100選クローズアップ編 その1 2009/10〜2010/8/08


2010/8/08 「シュメール星人」 第三巻 (453)

クローズアップとして取り上げるのは二回目の「シュメール星人」も、第三巻にして完結です。

青い体の苦労人、Mr.空回り、残念星人ことシュメールさん…行く先々でトラブルを起こし、巻き込まれ、誤解され…そんないたたまれない彼。そんな彼にまたしても不幸が訪れます。(今回の記事はネタバレ分多めです。)

先ず、急遽アメリカ大統領がシュメール星人の受け入れを宣言…つまり、同胞達の日本への移住の為に「駐日ふれあい大使」を務めてきたシュメールさんの二年間が無駄になってしまう事に。妻と相談すると、現地のシュメール星人達はこの発表を歓迎している上、自分達の息子にもアメリカで親友が出来て、家族ぐるみの付き合いをしている…息子の為を思えば、やはりアメリカへの移住がベターなのか…。

そんなこんなで今後に関して思い悩むシュメールさんは、ひょんな事からお隣さんの女子大生・杏とひょんな事から抱き合っている様をフライデーされてしまいます。それも、非常に悪意ある形で…。

ココからがね、良いんですよ!!
運も間も悪い残念星人であるシュメールさんですが、今の彼にはそんな彼の事を理解してくれる仲間、友人がいました。そんなこんなで正に大団円な、キレイかつ爽やかな余韻の結び方を迎えてくれましたよ。

私はハッピーエンドを盲信してもいませんし、パッドエンドを崇拝してもいませんが、最近完結を迎えた作品の中でも、この「シュメール星人」の結び方はかなり好感を持ちました。

現実世界は言葉で言う程「努力が報われる」世界では無いですし、もがいても報われるとは限らないのですが、本作のシュメールさんを見ていると…何だろう、「頑張ってればきっと…」と期待出来てしまうのですね。何だか、読んでるコッチまで前向きになれるのです。彼の奥さんの言

「あなたの失敗は誰かの幸せになる」

というのも、シュメールさんがシュメールさんであったから、でしょう。

思えば、シュメールさんは異星人でありながら、巻き起こすトラブルの原因という奴が、異星人である事がキッカケである場合もありますが、その多くは草の根レベルと言いますか…別にシュメールさんでなくても、私達でも起こしうる、巻き込まれうる物が多い訳です。そういう意味で言えば、本作にはSF的な仰々しさよりむしろ親近感すら感じてしまいます。ココが、本作の妙でしょう。

誤解が誤解を生み、親切が転じて徒となる…シュメールさんは行く先々でトラブルに巻き込まれても、彼はそれでもめげなかったし、基本「良い人」である行動原理を変える事もなかったのですね。だからこそ、最後の最後でちゃんと報われたんだな、とも思えるのです。

「水戸黄門」の主題歌「ああ人生に涙あり」の

人生楽ありゃ苦もあるさ
涙の後には虹もでる

の境地とでも言いましょうか…失敗したり、誤解されたり、間が悪かったりするけど、地味に、それでいて必死に生きている…そんな「当たり前なフツーの人」への温かくも力強い応援歌…それが「シュメール星人」だったのかも知れません。


2010/7/19 「木造迷宮」第三巻 (540)

今回は予告通り、女中萌え漫画としてコアな層に人気(?)の作品、「木造迷宮」です。

あ〜、ちなみに私、「萌え」という表現があんまり好きではないのです。記事を書くにはこの上なく便利なので使ってしまう言葉ではあるのですが、実態がないというか、語感からして軽いイメージになるのが嫌、とか理由は色々あるんですけどね。

それはともかく、この「木造迷宮」も先ほど書いたとおり「女中萌え漫画」な訳です。

確かに、三文小説書きのダンナさんをかいがいしく世話している女中のヤイさんは、働き者で気配り上手、それでいてちょっとドジな所があり、飾り気はないけど可愛らしい…という男の理想を地で行く様な日本女性の鏡の様なキャラクターである事は間違いないのです…が!!「木造迷宮」という作品の魅力は、決して「女中萌え」だけではない作品なのですよ!!(断言)

その魅力の一端はその世界観でしょうね。恐らく、昭和…それも、「サザエさん」レベルの昭和です。私自身、この作品の様な世界を知らぬ筈の世代ながら、不思議と郷愁をかき立てられる世界観なのですね。

そして、そんな世界でダンナさんとヤイさんがする事と言ったら…

二人で庭の柿を採った。
犬を飼う事にした。
ガチャガチャにハマった。
二人で初詣に行った。
押し入れを整理していたらけん玉が出てきた。

なんて風に、日記ならたった一行で終わってしまうような事。実に他愛なく、悪い言い方をして見れば面白みのない事柄を、実にゆったり、のんびり読ませてくれる…というのが本作の魅力なのです。

いやね、今の世は情報社会、ボヤボヤしてたら後ろからバッサリ…な世界を当たり前として享受してしまっている我々とは違い、ヤイさんにしろダンナさんにしろ、言い方は悪いのですが、かなり閉鎖的な世界で生活しています。彼女らの住む世界では、ボタン一つで通販なんて出来ないし、携帯電話やスイカやパスモだってない…それなのに、不便極まりない筈の彼女らの生活がとても羨ましく感じるのですね。まぁ、実際生活してみろ、と言われても全力で拒否してしまいますが。(あ、ヤイさん付きなら考えちゃうかも/笑)

ともかく、分かり易いたとえで言うと…定年退職者等をターゲットにした「離島生活」とかを紹介した雑誌とかテレビを見た時の様なイメージでしょうか。実際生活するんだったら今現在の生活の方が断然便利でラクチン…の筈なのに、そののんびり、ゆったりとした…所謂「スローライフ」な生活に対し憧れを抱いてしまう…コレと、「木造迷宮」は似ているのですね。

ただ、実際大枚叩いて移住しても結局馴染めずに都会に戻ってしまう人も少なくなかったという離島生活とは異なり、「木造迷宮」は不便な筈の世界で、我々が普段気付く事も出来ないような、本当に小さな事で一喜一憂できる人々…これを実に魅力的に描いており、そこが、実践せずに勝手な郷愁を抱ける部分となっている訳ですよ。

つまりは、言葉は悪いですが

「こんな女中さんとこんな生活出来たら楽しいんだろうなぁ」

という妄想への誘導が巧みなのです。そして同時に、実は自身がこの世界に行けたとしても、ヤイさんやダンナさんの様な小さな喜び、楽しさは見いだせない、気付けない…というのもなんとなく自覚出来てしまうのですね。ココも非常に上手い部分。「木造迷宮」の世界で、ヤイさんとダンナさんが実に楽しそうなのは、それがヤイさんやダンナさんだからこそなのですね。

そう考えると、「木造迷宮」とは「女中萌え」や「スローライフ」「離島生活」的なモノではなく、もっと地に足のついた…

余裕を持って身近なものにもっと目を向けたら、実は自分の生活ってもっと楽しいのかもしれないですよ?

と教えてくれている作品なんじゃないかな、とね。

あ、ちなみに物語の舞台である木造二階建てですが、単行本の頭に描かれている平面図を見ると…ちょっと変なのです。具体的な寸法は明記されてませんが、畳等の大きさから考えると、廊下や階段がやたら広くなってまして、階段の位置も断面がどうなっているかは分かりませんが、女中部屋の天井が低くなっちゃうんじゃないの?という位置にあったりと、少しばっかり建築カジッた人間にはやや違和感があったりしますが、それは野暮なツッコミですかね?(笑)


2010/5/05 「オレたま 〜オレが地球を救うって!?〜」 第六巻 (323)

天使と悪魔の戦いに巻き込まれ、魔界の女王をその体内に封印されてしまった若者と、女王復活の為に彼を狙う悪魔たちの戦いを描いた物語…と書くと、ハードボイルドなファンタジー冒険譚的なイメージなのですが、魔界の女王が封印されたのが若者の右のふぐりで、悪魔達は彼を射精させようとあの手この手の誘惑を…という風にしてしまったのが、ご存じ?
本作「オレたま」ですね。

同じく原田氏原作の「ユリア100式」に続き、完結を迎えた本作ですが…いやぁ〜面白かったですよ。まぁ、寸止めエロコメディー漫画といえど、殆ど成人漫画と変わらんエロ描写が多く、パッと見の印象は女性やエロ耐性の無い男には向かない下品なシモネタエロバカ漫画なのですが、後半ではかなり本格的にラブコメしていた作品なのです。最後までギャグの域を出なかった「ユリア100式」よりも、普通レベルの読み物として及第点以上出せる、エロシモネタ抜きでも十分面白い作品になってるかと思います。

この手の漫画、今現在青少年の健全な育成なんたらという事で、どこぞのファシスト都知事(自身も作家としてド変態な小説書いてたクセにな/苦笑)を筆頭に規制する云々騒いでいますが、犯罪を犯す奴は結局色々規制した所で犯すモンですよ。直接的な原因としてモノに責任転嫁する前に、大人としてキチッとやってない事って幾らでもある筈。政治屋って奴らはいつも順番を間違えてるんだよな。

横道にそれましたが、最終巻である六巻では主人公の航太と小悪魔エリスとのラブコメに拍車がかかっており、嬉し恥ずかしな展開の目白押しとなっています。また、もう一人のヒロインである美奈代ちゃんとも主人公がキチッと決着をつけたのも見どころかと。ようやく7月をガマンで乗り切った航太が、自分の為に魔族を裏切ってくれた小悪魔・エリスを救う為のラストのガマンが描かれる訳ですが、もう絵に描いた様なハッピーエンドが実にこの作品らしいです。

特に、ラストシーンでのエリスの可愛さは必見です。この終わらせ方ならば、案外女性の人にも「出来の良いラブコメ」としておススメできるんじゃないかと思います。まぁ、航太のガマンの苦しみが肌で理解できない(苦笑)分、前半のエロバカがただのエロにしか見えないのである程度耐性のある人限定、でしょうが。

そういう意味で、ラストの展開もあって本作は過剰なエロ展開に目をつぶれば、本作はかなりまっとうなラブコメになってます。かなりキュンキュンニヤニヤ出来る作風なのですよ。最後の最後まで素直になれなかった小悪魔エリスの意地っ張りぶりや、今まで情けなかったのに妙にカッコ良く見える主人公の言動など、最早王道と言っても過言じゃないラブコメっぷりなのです。

♪青春の日々はぁぁ〜青いレモンのかおり〜ぃぃ〜 ってか!?

一時期、パソコンのエロゲーにて所謂「泣かせゲー」がやたら出てそれがアニメ化とかしていた際に、そういった風潮に対し、エロゲーなんだから泣けちゃって抜けないなら本末転倒なんじゃないのか?と思っていたクチ(って、私はエロに限らずパソコンでゲームやりませんが)なのですが、本作は一粒でエロ、ギャグ、ラブコメと三度おいしい、バランスのとれた作品だと思います。ダラダラ引っ張らなかった点と言い、エロバカ漫画は数あれど、傑作の範疇に入る作品ですぞ!!

あ、ちなみにこの手の半分エロ漫画についてですが、私はむしろ「青少年の健全な育成」において欠かせない…無くてはならないモノだと思うのですよ。有害図書認定なんてとんでもないですって!!(笑)


2010/5/05 「アイリス・ゼロ」 第二巻 (486)

もはや趣味の領域になりつつある私の漫画単行本博打買い…その中でもここ何年かでも一番の成功例がこの「アイリス・ゼロ」です。
第二巻の発売も首を長〜くして待っていましたとも。

この作品、コミックアライブというややマイナーなオタク臭強めの漫画誌に連載している作品でして、絵柄も…例えばヒロインとかが大変可愛らしく描かれている作品でもあり、そういう点では誤解されてしまっているかも知れない作品かも知れませんが、その実パンチラ一つ出てこない、作者自ら「オイロケ・ゼロ」なんてネタにしてしまう程硬派な作品なのです。修学旅行の入浴シーンすら、アヒルの人形を湯船に浮かべて流してしまう徹底ぶり!!(笑)まぁ、今回は小雪&朝日の袴姿、というファンサービス(?)がありましたが。

そういう意味では連載誌にそぐわない作風とも言えなくはない訳ですが、逆説的に考えると、コレが少年誌とかに連載されていたら設定のせいで安易なバトルモノになってしまったかも知れない訳で、そういう意味ではマイナー誌の連載で正解だったのかも。

さて、この作品は唯一能力を持たない主人公が、自身の処世術として身に付けた「人の行動を想像する」事で、様々なトラブルを解決していく…というのが毎回の大きな流れ。確かに主人公らしからぬネガ思考、ひねくれっぷりは彼の「欠落者」としてのポジションを強調してはいますが、作品中の彼の活躍のせいで、彼の孤独感がやや薄れてしまっている印象はあるのですね。むしろ、特殊能力が無い…というのがやや嘘っぽく見えてしまう程。

現に、一巻では最初から主人公の理解者として置かれていた聖に続き、ヒロインの小雪…彼が「欠落者」である事を暴いた張本人であるあさひといったキャラクターと事件を通じてあっけなく友情を育んでしまっており、迫害される「欠落者」としての顔がやや薄まってしまっているのですね。主人公補正とは言え、ちょっと二巻続くと残念に感じる部分ではあります。このままではやや万能過ぎる風に見えてしまうのですね、主人公が。

まぁ、だからと言って「小公女セーラ」みたいな陰湿なイジメが延々と描かれてしまうのも何なのですが…この辺はもうちょっと強い描写がされた方が、主人公と彼に理解を示す小雪達のポジションが明確になったのではないか?というのが今後の作品に対する、まぁ苦言って奴です。次巻で物語が大きく動く、との事なので、何がしかのフォローがあると期待してます。

ただ、やや主人公の「欠落者」としての存在感がうやむやになっている反面、かなり印象的かつ強く描かれているのが「瞳」所持者の見えてしまう故の苦しみ、でしょうか。それは今回の聖の「瞳」を巡る過去エピソードや前巻の朝日のエピソードなんかで強く出てますね。人と違うものが見えてしまう苦しみ…それは他人を信用できなくなってしまったり、自身の無力感に苛まれたり…といった部分であり、これまでのエピソードではコレが強調されているが故に、「瞳」を持たない主人公が万能に見えてしまうのかも。

そういえば、小雪が主人公が「欠落者」であると知った際に言った

「あなたは私達と違って、フィルターのかからないありのままの世界が視えるんでしょう?」

というのは、つまりはこういう事なのかも。人より優れたモノを持っていても、それが幸せに直結するとは限らず、むしろ不幸なすれ違いの原因ともなる、と。

さて、この第二巻までで主要キャラクターの大まかな人となりが描かれ、正に「キャスティング完了!!」といった所のこの「アイリス・ゼロ」…今回より強調された、小雪が仄かに抱き始めた主人公への恋心であったり、何だか今までの主要キャラクターとは違う匂いがする時田の存在等、早く続きが読みたい今後も楽しみな作品です。

ダレない程度に続いて、作者のやりたい事を全部やって終わって欲しい…そんな作品ですよ、ええ。

ホントおススメの漫画なのですよ。第一話ココで読めます。

http://www.mediafactory.co.jp/files/d000155/airisuzero/index.htm


2010/4/29 「血まみれスケバンチェーンソー」 第一巻 (527)


いやね、この作品ホントに面白いんですよ。いや、エロ、グロ、バカ描写満載なのでダメな人は徹底的に受け付けないでしょうし、ほぼ中身なんかないのでストーリー偏重主義の人もダメでしょう。その、オール・オア・ゼロっぷりは三家本氏のこれまでの作品「ゾンビ屋れい子」「サタニスター」より明らかに上です。両作とは違い、連載が少女ホラー誌でないのもこのタガの外れっぷりに拍車をかけているのかも。

でも、私個人としては2010年イチオシの作品なのです。一応の物語の概要はというと、

女子中学生の碧井ネロは、夏休みの工作の宿題で「死んでいるのに生きてる猫」なるものを作り、それが原因でクラスでイジメの対象となる。しかし、彼女にとってイジメはその変質的かつ独善的な野望に火をつける結果となる。
イジメを受けつつも碧井ネロはヒットラーの著書を読み漁り、自分の帝国を築く為、同級生を拉致しては改造手術を施す。クラスの中で唯一残ったスケバンの鋸山ギーコにもその魔手が伸びるが、ギーコも一筋縄ではいかない女だった…!!彼女は改造が施されたチェーンソーを持ち、碧井ネロにけじめをつけさせるために戦う!!

とまぁ、こんな感じ。
好きモノ向けへのB級映画やVシネマなんかでありそうなストーリーですが、この作品の魅力はストーリーではありません。そのキョーレツな勢いと、基本ラインはスプラッターホラーな筈なのにむしろ笑えてしまうノリ…コレに尽きるでしょうね。

以前書いた「変愛録」の姫園れい子の記事にて紹介した三家本氏の

「マンガにおけるメッセージ性」について考えてみようと思います。
「おもしろいマンガ」であるだけでなく、高尚なメッセージが内容にこめられていることまで求める人もたまにいますが…
描きたくないですって!!そんなの!!
自分が読み手の立場だったら作り手からいちいち「ああせい、こうせい」とかいわれたくないしさ!!マンガは娯楽!!

という発言を、もっとも体現したといえる作品が「血まみれスケバンチェーンソー」なのかも知れません。まぁ、その"娯楽"の方向性が、完全無欠のマイノリティーになってるのが…この作品…いや三家本氏の作風自体の弱点なのかも知れません。


2010/3/27 「機動戦士ガンダムMSV戦記 ジョニー・ライデン」 (516)

この作品のあとがきに、長谷川先生はこんなコメントを載せています。

MSVとは「ガンダムのアニメには登場しなかったけれど戦場のどこかにはいた、いたかもしれない機体とパイロット」を想像する遊びであり、「書かれていない行間を楽しむ」文化だと思っていたからだ。

…「逆襲のギガンティス」や「クロスボーンガンダム」「Zガンダム1/2」といった、所謂正史…公式とは思えないんだけど何だか納得出来ちゃうし面白い「ガンダム」を描いてきた氏らしいコメントだと思います。実際にMSV…いや、ムーブメントとなった「ガンダム」というものがそもそもそういうものだったと思うのですね、私は。

まぁ、私とて初代「ガンダム」を原体験としては持たない世代であり、受け身でしか「ガンダム」を楽しまなかった世代だとも思うのですが…色々勉強するうちに、実は今や「ガンダム(宇宙世紀)」の常識となった設定の多くは、アニメスタッフ等製作者サイドではなく、雑誌の編集者やファンサイドから「ねつ造」されていたもの…という話を知るに至った訳です。

つまりは、「機動戦士ガンダム」という作品がまずあり、それに対しより楽しむ為、納得する為に各人が辻褄合わせをしていった結果が現在の「公式」という奴に至った…というのが真相なのでしょう。つまりは、製作者サイドからの「公式」はアニメ作品そのものしかなかった、という訳で、それを補完していったのはファン達の想像力であった訳ですよ。

そうなって来ると…最近は新作叩きが宇宙世紀「ガンダム」ファンのトレンドみたいになってしまったおかげで然程表だって騒がれてはいませんでしたが、宇宙世紀最新作「UC」の登場でまた火がついた…やれ「ユニコーン」というタイトルに対して福井氏を勉強不足と罵ったり、サイコフレームの設定に対して設定ミスと論じてみたり…という言わば「重箱つつき」的なね…設定偏狭者の文句が、実は元々の「ガンダム」の楽しみ方とは正反対のものになり果ててしまっている、と思いませんか?

そもそも、設定って何なんでしょ?先ず設定ありきで物語が進む、と信じている人もいますが、設定なんぞ基本ライン以外は割と行き当たりばったりで進んでいても、物語は脚本や演出次第で面白く作れてしまいます。でも、設定が幾ら凝っていて完成されたものであったとしても、脚本がクソだったり演出がヘボだったりしたら…目も当てられません。設定とは素材の一つに過ぎず、面白くなるかどうか…その決め手は料理方法だと私は思うのです。辻褄なんて、後から付いてくるモンですよ。

宇宙世紀が結局原作者からも棄民扱いを受け、閉塞感に満ちた現在というのは、そういった設定というモノへの拘り方の間違い、というのがあるのではなかろうか?と私などは思う訳です。

今の宇宙世紀ファン…それも私の世代のように受け身世代は特に、設定に対して「どうやったらそれをアリに出来るのか」ではなく「公式に逸脱しているか否か」という視点でモノを見てしまっている気がある、と思うのです。初代「ガンダム」の際にファン達の間で盛り上がった形での「遊び方」を放棄して、ただ「否定」する事に躍起になってしまっている…だからこそ、原作者である富野氏にして「ガンダムファンは可哀想」的な発言をさせてしまっていたのではないか…そう思えてしまうのですね。

「ありえない」「認められない」…否定するのは簡単ですが、そこに発展は無い訳です。何も「ガンダム」に限りませんが、否定、拒絶ではなく、先ずは受け入れ方を考える…行間を自ら想像、考察していく方が、作品と付き合う上では建設的でしょう。

それが出来ない…ネタとして笑い飛ばせもしない、と自覚したなら、そんなモノとはとっとと縁を切った方が作品の為…しいては自分の為…私などはそう思うのですが。

この「MSV戦記」という作品、ガンダムファンとしての自身の方向性を試すのに丁度よい題材かと思われます。

受け入れちゃう派、拒絶派、ネタとして笑い飛ばす派、無視派…あなたはどれですか?


2010/3/22 「smileすいーつ」 第三巻 (419)

私の性格だけでなく、外見等諸々を知っている人には、私が実はこの作品が大変好きだという事が意外な作品かも知れません。まぁ、オフの私を知ってる人はこのサイトにゃこないですからな。(笑)

「100選」の記事にも書いてますが、この作品はキャリアのOLで色っぽい美人だが結構性格はオヤジな姉・塔子さんと、家事全般を受け持つ家庭的で元気な高校生の妹・果歩ちゃんの織り成す仲良し姉妹の生活を描いた4コマ作品。

この作品、仲良し姉妹が主人公、という事で脇の男性キャラクターの存在感が薄い作品です。まぁ、密かに塔子さんに憧れる後輩の中津君や、果歩の彼氏である飯田君といった存在はあるものの、第一巻の帯にあった通り、

「恋人よりも大切な姉妹」

というのが前面に打ち出されている作風だったのです…が!!第三巻に突入してからちょっと様子が変わり始めています。

この第三巻では、姉・塔子さんに想いを寄せる中津君のポジションに変化が。何と!!彼に好意を寄せる後輩の女の子・松本さんが登場するのですよ。

ただ、彼女が中津君に好意を持った理由は、実はちゃんと描かれている訳では無かったりします。まぁ、彼女が身につけているピアスを中津君が誉めた、というエピソードはありますが、それだけではあまりに軽い…でも、読者サイドは案外松本さんが中津君に好意を寄せるに至った理由がおぼろげなく理解、納得できてしまうのです。

それは、中津君の性格…これまでのエピソード内にて、彼のキャラクター、人となりを我々を読者が理解しているからです。彼は、少々迂闊で子供っぽい所はありますが、弱いクセに酒好きな塔子さんが酔いつぶれた時、決して放ったらかしにしたりはしませんし、ましてやこの機に乗じて、と襲いかかったりもしない男。そして仕事面においても、ミスやポカもあるものの、基本的には頑張っている男です。

…要は、「友達としては良いけど恋人にするのはちょっと」を地で行く男、と言えるのかもしれません。基本的に良い奴なのですね。

だから、そんな彼に対し、松本さんが割と簡単な一言だけで好意を持つに至る、という点に何となく理解できてしまえるのですね。二巻までで我々読者は中津君の人となりを知っていて、当然同僚である松本さんも彼の人となりを知っている訳ですから。

まぁ、そんなこんなで松本さんの登場で、塔子さんの方も中津君が気になり始めてしまう訳ですよ。典型的な三角関係ラブコメの成立です。(笑)

ここで注目なのが、実は中津君、主人公…というよりメインは仲良し園原姉妹である筈なのに、感情移入というか、読者の視点ポイントとしては案外機能しておらず、むしろ塔子と中津君が絡むエピソード(主として会社パート)は中津君側に視点誘導されているケースが多い点。これは一巻から一貫していますし、上で書いた松本さんの件にしても、彼への視点誘導というのが効果的に働いていた証拠でもあるのかも知れません。

ところが、この松本さんの登場により中津君に対しいやがおうにも意識が向き始めてしまう塔子さん…今度は彼女への視点誘導が増える訳で、そうなると中津君を巡る三角関係が盛り上がってしまう訳ですよ!!

改めて中津君への気持ちを見つめ直す塔子さん…別に好きと言うほどではない…でも懐かれる事は嫌ではないし、むしろ彼の視線が他へ向いてしまうのは嫌…ズルい女です、塔子さん。(笑)

でも、松本さんと自身の関係もあり、彼女が中津君に好意を持っている事を察している自分には、本気かどうか自分でも分かっていない手前どうしても遠慮がある…この辺がね、ホント上手いのです。

まぁ、そんな事になっている事に当の中津君がちーっとも気が付いていない、というのも中津君らしくて良いのですが、ココで更に面白いのが本来は中津君の恋敵的なポジションなのかと思われたモテ男の長坂課長(前・主任)が、何故か中津君の理解者的なポジションにいる、という点。彼の今後の言動も見どころで、もしかしたら独立して会社を興す際に塔子をスカウト…なんて形でこの三角関係解消のキーマンになるかも知れません。

ただ、塔子にとってこの三角関係の最大のキーは、間違いなく妹の果歩ちゃんでしょうね。塔子さんが妹離れ出来るか…それこそが今後の見どころでしょう。

第三巻の面白さで、俄然続きが楽しみになりましたよ。


2010/3/21 「カジテツ王子」 第九巻(328) 

今回最終巻が出たのでちゃんと通しで読んでみました。ヤンジャンに連載していた「カジテツ王子」という漫画です。

コレも「100選」で紹介してますが、ニートの主人公とその家族や仲間を描いたドタバタギャグ…それもシモネタ多めの作品で、姉ちゃんがエロかったりチエコが可愛かったりする漫画なのですが、最後はギャグはかなり薄口にして割とシリアスに締めていたのですよ。

ま、ギャグ漫画は最後まで笑って終わらせるべき、小奇麗に纏めたギャグ漫画なんてギャグ漫画じゃない、なんて意見もおありかと思いますが、この…終盤で主人公がチエコに語った独白…自分が何故大学を中退してニートになってしまったのかを語るくだりがあるのです。

大雑把に書くとこんな話。

「将来のため」「みんな行ってる」みたいな曖昧な理由でなんとなく大学には入ってみたものの、そんな曖昧な自分を自覚しているせいで、そこでの生活が自身の将来の為になっているとはどうしても思えず、ずっと不愉快だった。
大人になった筈の自分が、あいも変わらず親の庇護の元でバカ騒ぎしたり大人ぶったり…そんな当たり前の大学生活を享受、満喫する他の連中とはどうしても馴染めず、違和感を感じ続けていた。
更に、とある事件でますます大学とは疎遠になり、自分が何をしたいとか、どうなりたいとか…そういうものが分からなくなってしまった。そして大学を中退し空っぽのまま就職活動をしたが、50社受けて全滅。ずっと社会に出たかったが、社会からは拒絶されていて、ゲロを吐く程頑張っても報われず、自分自身の居場所を無くしていた。

この辺の心情がね、なんだか分かる気がするのです。
私は大学には行きませんでしたが、中学の時はそこそこ成績は優秀だったのです。学年80人そこそこでしたが、三年間の中間期末でトップ10からこぼれた事は2回しかなかったですし、推薦は内申での評価はボロボロ(笑)だったので却下だったのですが、ほぼ9割方どこの高校でもいける、と言われてました。今じゃ只のバカなオッサンですが。(苦笑)。

ただ、将来の事とかを考えるのが何だか空しい気がして、高校受験(私が受験したのは高校じゃなく高専でしたが)も割と行き当たりばったりで臨み、合格した訳です。でも、そこそこ必死こいて勉強して入った筈の学校の印象は…新入生オリエンテーリングの時に痛烈に感じたチャラチャラしたもの…そこに私は疎外感しか感じなかったのです。

まぁ、学区内とかの高校ならば、同じガッコの奴とかもいたのでしょうし、印象は違ったのかもしれませんが、何だか希望に満ちる筈の入学が、空虚なものに感じてしまったのですね。

そんな事で、学生時代という奴も、そりゃ私とて友人と遊んだりはしましたが、ひたすらゲームやって漫画読んでただけ…。繰り返しますが、友人宅に泊まって飲み会やったりとかには割と頻繁に参加していましたが、それでも私自身、そういった友人達の中にあっても浮いている印象は自覚していました。

そんな中、就職活動っていったってそもそも私には「自分」という奴が無かった。そんで入った会社でも馴染めず、染まれず、妥協も出来ぬまま業務だけはこなして…そこでとあるきっかけがあってそこから飛び出し、巡り巡って今に至る、と。

まぁ、この主人公が大学に対して感じていた疎外感、という奴は、自分が高専に入った時…そして卒業して会社に入った時…二度も体験してきた嫌なモノではあるので、何ともこの「カジテツ王子」の主人公に感情移入してしまいまして…。

まぁ、私がこうして日記に書いていられるのも、その時期をナントカやり過ごしたからな訳ですなぁ。月並みではあるのですが、自分の今まで生きてきた道ってのには案外無駄なモノって少ないんですね。3年…いや5年経ってから、あの時のあの人の言葉の意味とか、あの人の行動理由…そういったモノが、見えるようになるんです。それは、曲がりなりにも自分が「経験」という奴を血肉に変えてきた、という証明でもあるのでしょうし、もし自分の人生に無駄が多い様に感じてしまっているのは、もしかしたら自分で無駄にしちゃってるのかも知れないな、と。

…日曜と言えばごろごろしてる奴の言葉じゃないか。(苦笑)


2009/11/05 「チャイナガール」 (465)

この作品、実はその評価はビミョーです。確かに派手さはなく、深いテーマ性がある訳でも無し。日本のエリートサラリーマンと中国人の女の子、という組み合わせを、文化や思想の違いからのすれ違いとか、日本人が抱いている外国人への差別意識とかそういったものもロクに描いてはいませんから、そういった意味でこの作品を読んだ人にはハズレでしょ。私もそう思いますし。

ただ、本作の否定的意見として主人公のキャラクター設定と急に心変わりするヒロイン、という二点があるのですが、これに対しては反論できます。

まず、主人公がエリートサラリーマンのモテ男、という事に対して「この設定は普通主人公のライバルだろ」という意見は、まぁ私でなくとも反論出来るでしょうから割愛します。(笑)

今回の主題はもう一点の方。「ヒロインが主人公を好きになる過程が描かれていない」という意見なのですが…私は、香蘭は上條に対し、恋愛感情は抱いていないんじゃないか?と思うのです。勿論デート時点で多少の恋愛対象としての好意が芽生えていたとは思いますが、少なくとも一線は引いていた筈で、それは彼女の劇中のセリフにも表れています。つまり、香蘭が急に上條に対し親密になったのは、少しばかりは異性としての好意も芽生えていたでしょうが、基本的には「トモダチ」としての好意だったのではないか、と。

と、いうのも聞いた話で恐縮ですが、中国人は赤の他人に対しては冷たいと感じるほど無愛想だが、一度友達になってしまえば物凄く情に厚い友人となる、という話があります。つまり、色々な経緯で上條を明確に「トモダチ」として認識した香蘭だからこそ、映画デートにも付き合ったし、彼が倒れたら見舞いにも行ったのではないか、と。

私も経験あるんですが、私はネット右翼を自称したりする人に忌み嫌われる在日の人で中国の人ではありませんが、新社会人の研修の時に仲良くなって、旅館で食事を御馳走になったり一緒にゲーセンに行ったりした人もいましたし、日本国籍も持っていた中国人の方に、一緒に働いている(立場は違いましたが)いつの間にやら友達として見てくれて、立場上仕切らなくてはならない私に率先して協力もしてくれた人もいますからね、なんとなく分かるのですよ。友達になると、私ら日本人がやや引いてしまう位親密にしてくれるんですね。

それに、劇中で本人も言ってますが状況や立場から、彼女の方から友達以上の関係になる事に一線引いていた訳ですから、むしろ上條と香蘭の恋愛、という奴は、お互い完全に相思相愛として認め合った時点をゴールとするなれば、本編のラストでようやくスタート位置に立った、という…即ち、好意を持つ2人が紆余曲折を経て愛し合うに至るまでを軽妙に描くのがラブコメだとするなれば、この物語は「2人がスタート地点に立つまでを描いた恋愛ファンタジー」なのではないか、と。少なくとも、この「チャイナガール」は香蘭の恋の物語ではなく、上條の片思いの物語ですよ。

そういう見方ならば、「心境の変化が描かれていない」というのもむしろ当然…これからが本当の恋愛の修羅場(笑)になる、とすると、続きが読みたくなってしまう作品だと思えるんですよ、ええ。全一巻なので叶わぬ夢ですが。(笑)

…まぁ、かなり好意的に解釈した意見ではありますが、駄作と吐き捨てるには可哀想な作品だと思うのですよね。


2009/10/25 「シュメール星人」 第二巻 (453)

「シュールギャグ部門」という事で、私の一押しの本作。
その中身はこんな感じ。

「人類が有史以来初めて出会った宇宙人・シュメール星人は、地球人の期待を余所に、科学レベルは低く、乗って来た宇宙船も「これでよく宇宙を飛んで来れたもんだ」というレベル…地球より20年は遅れていた。
次第に彼等に興味を無くし、受け入れ先を各国が押し付けあった結果、数年後ようやく彼等の受け入れ先が日本に決まる。シュメール星人達は日本政府の意向を受け、「駐日ふれあい大使」として一人のシュメール星人を送り出した。

もがけシュメール星人 報われろシュメール星人
あと一年住め」

…と、こんな具合に設定は結構SFチックだったりするのですが、この漫画のキモは、日本語を唯一解する為に駐日ふれあい大使に選ばれ、便宜上シュメールと名付けられた主人公のシュメール星人の…何とも言えない運の悪さ、間の悪さなのですね。

でも、シュメールさんは運の悪さを除けばとっても良い人だったりして、そんな彼が行く先々でトラブルに巻き込まれる様が何とも…哀愁を漂わせているんですよ。読んでいると面白いんだけど、なんだかいたたまれない気持ちになってしまうのが本作品の特徴と言えるかも。結構周りにもいそうな、良い人なんだけどなんかついてない人…という。

そして、彼の人となりのおかげか、誤解を受けつつも彼の周りに徐々に徐々に友人、知人といった存在の輪が出来て行くのも良いのですね。特に先日発売された第二巻では、とりあえず漠然的に日本に住んでいただけのシュメールさんの周りに徐々に徐々に人々が集まって来ています。まぁ…そこで新たな誤解とかも出て、結局トラブルの原因になってしまってるんですが。(苦笑)

そんないたたまれないシュメールさんの頑張って生きている姿…というのが、なんだか読んでいると元気にさせられるんですね。基本は何度も言いますがいたたまれないマンガなのですが、ダウナー状態に陥った時に手に取ると…不思議と頑張れる様になっている…そんな不思議な作品でもありますね。

傾向としては、「天体戦士サンレッド」とかに近いかも。絵柄も近いものがあるかも知れません。ともあれ、爆笑ではなく、クスッと笑える良作なのです。

あ、所謂「萌え」的な要素はあんまりないのですが、誤解でシュメールさんをトラブルに巻き込むのが得意な彼の隣人の女子大生・木結杏やシュメールさんの行きつけの喫茶店「シューリンガン」の看板娘・灯音里ちゃんとその姉なんかは十二分に「そういう対象」になれる素材かと。(笑)

…個人的には一巻に出てきた、バスでシュメールさんを助けてくれたお姉さんが一押しですが。(笑)

目立つ作品じゃないんですが、おススメです。


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