない。久留里の母親は美哉である事に変わりはなく、自分の出生がどうであろうと久留里が美哉を恨むとは思えんのですわ、ええ。美哉は不義密通したとはいえ女手一つで久留里を育てた訳で、死後も久留里を信頼にたる人物に託した訳です。久留里にしたってハルと過ごした日々は美哉との日々と同じ位かけがえのないものになっている筈で、彼女の出生の経緯一つで覆る筈がない…と私は信じています。

…いや、漫画の話ですけどね、コレ。

ともかく、何て言うのかな…漫画読むのに潔癖すぎる人が増えてしまっている…という気がするのです。そしてそういうのを肯定できてしまう言葉が簡単にネットで拾えてしまう、というのも現状でして…これが"弊害"って奴ですよ、ええ。

「〜ねばならない」
「〜であるべきだ」
「〜が常識だ」

と言葉にするのは簡単なんですが、現実世界じゃそうはいかないってのは老いも若きも男も女も多かれ少なかれ分かってる筈の事ですよね、生きている限りそれは体験として、経験として。

「高杉さん家のおべんとう」という作品も、現実世界へのリアリティーとしてそうそう上手くいかない、のオンパレードな訳で、ハルにしろ久留里にしろ、理不尽な目にも遭う訳ですよ、作中で。ハルにしてみればいきなり失踪した美哉の子供を預かる事になってしまった…久留里にしてみれば唯一の肉親だと思っていた母に先立たれて母が弟だという見ず知らずのオッサンの元に行く事になった…この理不尽が物語のキッカケな訳です。そしてそんな理不尽な形で始まった共同生活を、家族として過ごす為に選んだ絆の形が「お弁当」だった訳ですよ。

つまり「高杉さん家のおべんとう」という作品は、最初から理不尽溢れる作品で、そんな理不尽や不条理をハルと久留里がお互い不器用ながらも乗り越えて、絆を深め本当の"家族"になっていく物語、な訳でしょ。そんなハルや久留里に降りかかる理不尽やら不条理に耐えられない…というのなら、もうあぁたこの漫画向いてないよ、というレベルだと思うのです。だってこの「高杉さん家のおべんとう」から理不尽、不条理取っ払うってのは「少林寺三十六房」から修行シーン取っ払っちゃうようなモンですぜ、と。

たかが漫画といえど、知る努力もせずに自分が気持ちいい世界しか見たくない…ってのだったら、面白くないと私ゃ思うんですがねぇ…。


2014/10/04 「これからコンバット」(988)

少し前から「ステラ女学院」がアニメ化したのを皮切りに、最近サバイバルゲームを扱った作品が漫画、アニメで良く見かけるようになりましたね。こういったムーブメント…という程ではないかと思いますが、キッカケとなったのは「うぽって」あたりなのかも。最近でも「霊媒先生」の松本ひで吉先生が「なかよし」で連載しているサバイバルゲーム部を舞台とした漫画「さばげぶっ!」がアニメ化され、そのぶっ飛んだ作風が話題となり結構な人気だった様です。

まぁ「さばげぶっ!」はギャグ漫画でサバイバルゲームを題材とはしておりますが、実の所あんまりサバゲーをやっていない作品ですし、話題になったのもそのぶっ飛んだ作風や主人公のゲスっぷりな訳で、サバイバルゲームの楽しさを伝える、という点ではイマイチかと。

一方、先んじてアニメ化した「ステラ女学院」の方はというと、以前「クローズアップ」で漫画版は指摘した事があるんですが、アニメ版の方も負けず劣らず「配慮していない作り」になってしまっているそうで、トイガン業界最王手の東京マルイが監修として参加している筈なのに、wikiにも

TVアニメ版で描写されるサバイバルゲームは現実のサバイバルゲームにおけるルール・マナーに基づいておらず、現実では忌避される言動や活動、自身や相手プレイヤーに対して身体の危険が伴うため厳禁とされている行動、現実のプレイヤー及び遊戯銃業界が嫌悪する描写が大変目立つ。遊戯銃の取扱いについても本来は厳重に管理されるべきだが、作中ではなされていない。そのため、本来のサバイバルゲームや現実での遊戯銃の取扱いマナーと多くの相違点があるため注意が必要

と太字で書かれてしまっているレベル。サバイバルゲームの啓蒙、という点では完全に悪手になってしまっているかと。それに対し今回紹介する「これからコンバット」はアニメ化とかの話こそ出てきませんが、実に真面目、かつ真摯なスタイルになっているんですよ。

先ず注目点が、この作品が序盤に発せられるこの言葉を最重要視して描かれている、という点です。

「サバイバルゲームはね、趣味の世界。みんなが各々の世界を投影して遊べる。日常を一時忘れ、闘争本能のままにゲームを楽しむ。誰もがアクション映画の主人公になれるんだよ。」

そう、サバイバルゲームという遊びを楽しむ事を大前提として話が作られているんですね。先ずは主人公の小西ゆい。ひょんな事からサバゲーを始めた彼女、ゲームといえど勝負事ですから当然勝ちに行きますが、それだけではなく実に楽しそうにプレイします。少佐とかが持ち込んだ新兵器を使えば良いリアクションを見せますし、率先して状況に飛び込んでいきます。

個人的には彼女に持たせた電動ガンが、次世代やハイサイクルといったマルイ的に売れ筋…というか売りたい新製品ではなく、割と旧式かつ比較的安価ながら大きさが手頃、かつ重過ぎたり長過ぎたりしないスタンダードなMP5SD5、というのが良いチョイスかと。

そして周囲の仲間だったり好敵手だったりもそれぞれのスタイルでサバゲーに当たっているんですね。ベテランゲーマーの少佐や平井さんは装備からしてコッテコテですし、ハリウッドのアクション映画のヒーローに憧れる中年ガンマニアの霧島さんはリボルバー(マルイのパイソン)を愛用してヒーローになりきります。少佐の妹はゴスロリ衣装で戦いますし、ゆいの好敵手というか目標である同僚の千石さんはグロッグの二丁拳銃で華麗に戦います。この辺の「スタイルはプレイヤー次第」というのも強調していて良いんですね、ええ。そんな彼らが実に楽しそうにサバゲーをやっている姿、思わず読者に「サバゲーやってみたいなぁ」と思わせる力がありますよ、確かに。

ゲームの中身の方も、最早求道者状態の千石さんや主人公補正が強めのゆいを除けば、無茶な活躍とかはありません。あるあるネタ的なものも仕込まれており、実際サバゲーマーからの評価も高い様です。また機材=銃や舞台=フィールドのリアリティーも高く、この辺もトイガンメーカーやホビーショップ、サバゲーフィールドの監修を受けているだけではなく実際にゲームに戦場カメラマンとして参加して取材しているからこその臨場感でしょうね。

…実は「ステラ女学院」と同様監修で東京マルイの名前が記載されていて、実際作品内で登場する銃は恐らく殆どが同社の製品。露骨な宣伝臭がする部分もまぁ、ありますが(笑)。電動ガンやガスガンの使い方の解説、銃の構え方、撃ち方、タクティカルリロードの仕方(笑)など、全然トイガンに触れた事が無いような人にも分かり易い様に簡単な解説があったり、サバゲーの楽しみ方やルール、マナーなんかも説明されています。劇中主要キャラクターは表情を描かなくてはならない都合か、サバゲーをやるにおいて芳しくない「フェイスガードのないゴーグル」のスタイルで描かれていますが、これに関しても冒頭に注意書きがちゃんとあります。

…「ステラ」と「これからコンバット」、なんでこんなに差がつくんだ?


2014/10/03 「とっかぶ」(1082)

変にカッコつけて世の中を斜に見ていたせいで、自分が大して面白くない青春を過ごして来たと自覚している私にとって、若者が元気いっぱいに青春を謳歌する様な系統の学園モノ作品という奴は、もうなんとも眩しくって仕方がないのです。部活モノでも、日常モノでも、恋愛モノでも…青春期に若いからできる事を全力でやる姿を描いた作品…こういうのにめっきり弱くなってしまったのは、もう私がどうしようもなくオッサンになってしまった、という事なのでしょうが。

ただ、何でも屋的な設定やキャラクター配置、生徒会の存在やらで、劣化「銀魂」呼ばわりで有名な「スケットダンス」をイメージしてしまい易い作品です。実際似ているといえば似ているのかも知れませんが、別にゴーグルかけると超集中力、とかやたら腕っ節の強い女の子…といったファンタジー要素やら、驚愕の真実とか暗い過去みたいな不必要にシリアスな展開とかが「とっかぶ」には無い…つまりは派手さがありません。

いや、「とっかぶ」に関していえば、コレは褒め言葉です。派手さがないからそれイコール華がない、という訳ではなく、派手さがない分がすっぽりリアリティーに繋がっている、という事ですからね。漫画というスタイルのフィクションではあるんですが、沢のヒーローかぶれっぷりも、クラゲのスパイマニアっぷりも、千歳のギャップっぷりも、「クラス…いや学年に一人くらいはいそう」というレベルのリアリティーから逸脱していないというのが本作品のキモなのです。

何と言いますか…読後感が、もう極端な事を言ってしまえば「ズッコケ3人組」とかと同じ様な…もはや郷愁、懐かしいレベルなのです。スマートホンとかフツーに出てくる作品なのに、作品の空気感、世界観が何となく懐かしい…昭和の香りとまでは言わないまでも、何というか、記憶の奥底を心地よくくすぐってくれる様な感じなのですよ、ええ。この作者さん、新人らしいんですが中々狙っては出せない味なんじゃないかな、と。もっとも、そう感じるのは私がオッサンににってしまったからなのかも知れませんが。

そんな懐かしい雰囲気だけでなく、エピソードとしても秀逸なネタが結構あるのです。代表格が、商店街を騒がせる喰い逃げのプロ"兎足のヤス"との対決を描いた「ラビットパニック」ですね。喰い逃げのプロ、というギャグとしか思えない"兎足のヤス"ですが、パルクールの使い手で独自の美学を持った意外な程カッコ良いキャラクター。そんな彼に対し一番熱くなったのが何時もはやや冷めている風に見えるアマチュアスパイのクラゲ、というのがまた良いんですよ、ええ。ホント、このエピソードは名編です。

それと、感心してしまったのが特課部部長、ヒーローを目指す少女・丹ノ宮沢の過去エピソード。「アリとキリギリス」…夏の間に遊びほうけていたキリギリスは餓え、夏の間コツコツ働いていたアリは生き延びた。よってアリはエライ、という一般的な認識に小学生の彼女が噛みつくんです。

「でもキリギリスは何も悪いことしてないよ?もしかしたら歌の練習が忙しすぎて食べ物集め忘れてただけかも」
「キリギリスを助けないアリはイヤなヤツだと思います。目の前で泣いてる人がいたら助けてあげればいいんだ!」

コレ、私的に結構目からウロコなのです。因果応報という言葉は彼女にはなく、困っている人はそれが嫌な奴だろうがなんだろうが関係ないのですね。ヒーローに憧れるのではなく、自身がヒーローになるべく邁進する沢というキャラクターの根源なのでしょうね、ココ。

そんな訳で最近個人的注目度急上昇中なのが、今回ネタにする「とっかぶ」です。

そういう訳でこの作品、ワタクシのお気に入りな作品の一つではあるのですが…気になる点が1点だけあるんです。

通り魔ハンプティダンプティのエピソードで、いきなりマヨネーズを浴びせかけてくる通り魔が犯行前にこんなセリフを言います。

「ゆで卵には何をかける?私はマヨネーズ派だ」

…私にはコレが理解できないんです。いや、マヨネーズを人様にぶっかける行為云々以前に、ゆで卵にマヨネーズ、というのが理解できない。だって考えても見てくださいよ!!ゆで卵にマヨネーズ…って、卵がマヨネーズの主原料なんだから、もはやこの行為、卵に卵かけて食うって事ですぜ!?許容できないでしょ、チャーハンオカズに白いごはん食う様なモンですぜ、コレ!?

いや、同じ組み合わせなんだけどタマゴサラダ…タマゴサンドに入ってるアレも、まぁゆで卵にマヨネーズの組み合わせなんだけども、アレはホレ、ああいう「料理」だから違和感ないというか、許せるんですが…ゆで卵食べるのにわざわざ卵で作ったマヨネーズをわざわざチョイスするって…おかしいですって、絶対!!

あ、後クラゲ君、偵察メカはやっぱり四輪ラジコンベースより戦車ラジコンベースの方が良いと思うぞ!スピードはともかく圧倒的に小回りが利くからな!!



2014/10/02 「かみあり」(818)

私が学生の頃の話。私は中学の次に通っていた学校の歴史の授業は…どういう訳か日本の神話…それこそ天照大神だの国譲だのといったことを延々とやっていたんです。いつも寝てばかりだったのではっきりとは覚えていないのですが、1年たっても奈良時代までも進まなかったと思う。確か中間、期末テストも論文形式みたいな奴だったので、私は授業でやっていた神様どころか歴史自体に一切触れずに何かテキトーな論文めいた屁理屈を書いたのに、なぜか単位は取れてしまったんですわ。

ともあれ、当時、「女神転生」だのといったゲームに強い興味があった訳でもない私には、そんな神話の神々の事を延々と語られた所でピンとくる筈もなく、何人かは「あ、前やってたアニメ(「碧奇魂ブルーシード」の事)でそんな名前出て来たっけな…。」という程度しかキョーミなぞ持てなかった。多分、日本神話関係を専攻していた教師だったのだろうが、だからといって延々とキョーミない話をされてはたまったものではない、と当時の私は思っていたものだった。

で、今回ご紹介の作品「かみあり」は、学生時代何の興味も持てなかった神様を題材とした雑学漫画だったりします。

コレ、10月は全国の神様が一年の相談をする為に出雲大社に行ってしまうので不在になるから「神無月」と呼ばれる訳ですが、当の出雲地方…島根県では逆に10月を「神在月」になる、というのを「全国どころか世界各地から町中に神様が顕現してしまう月」という風に解釈した神様系コメディ。

「神在月」に島根に顕現した神様や悪魔、天使、流行り神に主人公の関西出身の女子高生・千林幸子が遭遇して様々な騒動を…というのが中身なのですが、コレがね、面白いんですわ、ええ。基本、神様だの悪魔だのといった方面への知識という奴は宗教方面の職に就くというのでもなければ正直…大した役には立たない知識、というレベル。ただ、その基本無駄な知識である神様や悪魔のエピソードが、何だか面白かったりする…コレは、漫画としての作り方の上手さなのではないかと。

思えばこの作品、主人公の幸子が物怖じしないのもあってか、神様が割とフランクで、顕現した神様の多くは性格的に一点突破な個性付け(玉祖尊とか大和武尊とか)されているので非常に分かり易いんですね。そして何より面白いのが、人の在り方と同様神様の在り方というものも時代によって変わっていっている、というのが現代の高校生と顕現した神様や悪魔が出会ってお互いにカルチャーショックを受ける、という形で雄弁に解説されている点でしょうか?
ここはね、出会う事で…というのがキーで、人間の側からだけではなく神様や悪魔側からも、というのが実にユニーク。その存在になんとなく親近感が湧くポイントですね。そしてその危険性というか、異常性に関してもさりげなく振れているのも見逃せません。

で、特に面白かったのが天使ではあるものの実は日本のアニメから顕現した流行り神であるガブリエルと、生粋の天使、そして"主"のエピソード。このやり取りを経てのキリスト教(というより宗教そのもの)の内輪もめ=古参の多い人気ジャンル、という解釈は…日本人には非常に分かり易い、池上彰氏も納得な名解説なんじゃないかと。

そんな訳で「かみあり」、神様にキョーミない人にも楽しく読めて話のタネになる知識…というより話のタネにしかならない知識が得られる楽しい漫画ですよ、と結ぶとしましょう。



2014/09/29 「かてきょん」(809) 完結記念

ちょっとおバカな女子高生・高塚らいらの家庭教師として妹・ななかが連れてきたのは、ななかのクラスメイトの小学5年生・白川カムイ君だった…という、非常にユニークな4コマ作品「かてきょん」が3巻で完結です。

お年頃な割に周囲に男っ気があまりないらいらですが、先生としてカムイ君を絶対的に信頼している…一方カムイ君の方は思春期突入したての男の子、らいらが見せる何気ない言動にいちいち反応して顔を真っ赤に…という構図が実にニヤニヤ出来る作品です。ちょっと特殊ですよね、主役格二人どちらにも読者の視点が重ならず、もっぱら読者の視点は二人の関係を面白がっているななかやあやめに重なってしまう、というのも。傍観系…いや見守り系ラブコメとでも言いますか。

何よりこの作品の良い点は、誰も彼もがすれていない、という点でしょうか。らいらは成績こそ壊滅的ですが、元気で天真爛漫な可愛らしい女子高生。面倒見も良くカムイ君に対しては完全に気を許し、懐いています。勉強が出来ないからといって無駄に卑屈になる訳でもなければ、小学生なのに自分より勉強の出来るカムイ君に対して僻んだりやっかんだりしません。年下の先生に対し、謙虚になれる素直さのある良い娘さん。

一方のカムイ君も、成績が壊滅的ならいらを馬鹿にするような真似はせず、彼女の家庭教師という役目に対しても実に真面目に取り組みます。らいらより年下ながらしっかりした所があり、色々とスキが多く危なっかしいらいらのフォローもするこれまた良い子。

そんな二人の奇妙な関係…イマイチ異性としてカムイ君を見ていない節があるらいらとは違い、カムイ君の方は「綺麗で可愛いお姉さん」として意識しまくっているのが周囲からはバレバレですからね、そりゃニヤニヤしちゃいますよ、ええ。(笑)

ただ、そんな関係も最終巻ではちょっと変化が起きていくのです。とある誤解がキッカケで、らいらがカムイ君を異性として意識し始めちゃう訳です。いやー、コレがますますニヤニヤ出来ちゃうんですわ、ええ。(笑)

天真爛漫さが魅力ならいらでしたが、カムイ先生を意識し始めるや否や、恋する女の子の顔になっています。これがね、実に可愛いんですよ、ええ。一方のカムイ君も相変わらずですから、もう初々しさでおなか一杯になれますとも。誤解解消後かららいらの表情のつけ方が完全に変化しているのが見どころですよ、ええ。

と、いう事で最後は大団円で無事幕を閉じた「かてきょん」…ラストはやや駆け足気味な感はあるんですが、誰もが納得できる、良い結び方だと思います。この作品は「森田さんは無口」と同じく竹書房系で、「けいおん」とかでおなじみの芳文社系の4コマ作品と比べてアニメ化とかあんまりされないのですが、この作品は15分位のショート形式でアニメ化とかしたら、和み系アニメとして人気出るんじゃないかなぁ…と思うんですよね。何だか生活に疲れている方、何か悲しい出来事があった方、この作品、おススメですよ。

しかし、ラストを鑑みるにらいらさん、性格、容姿共に大学とかではモテそうなのにカムイ先生一筋だったんだなぁ…と思うと…やっぱり、微笑ましいよね、この作品は。



2014/09/24 「クロ號(845)」「猫なんかよんでもこない(846)」

先週の土曜から、もう20年以上我が家で生活を共にしている愛猫のチーコさんの体調が思わしくありません。

夜中、母が彼女の異変に気づいて私を呼んだのですが、その時彼女は体を変な風にねじった体制で足を痙攣させて床に突っ伏し、頬を床につけたまま、夏場の犬が見せる様に舌をだらんと垂らしてハァハァと涎を垂らしながら苦しそうに口で荒い呼吸をしていました。

…その時、私の脳裏に浮かんだのは、杉作氏の猫漫画の傑作「クロ號」と「猫なんかよんでもこない」で描かれた猫・クロの最後でした。チーコさんはメスですが、クロと同じく黒猫…あの切なく、悲しいシーンがどうしてもちらついてしまうんです。

こういう時、飼い主といえど何もできないのがつらいですね。
母と二人、彼女の体を撫でて見守ってやる事しかできませんでした。
結局その時はなんとか持ち直しましたが、翌日も私が不在の時にやはり異変をきたし、おしっこを漏らしながらのたうち回っていたとの事。現在私は出張中で家を空けているのですが、正直気が気ではないです。

最近、猫も家猫として外には出さずに飼っている場合は他の猫やその他諸々により怪我をしたり、病気をうつされたりする確率が減る訳で、ペットも健康ブームという奴があり、栄養価とかの面でも研究が進んでいる事も相まって、寿命が一昔前より伸びているんです。ホームセンターなんかでも高齢猫用のキャットフードとかが売られてますしね。

ちなみにウチのチーコさんは生まれてすぐに嵐の中外で捨てられていたのを姉が保護してきた猫。正確な年齢は分からないのですが、我が家に来て20年というと、人間に換算すると100歳近い年齢との事。目も耳も悪くなってしまっていて、家の中でもあんまり動きません。私が買ってきた家の形の寝床でほぼ一日中寝ているだけの生活です。もうかなり長寿ですし、今ここで寿命となっても大往生といえるかもしれません。

ただね、彼女は人見知りで愛想もなく、洋猫の血が混ざっているせいか顔つきもキツめ…他所の人にはあんまり可愛いと言ってもらえない猫なのですが、私と家の者は当たり前の様に彼女が家にいる…という状態を長く過ごして来たわけで、愛想がなかろうと当の彼女の方はそうは思っていないかも知れなくとも、少なくとも私の方は彼女の事が好きなのです。そんな彼女がいなくなってしまう…というのは、いつか来る、避けられぬ出来事とは分かっていても、やっぱり一抹の寂しさ、悲しみを感じてしまうのは…分かって欲しいとは言えませんが、私や家の者にとっては仕方ない事でしょう。

よく、ペットの事を「家族です」なんて言う事をバカにしたような…所詮は畜生じゃないかみたいな事を言う人がおりますが…やっぱり、畜生だろうが何だろうが、共に過ごした家族なんですよ、どうしようもなく。

こうして記事を書いている時も、なんだかモヤモヤとした感覚が頭から離れてくれません。頑張って生きて欲しい、と思う感情と、実際もがき苦しむ様を見てしまっているのであまり苦しまずに安らかに…という思いがグルグルと回ってしまい、説明しがたい変な不安感でいっぱいいっぱいで…。

以下、2014/09/28追記分

出張の中休みなのに、講習に参加させられていたものの何とか時間を作れた私は、家の者と夕方に先日旅立った愛猫・チーコさんの墓参りに行ってきました。実はここ、以前死去した愛猫・ムーも眠っているお墓です。

場所は所謂セレモニーホールという奴で、火葬場の横にひっそりとペット用の合同のお墓が無縁仏を弔ったお墓の隣に並んでおり、私の前にも恐らくペットの墓参りに来たと思われる家族連れがおりました。

そこで、一匹の虎猫が出迎えてくれたのです。
スレンダーな体躯で尻尾も真っ直ぐで曲がっていないなかなかの美猫さん。墓参りに来た私らに擦りついてきたりとかなり人懐っこい。
首輪はしていなかったのでセレモニーホール周辺で暮らす野良猫なのでしょう。
多分、この虎猫はペットのお墓に備えられるキャットフードとかのおこぼれを貰いにこの場所にいるんでしょうね。ペット好きの人が分かれたペットに逢いにくる場所だから、人に優しくされているのでしょう。

…猫は死んだ後、天国で毛皮を着替えて飼い主に逢いにくる、なんて話が猫好きの中で信じられています。

線香に火をつけ、手を合わせながら…ふと、この猫はチーコさんの代わりに、死に目に会えなかった私にお別れをしに来てくれたのではないか…そんな事が脳裏に浮かんでしまい、最後はちょっと…こらえきれませんでしたね。

撫で心地の良い細くて長い毛は自分では手入れ出来なくなってしまいボサボサになってしまい、歯も抜け落ちて餌も食べずらそうでした。最後は目もロクに見えなかっただろうし、前足も変な風に曲がって歩くのさえしんどそうだったチーコさん…天国では、安らかに過ごして欲しいです。

いままで、ありがとう。



2014/08/24 「銀の匙」(679) 12巻

と、いう事で今回は「銀の匙」の最新巻です。
この作者、荒川先生の作品は、前作「鋼の錬金術士」でも同じなんですが…大人がちゃんとしてますよね。ライトノベル原作作品なんかにありがちなパターンですが、大人がいないという訳ではない世界観でありながら、大人不在…出てくるのは悪役としての大人程度な、主人公とその周囲の、子供達の中だけで完結してしまっている作品って多いと思うんです。

それが悪いと言ってるわけではないんですよ?例えば、学園青春モノとかでしたらスポットが学生になるのは必然で、学生達の青春を謳歌させるために大人…例えば教師や親の存在を薄くするってのはあると思いますし、ファンタジーモノにしたってムサ苦しいオッサンとおばさんが戦うよりも、若い兄ちゃんが美少女と一緒に…という方がそりゃあビジュアル的には映えますわね。

ただ、若いキャラクター達が自立や成長していく姿を描くような作品の場合はやっぱり「ちゃんとした大人」が作中で存在感を持っている方が、より説得力が出ると思うのです。そんな事を、この「銀の匙」12巻で再認識した訳ですよ。

例えば八軒の親父さん。
落伍したと思っていたが徐々に成長した息子…親としてすぐにでも融資してやりたいのが多分本音なんだと思うんですが、そこを心を鬼にして息子の企画書にきちんと目を通し没にする…というのは、八軒をもう一人前として認識した証拠でしょうし、だからこそ厳しく審査している訳ですよね。恐らく、安易に大人に頼る事へのダメ出しでもあるのではないかと。

だからこそ、企画書が送られてこなくなったと思ったら徐々にバイトで資本金を貯めつつある息子の現状を知って、ニヤリとしたんだろうな、と。八軒の親父さんが斜め後ろから、笑っているような口元だけを見せているコマ、この巻一番の名シーンだと思います。

また、駒場の母親も良かったですね。酪農ヘルパーの組合員となった事を子供に報告した際、尚借金返済の為に働くという息子に対し、

「うぬぼれんじゃないよ!私が何年この家を切り盛りしてきたと思ってんの、この大飯食いが! 何が一番したいの!言いな!」

このシーン、しびれましたね。カッコ良いお母さんですよ、この人。
そしてアキの父親、駒場家の牧草地をレンタルしたいと言い出す下り…これも、娘や八軒、駒場が頑張っている姿を見て、さりげなく協力し、駒場に対しては背中を押してもいる訳ですね、ええ。

そして形は違いますが富士先生。彼女の場合、八軒やアキの姿を見て、もう一度猟師の夢を追う事を選ぶ訳です。大人の導きで子供は成長し、大人もまた子供達の進む姿を見て触発され、自らを奮い起こす…理想的な相互関係ですよね。

ホント、この巻は大人が光っている巻かと。
いや、続きが楽しみですね。

あ、ちなみに西川の擬人化ジャガイモではきたあかりちゃんが一番かわいいと思います。(笑)



2014/07/01 4コマ漫画のアニメ化予想

何と、ウチでも紹介しているクール教信者先生のweb漫画「旦那が何を言っているかわからない件」がまさかのアニメ化だそうで。

「B型H系」「森田さんは無口」「キルミーベイベー」「琴浦さん」「恋愛ラボ」「スパロウズホテル」「サーバントサービス」と、ヒットしたしないはさておき、ウチで紹介した4コマ作品でアニメ化を果たした作品は…まぁあれだけ書いてりゃ無い方がおかしいんですが、まぁある訳でね、特に「森田さんは無口」は「けいおん」「らきすた」みたいな派手なヒットをした訳でもなく、そもそも出版社自主制作の5分アニメですが、ニコニコで格安で配信されたりした事もあってかそこそこ好評だったとかで、1巻から追っかけてる身としては知名度が上がってうれしい話です。

で、「100選」で紹介する際、何も4コマに限りませんが、「アニメ化したら人気出るかも」とか「アニメ化に向いてるかも」なんてコメントしたりしてるんですが、今後、ウチで紹介している4コマ作品の中でアニメ化とかの話が上がるかも…と思っているのはこんな作品です。

本命
「ぱわーおぶすまいる」(881)
「主人公にべったりな天真爛漫幼馴染」「スタイル抜群のツンデレお嬢様」「コスプレ好きなちょっと変わったオタク系伊達メガネ」「主人公に片思い中の引っ込み思案」「豪快でちょっとガサツな美人女教師」「ムチムチ系の幼馴染母」「兄ちゃんLOVEな妹」…と、女性キャラクターが豊富な点はやっぱり強み。中身もラブコメ的な学園モノなので万人受けしやすいんじゃないかな、と。

対抗
「かてきょん」(809)
話自体は実に安定したほのぼの路線で、女子高生の家庭教師が男子小学生、という点で男女双方からの支持が期待できるかも。アニメ化するにはヒロインのらいら以外の女性キャラクターの存在感が薄めなのが難点か。
「箱入りドロップス」(1068)
ヒロイン雫が愛されキャラなのが絶対的な強みかと。仲間同士の掛け合いの面白さも抜群で、主人公とその親友・相ノ木のやり取りも何ともおバカで微笑ましいのが良いです。なにより雫の感情表現するアホ毛はアニメ向きでしょうね。

大穴
「大家さんは思春期」(1040)
女子中学生大家さん萌え漫画なので、残業終えて疲れて帰宅したリアル前田さんな層に結構受けるかと。女の子キャラ、チエちゃん以外にも意外と揃ってます。
「おじょじょじょ」(986)
「旦那が〜」のアニメ化決定で可能性浮上。在庫ネタが多い分、コチラではなく「小森さんは断れない」(990)の方が選ばれるかも。
「みそララ」(854)
多分「恋愛ラボ」アニメ化のあおりで休載中ですが、宮原先生の「恋愛ラボ」「河合荘」が立て続けにアニメ化したのでその流れで連載再開と同時にとか…?
こんな所でしょうか。

でも、個人的に一番アニメ化して欲しいのはコレなんです。

「崖っぷち天使マジカルはんなちゃん」(920) 

自分の誕生日に付き合っていた同僚に振られたアラサーOLが異世界PA(プライマリーエリア)からやってきたマスコット・メイシンにより魔法少女?にさせられて…という色々とヒドイ(褒め言葉です)4コマ漫画なのですね。
魔法少女が年増(といっても私より年下なんだよなぁ)で変身の呪文が変(「おまえも捨てられたの?」です。)…というのはまぁ、ありがちです。世の中にはボディービルダーが魔法少女に変身してポージングで敵を倒してしまったり、変身の呪文が「肉うどん」でライバルの魔法少女が男(しかもノリノリ)だったりというような奇特な作品はあるんですが…「マジカルはんなちゃん」はその先がトンデモナイのです。

マスコット(猫)が重度のペド野郎の変態。
マスコットの兄は割とマトモだが格好がキグルミ状態。
諸悪の根源な魔法使い(ロンゲのイケメン)は女子の足の臭いが好きな変態。
主人公(アラサー)が変身すると例の如くフリフリな衣装になるうえ、魔法の道具を収納するグッズが赤いランドセル。
主人公(アラサー)が魔法のメイクセットで変身すると見た目が更に15歳分歳をとった姿になる。
主人公を振った同僚がよくよく考えると自分に甘いクソ野郎。

ド変態なマスコットや魔法使いに散々振り回され、普通の日常生活を荒らされていく様がグダグダと続くんですが…まぁコレが痛々しい。もうね、ホント…ヒドイ。(いや、褒め言葉ですよ/笑)
コレがアニメ化とかしちゃったら…世間の反応が見たいんですよ、ええ、割とマジに。(笑)


2014/06/29 「スターライトウーマン」(1044) 二巻

アー星人にアブダクトされて改造手術を受け、望んでもいない超能力を目覚めさせられてしまった薄幸の美女・星さんの生きざまを描く「スターライトウーマン」がコレで完結です。

前に「クローズアップ」で取り上げた「モンスターキネマトグラフ」と同じような…さしてヒットしている訳でもなく、割と短期で連載も終了、でも内容がツボで個人的お気に入り…という作品でして、如何にもな大作!!というような系統ではないんだけれども、出会った時には小躍りする位嬉しかった作品です。まぁ、割と最近見つけた作品ではあるんですけどね。

中身は、アー星人の都合で勝手にビルをも飛び越える跳躍力や鉄骨を引きちぎる腕力など、人間離れした身体能力を手に入れてしまった美女・星さん…もし本作がアメコミだったらキャプテンアメリカやアイアンマンと共闘してしまいそうな所ですが、彼女の望みはただ一つ「普通に暮らすこと」。
自身の能力を狙うアー星人からの逃亡生活で次々と不幸に見舞われるものの、星さんは持ち前の真面目さ、律義さ…そして人の好さでめげずに頑張っていく…というのが本作の骨子。

ギャグ漫画みたいな設定なんだけども、星さんが巻き込まれる不幸というのはなんとなくリアリティーがあったり、アー星人が利己的で人類に対してとことんドライだったりと案外シリアスだったりと、印象もやっぱり「モンスターキネマトグラフ」に似てるんですよ、ええ。

ワタクシ、どうも不幸を内包しつつもめげずに、強く健気に生きている女性キャラクターというのが好きなのかもしれません。この「スターライトウーマン」の星さんも「モンスターキネマトグラフ」のマミヤさんも正にそんな人。

他にも、例えば「ベルセルク」に出てくる娼婦のルカ姐さんとか「無限の住人」の百淋さん、若いけど「夕焼けロケットペンシル」のサトミなんかも将来が楽しみな逸材…って連載終わっちゃってますが。(笑)
…うーん、我ながら趣味に走ったネタだなぁ…。


戻る